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    elpk_kksg

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    キスの日とラブレターの日のカキスグです

    #カキスグ
    #キスの日
    kissDay
    #ラブレターの日
    loveLetterDay

    竜の便り「ほい、スグリ」

    休み時間の廊下のど真ん中。わざわざ一年のクラスの前までやってきたカキツバタから手渡されたのは、おそらくノートのページを千切った四つ折りの白い紙だった。

    きょとんと首を傾げ、スグリはカキツバタをじっと見る。金の瞳が楽し気に揺れていた。

    「何、これ」
    「オイラからのラブレターだぜぃ♡」
    「は!? ら、らぶ……っ!?!?」

    ただの紙だったそれが急に重たくなったような気がして、スグリはぐっと手に力を込める。

    「反応良すぎだろ。かわいいやつー。お子ちゃまにゃ、ちょーっと刺激が強すぎたかー?」
    「わぎゃっ!?」

    くつくつと笑うカキツバタにくしゃりとかき混ぜられ、束ねた髪がぱらりと解けた。視界が髪で遮られるのを掻き分けていると、カキツバタが軽く肩を抱き寄せてくる。

    「……放課後、返事待ってるからよ」

    耳に吹き込まれた密やかな声に、スグリの背筋に、ぞく、と気持ちの良い電流が走る。
    息を詰めて堪えていると、身を離したカキツバタはひらりと手を振って、上級生のエリアへと戻っていった。

    いったいなんなんだ。やりたい放題やって、ロクな説明もなくさっさと帰って。
    スグリは去っていく男を、その背中で揺れるオラチフにも負けないほどの眼差しでひと睨みすると、手元に残った『ラブレター』を見下ろした。

    スグリにとってのラブレターといえば、愛の告白だ。しかし、既にカキツバタと自分は付き合っている。返事をするようなことは何もないはずだ。ましてや、改めて手紙で愛を囁くなんて奥ゆかしくて面倒な真似をカキツバタがするとは思えない。

    何はともあれ、中身を読んでみないことには始まらない。スグリはカキツバタにしては丁寧に折られている紙きれを開いた。

    「……いや、読めねえ……」

    へろへろとして、まるでミミズズがのたくったような……いや、ミミズズの方がまだマシな字を書くかもしれない。

    カキツバタのことだ、どうせスグリを揶揄いたいだけでロクな内容ではないのだろう。その反面、あの面倒臭がりのカキツバタがわざわざ何か書いて寄越したというのが引っかかる。
    カキツバタによほど伝えたいことがあるという可能性を捨てきれず、スグリは手紙を食い入るように眺めた。

    「うーん……? すー、い……?」
    「あ、いたいた。スグリー、授業始まるよ?」

    中々教室に戻ってこないスグリを心配したのか、出入り口からアカマツが顔を覗かせる。その視線がスグリの手にある紙切れに留まった。

    「どしたのそれ」
    「えと、今、カキツバタからラ……その、これ、貰ったんだけど、字さ下手で読めなくて……」
    「え、何それ。強火で面白そう! オレも見ていい?」

    アカマツに無邪気に聞かれ、スグリは躊躇った。

    なにせ、これは一応、恋人からもらったラブレターなのだ。万が一、恋人の間でだけ許されるような内容が書かれていて、万が一、それをアカマツが解読できてしまったら。居た堪れなくて考えただけでも恐ろしい。

    「えっと……なんか大事なこと、かもしれないから、自分で読む……」
    「そっか! 頑張って!」

    気持ちがいい程きっぱりと分かってくれたアカマツに、スグリはほっと胸をなでおろす。『ラブレター』を畳んでポケットにしまうと、スグリはいそいそと教室の自分の席へと戻った。


    「……あれ? でもカキツバタ先輩ってそんなに字下手だったっけ……?」

    そんなアカマツの呟きは、人目を盗んでこっそりとラブレターの解読に集中しているスグリには聞こえなかった。



    ***

    放課後の部室、いつもの席に座るカキツバタは上機嫌だった。放課後が待ちきれなくて、本日最後の授業をさぼって早めに部室に来たくらいだ。
    時計を見ると、帰りのホームルームが終わる頃合いだった。じきにスグリもここに来るだろう。

    スグリはあの『ラブレター』を読んだだろうか。
    ……いや、読めるわけがない。わざと読めないように書いたのだから。

    良くも悪くも素直なスグリのことだ。あの後、頭の中には多かれ少なかれ「カキツバタがラブレターに何を書いたのか」がちらついたはずだ。

    好きな相手が、自分がいないところでも自分のことを考えている。これが楽しくなくて何になる。

    まだかまだかと待っていると、不意に部室の扉が開いた。走ってきたような恋人の姿を視界に捕らえたカキツバタは、へらりと笑って手を振った。スグリを見た瞬間、にわかに騒ぎだした心臓については知らぬふりをした。

    「おーっす、オイラのカレシさま」
    「その呼び方、恥ずかしいからなんかやだって言ってるべ……」
    「んーじゃ、オイラのちっちゃなミツハニー♡」
    「バカ」

    抱き寄せようと伸ばした手は素っ気なく払い落とされた。それほど痛くもないが、大袈裟に痛がってひらひらと手を振ってみせると、ぷい、と顔を背けられてしまった。いつも通りのスグリの様子に、どうやら本当に手紙は読まれなかったのだと確信した。

