楽しい行事「元チャンピオン様! トリックオアトリート‼︎」
「はいはい」
部室にわざわざ動物の耳のようなカチューシャを付けて現れたカキツバタが満面の笑みで差し出した手に、スグリがテーブルの上の個別包装のチョコ菓子を一つ乗せる。
「待てぃ元チャンピオン、こいつはオイラのチョコじゃねぇですかい⁈」
「いや、俺のだよ。カキツバタの箱はそれとそれだべ」
「チィ、バレたか」
「ちぃバレたかじゃないでしょ……」
はぁ、と肩を落として見せながら、スグリは自分の分を一つ開けて口に放り込んだ。カキツバタもその動作に合わせるかのように、貰ったばかりのそれを口の中に入れ、スグリが勉強道具の隣に作っていた包装ゴミの山に、出たばかりの自分のゴミを自然な動作で追加した。
「そもそも、それって、小さい子らがやるもんだべ?」
「ま、基本的には?」
「……はぁ……」
「面白けりゃぁなんでもいいのよ」
カキツバタは全く悪びれず、自分のカチューシャを今度はスグリに付けようとし、スグリがそれをぞんざいに払いのけながらペンを握り直す。
「カキツバタ、俺はいいから、ほら、アカマツにはしねえの?」
テーブルの斜向かいで、真っ赤な何かが入ったタッパーを用意して今か今かと待ち構える赤髪の彼を見て、カキツバタは目を泳がせた。
「だってよぉ……オイラにくれようとしてるそいつぁ、絶対、こう、トリートな感じじゃねぇと思いやすし……」
「えぇ⁈ そんなことないよカキツバタ先輩! 辛くはあるけどちゃんとお菓子としておいしく作ってあるよ!」
「……ほら」
「いやいやいや、でも辛えんだろぃ⁈」
まるでカチューシャを付けた人間が辛いものを食べなければならないルールだとでも言うようにカチューシャを押し付け合う二人を見てアカマツが声を出して笑う。
「本当ふたりは仲良いね! ちゃんと甘いショコラも用意してるから大丈夫だよ!」
「んだばトリックオアトリート!」
「へへ、オイラもトリックオアトリート!」
アカマツがタッパーの蓋を開け、赤い物体が並ぶそれをずいと二人に差し出す。
「えっと……?」
「辛いのと甘いのがあるよ!」
「つまり……そいつぁ、ロシアンルーレットってことですかぃ……?」
数刻後、アカマツがにこにこしながらタッパーを仕舞うのを眺めつつ、カキツバタは、うーむ、と唸った。
「確かに、辛さを引き立てる甘みと風味だったねぃ……。頭で想像した味とはまた違う調和ってぇのか……」
「アカマツ、ありがとな! どっちもおいしかった!」
「よかった! もっと食べたかったら言ってね! 他の人にもあげたいから、後でになっちゃうけど!」
カキツバタとスグリはチラ、とアカマツの視線が向いた方に想像通りの人物がいることを確認し、神妙に頷いた。アカマツの意中の彼女が自分からトリックオアトリートを仕掛けてくるとは思えないのだが、どうするつもりだろうか、と二人は視線で語り合い、そして、アカマツ本人に任せよう、といういつも通りの結論に至った。
「そういや、スグリの地元にはハロウィンみたいなのはねぇのかい?」
「ん……、一応ハロウィンの日は管理人さんとかが小さい子らにお菓子配ったりしてっけども……、そだな、地元行事としては……芋煮会とかするな」
「芋煮会?」
「河原に集まって、芋の子、里芋さ大きな鍋に入れて煮んの。他にも野菜とかお肉とか入れて、醤油か味噌かで味つけて汁にして食べるー……」
「ひょっとしてバーベキューみたいな感じか?」
「鍋のほかに網敷いて魚とか肉とか焼くこともあるし、そんなイメージでいいよ」
ほー、とカキツバタが嬉しそうに笑う。
「いいねぃ! 今一度部の親睦を深めるために、芋煮会、すっかぁ! おーい、諸君! ちゅーも〜く!」
声を張り上げながら周りを見渡したカキツバタは、ちょうどまさに今タッパーを手に動き出したアカマツが、カキツバタの声に反応して振り向き、手に持ったタッパーと彼女を一瞬見比べ、所在なさげにタッパーを目立たないように持ち直した様を目撃した。あまりの間の悪さにスグリはアカマツに対し申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「……えー、元チャ……、えー、スグリくんが地元行事を披露してくれまーす‼︎ 詳細は後日発表! よろしく! 以上!」
途中軽くスグリからの肘打ちを受けながらカキツバタはとりあえず最後まで言い切り、そして、ちょっとオイラ責任取ってくるわ、とスグリに小さく言って席を立った。手には例のカチューシャを持っている。そして、そのカチューシャを部員たちに無理に付けさせようとして怒られたり、その過程でアカマツのチョコを皆で食べる流れにしたりとワイワイ騒ぐ。
「ふふ」
カキツバタが好きだったかつての部活、その光景にスグリは笑みをこぼした。スグリ自身、こうして勉強が完膚なきまでに邪魔されることをわかっていながら、こうしてわざわざ部室に来たのだから。