プレフル時空の二人の話 入学早々我らが女王様に散々歯向かってくれた後輩は、納得できないことへの跳ねっ返りがもうすごい。意地っ張りだとか頑固だとかを通り越して、ハリネズミの針のように折れる気がないのだ。むすっと拗ねた表情は普段なら愛すべき一面だと言えるのだが、不満の針先が自分に向いている今、ケイトは奪われたスマホにあちゃーと頬を引き攣らせるしかなかった。
「この写真、なんすか」
と、ベッドの上でエースが唇を尖らせる。
「ただのジャックくんとのツーショじゃん? エースちゃんたちと別れた後、一緒に隠れキツネ探したんだ」
「ケイト先輩、あのとき一人で隠れキツネ探しに行きましたよね? なのに何でジャックのやつと行動してるんすか」
「たまたま会っただけだって〜。先輩のオレに気を遣ってくれたの」
まあ、誘ったのはオレだけど、なんてうっかりでも口にしたら、すでに曲がった臍を更に曲げられて迷路にでもなってしまいそうだ。
意外と嫉妬深いんだよねえ、エースちゃん、と不貞腐れたようにダイヤ型のクッションを抱えているエースに、ケイトは下がりそうになる眉を堪えながら座る場所をカーペットからベッドサイドに移した。そして機嫌を取るようにぱっと笑顔を浮かべて、
「ほら、エースちゃんのかっこいい写真もたくさんあるからさ。そっち見ようよ」
と、エースに握られたままのスマホに手を伸ばす。
しかし画面をスクロールしようとした指先は、そのままスカッと空気を掻いた。エースがケイトから逃れるようにスマホを遠ざけたのだ。え? とエースの横顔を見ると、
「……だって、これ、マジカメに載せてねえやつじゃん。オレの知らない写真だったってことでしょ」
と、あのリドルにさえも啖呵を切ったとは思えないほど小さな声で呟く。
思わずぽかんと口を開けてしまったのは、「あ〜〜! クソっ、だっさ、オレ」と耳まで真っ赤にしているエースに呆れたからではなく、ああ、とすとんと腑に落ちるところがあったからだ。
一年生の中では大人びていて、年相応の幼さをむしろ小馬鹿にするきらいのあるエースが、その年相応の幼さで拗ねている。そんなときはエースなりに理由があるのだが、今回ばかりはそれが分からなかった。
エースに黙ってジャックと行動したこと? ジャックとツーショットを撮ったこと? それくらい、今までだってやっている。それはケイト同様交友関係の広いエースも同じはずだ。
だからこそ写真一枚にむくれたままのエースに、実のところ困っていた。エースの言葉でようやくその理由が分かって、なんだ、そんなことか、と込み上げてくるものに唇が緩む。
自分の知らないものがあるのが嫌ってことね。ねえ、それってさあ。
「……なに笑ってるんすか」
「いやー、やっぱエースちゃん、可愛いなあって思って」
「ぜってえ馬鹿にしてるでしょ。そもそも、ケイト先輩がマジカメにもアップできないような写真撮ってるから」
オレのこと、全部知りたいってことじゃん。
「それね、見つけるのがいっちばん難しかった最後の隠れキツネなんだ。完全制覇記念でジャックくんと撮ったんだけど、こういうのってレアじゃなくなったらみんな探さなくなっちゃうでしょ? だから、隠れたままでいさせてあげようって思って」
それでマジカメにはアップしなかったんだ、と思いのほか穏やかになった声で返すと、言い過ぎた自覚があったのか「……ふーん」とエースがバツが悪そうに顔を逸らした。口がよく回るわりに、この少年は謝るということがとんと苦手だ。それはもう、あの薔薇の迷路で初めて会ったときから知っている。
「エースちゃんはオレがマジカメにアップしてる写真、全部見てくれてるんだ。嬉しいな〜」
「そりゃあ……。その、ケイト先輩、写真撮るのすげー上手いし?」
「じゃあ写真撮るのがすげー上手いオレが撮ったエースちゃんの写真、一緒に見よ? やっぱモデルがいいと写真も映えるんだよね」
エースが自分から返したと格好つけられるように手のひらを見せると、意図を汲んだエースがそっとスマホをケイトの手に乗せた。クッションと同じブランドのスマホカバーを上にしてきたあたり、エースの中でまだこの写真に対する嫉妬心は消えていないらしい。
仕方ないなあ、とつい甘やかしたくなるのは、結局は手が掛かってもこの少年のことが好きだからなのだ。ケイトは少しだけ腰を上げると、ギシッとスプリング音を立ててエースとの距離を縮めた。そして「これとかどう?」と返されたばかりのスマホを弄りながら、部練がキツいとよく愚痴を言っている分しっかりと筋肉のついた肩に頭を乗せる。
「ちょっ、ケイト先輩……!」
エースがこういう分かりやすく恋人っぽい仕草に弱いことは知っている。驚いたように見開かれたまだ幼さの残る瞳に、ケイトは一度にこりと笑いかけた。そして、その無防備な唇にぐっと首を伸ばす。
カメラの起動なんて、一瞬。手元は見なくてもできる。
――パシャッ。
へ? と間の抜けたような声が息のかかる距離で聞こえてきた。本当はすぐにでもその顔を見て揶揄ってやりたかったのだが、一旦我慢してスマホのアルバム機能を開く。
ピントよし。角度よし。
狙ったものはばっちり写っている。
「〜〜っ! ちょっ、ちょっと、ケイト先輩……!」
「あは、エースちゃん顔真っ赤〜。見て、ほら」
そう言って顔の高さでスマホの画面を見せると、「っ……!」とエースが目元のハートも分からなくなるほど顔を真っ赤にさせた。そして、
「マジカメにアップできない写真、撮っちゃったね?」
と、にや〜と意地悪く頬を緩ませるケイトに、「あ〜〜!もう、アンタ、ほんと……!」と口をぱくぱくさせながら、恥ずかしさを発散させるようにボスンッとクッションに額を押しつける。
そこに写っていたのは、ケイトがエースの唇に自分の唇を押し付けた瞬間。つまり、キスをした瞬間の写真だ。重なった場所は互いの唇で少しだけ潰れていて、自分たちの関係が隠しようもなく、そして誤魔化しようもなく写し出されている。
イタズラ成功、とケイトのものよりも濃いオレンジの髪をわしゃわしゃと掻き混ぜていると、「〜〜っ、くそ」とクッションの隙間からジトッと睨まれた。その表情は最初のむすっとしたものとよく似ているが、その目が訴えてくるものは全く違う。
「……ぜってー仕返ししてやるかんな、ケイト先輩」
それだけを言ってまたクッションに顔を押し付けたエースに、ケイトは一度大きく瞬いた後、愛しいものを見るようにゆっくりと目を細めた。そして持っていたスマホをカーペットの上に放り投げて、
「0時(明日)になったら忘れそうだからさ、今してよ、エースちゃん」
と、押し倒すように抱き締めたのだった。