    「そんで。ラブレターの返事は?」

    読めていないとわかっているのに、カキツバタは返事を催促する。さて、どう反応するかと眺めていると、スグリは真面目くさった顔でカキツバタをじっと見た。

    「……はい、よろしくお願いします」
    「お。ってことは読めたのかあれ」
    「な……っ!? やっぱりあれわざと……っ!」

    小さな手に胸倉をつかまれ、大きな瞳に下からじろりと睨まれる。この反応は想定内だ。だがしかし、上目遣いの恋人に胸元に縋りつかれているこの体勢はいただけない。ここまでの可愛さは想定外だ。

    相対する恋人の中で、色をはらんだ熱が浮かんだことには気が付かないスグリは、眉尻を吊り上げてカキツバタを揺さぶった。

    「なんて書いたんだあれ!」
    「読めたから『よろしくお願いします』なんだろぃ?」
    「あんなの読めるわけないべ! 適当だ!」

    何を書いているかもわからないのに、当てずっぽうで『はい』と答えたのかこいつは。その警戒心の無さと根拠のない信頼に呆れはするが、惚れた弱みでその素直さを愛おしいと思ってしまう。

    しかし、同時にこの無垢な生き物を可愛がり、いじめてやらねばという欲がカキツバタの中で急速に膨れ上がっていく。

    「そっかー読めなかったかー……でもオマエ『はい』って答えたもんな?」

    カキツバタがぐいと細い腰を抱き寄せると、スグリの蜜色の瞳が不安げに揺れた。

    わざと読めない字で書かれた手紙。真相を知った上で尚、悪ふざけだと切り捨てずに何と書いたのかを知りたがる。
    その理由を問えば、スグリは当たり前のように「恋人からもらった手紙だから」と答えるのだろう。

    ダメだ、可愛すぎる。

    「答えちまったからにゃ、ちゃんとやってもわらねえと」

    勝手に上がっていく口角を隠しもせずに、カキツバタはスグリの手首を掴んで引き寄せる。蜜の色をした瞳の奥に、甘ったるい期待が灯ったのをカキツバタは見逃さなかった。

    「や、やだ……何すんだ」
    「へっへっへ。さぁて、スグリくんは意地悪なツバっさんに何されちまうのかねぃ? ……おっと」

    言葉通り、意地悪くにやつくカキツバタの隙をついてスグリが逃げを打つ。しかし、腕の中から抜け出そうと身をよじったスグリの腰をカキツバタの手が素早く抱え、あっけなく元の位置に引き寄せた。

    「逃げられっと思ったか?」
    「うぅ……」

    二度と抜け出せないようにしっかりと抱え込まれたスグリだが、尚も抵抗するようにカキツバタの肩を弱弱しく押し返す。
    拒絶するような素振りとは裏腹に、スグリの瞳の奥の期待は緊張と興奮が重なってますます大きくなっていた。

    「ど、どうせ、ろくでもないことする気だべ! はな……っん……っ!?」

    かぷり。言葉を丸呑みする勢いで、カキツバタはスグリの唇を己の口で塞ぐ。丁度開いていたのでこれ幸いに舌を差し込めば、存外抵抗なく迎え入れた薄い舌がおそるおそるカキツバタの動きを真似て応えてきた。

    (――……お、コイツも結構乗り気じゃねえの)

    調子に乗ったカキツバタは、更に深く交わるように舌でスグリの口内をまさぐる。上顎を奥から手前になぞれば、華奢な身体からは簡単に力が抜けた。

    まだキスに慣れない恋人のために時折息継ぎの間を空けてやりながら、カキツバタは思うさまキスを堪能する。

    「ん……」

    仕上げとばかりに舌を軽く絡めて吸ってやれば、とろりとした蜜のような表情のスグリがカキツバタを見上げてきた。名残惜しいというのが丸わかりな視線が離れた唇を追っているのがたまらなく愛おしい。
    なんでもいいから叫び出したいような気持ちで、カキツバタは強く抱きしめたスグリの耳元に甘ったるいリップ音をおくった。

    「スグリよう。『よかったら放課後オイラとちゅーしませんかー』ってお誘いに『よろしくお願いします』はちっとかわいすぎんだろ」
    「……かきつばたが、そんな可愛いこと手紙さかいてたってほうがびっくりだべ」

    深いキスの名残で舌足らずなスグリが可愛くないことを言う。それすらカキツバタにとっては可愛いやつだと思えてしまうのだから。我ながら盲目すぎてどうしようもないとカキツバタは自嘲気味に笑った。
    そのまま肩に凭れている形の良い頭の後頭部を親指で撫でさすれば、スグリが甘えるようにすり寄ってくる。そのつむじに唇を軽く押し当ててから、カキツバタはスグリの両頬を支えて蜜色の瞳を覗き込んだ。

    「なー、かわいいツバっさんともっかいちゅーしよーぜ」
    「……ん。『よろしくお願いします』」

    カキツバタがにやけ顔のままぴたりと止まった。眼差しは次第に攻撃的な色欲をはらんでいき、ついにはじろりとスグリをにらみつけた。

    「……オマエなぁ」
    「仕返しだべ」
    「やってくれるねぃ……覚悟しとけよ?」

    カキツバタは自身の脳内がじわじわと劣情に支配されていくのを感じながら、無邪気に笑うスグリの唇に噛みついた。


    その後、いちゃつく二人のせいで部室に入れない部員が廊下に溢れ、駆け付けたタロにこっぴどく叱られたのはまた別の話である。
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