Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    tiimoka

    @tiimokaa

    現状ほぼナムクシャ(相手固定)
    字以外に絵も上げたりします

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 5

    tiimoka

    ☆quiet follow

    書きかけで最後まで書けない一緒に年越ししようとするナムクシャの話。婿殿の過去捏造とある人物が時空を超えてお節介役的に登場します。

     年の瀬も間近に迫った頃、今年はきちんと休みを取るから、とふしどで妻から告げられたとき、一体全体何が彼女に起こったのか、とナムリスは唖然として、「はァ?」と思わず素っ頓狂な声を上げた。
     その夫の反応が意外だったのか、女は少々困ったように眉間に皺を寄せると、視線を曖昧に散らした。
    「……私が休まないと皆が休めない、と部下に言われてな」
     耳の痛い話だ、と女は冬用の厚手の掛けものを目元の辺りまで引っ張り上げて、気まずそうな表情を浮かべたその顔を半分覆い隠した。
     あまりにも彼女らしいその理由に、声を立てて笑いそうになるのを男がどうにか堪えていると、「何だ。嬉しくないのか」と女がぼやくような声で言った。
    「お前、私と一緒に居たいとかいつも言うではないか」
    「いやァ嬉しいことは嬉しいけどさぁ……ヒヒヒ」
    「……まあいい。そういうことだから、そのつもりでな」
     彼女は毛布を頭まで引っ被ると、おやすみ、と小さな声で呟いた。相変わらず、それどころか日に日に慌ただしくなる日々の中で、互いの温もりを確かめ合った夜はそんなふうに幕を下ろした。

     とはいえ、寝床の上で待ち構えてるっていうのは情緒に欠けるよなぁ、と今年ももうこれで終わりだというその日、ナムリスはいつもよりも長めに湯船に浸かりながら逡巡していた。湯から上がり手早く体を拭い、身に着けた寝間着の上からガウンを羽織る間も男はそのことに頭を悩ませ続けた。
     さてどうしたものか、と「うーン……」とまだ唸りながらも、男は一先ず寝所へと足を向けた。普段ならば忘れものか何かしない限り、まだそこには立ち入らない時間帯だった。しんと静まりかえった暗い部屋の中に人気はなく、ただ暖炉の中に温かな色が灯るさまが戸口からも覗えた。
     誰かが気をまわして火を入れておいたのだろうか。余計なことをしやがって、と思いながらも、どこか頼りなく燃える火のそばにナムリスは歩み寄った。暖炉にそっと手をかざすと、炎の熱気が掌を照らした。暖かい。けれど、それはこの部屋全体を暖めるにはまだ弱いようだった。
    「……ここで待ってるかな」
     そう独りごちると、ナムリスはだらりと手を下ろし、踵を返して部屋の外へと出て行った。

     緋色の絨毯の上に毛皮でできた毛布を敷き、そこに横たえた体には軽く柔らかな上掛けを被せて、ナムリスは次第に勢いを増していく暖炉の火を眺めていた。
     先程、私室から持ち出してきた盆の上には酒瓶と盃が二脚。その横には土鬼からの移民たちが暮らす施設へと視察に赴いた際、ふらりと立ち寄った市場で見かけためずらしい菓子の入った木箱があった。
     氷の欠片を更に細かく砕き、色とりどりの染料で染めたようなその菓子は、口に入れるとふわりと甘い味を残しながら少しずつ溶けていく。いかにも女子供が好みそうなものだったが、ものの試しにと味わった瞬間、値段も訊かずに男はそれを幾つか買い求めたのだった。
     まあ、うちの女房が気に入るかどうかはわからないが、と口許を自嘲気味に歪めながら、ナムリスは木箱の蓋を軽く持ち上げた。
     ただあの女がこれを口にしたとき、どんな顔をするのか見たかった。あの冷たく取り澄ましたような顔を崩さないまま淡々と頬張るのか、それともその顔を少しはほころばせたりするのだろうか。と思いながら、ナムリスは指先で菓子を一粒摘み上げ、薬でも服むように口の中に放り込んだ。
    「甘っ」と思わず声に出して呟くと、セラミック製の堅牢な造りの盃に手を伸ばし、その中身を一口飲んだ。爽やかな味わいの果実酒の酸味が口中に広がり、ちょうどいい塩梅に菓子の甘さと馴染んだ。
     こいつは結構いけるな、と思わずまた菓子箱に手が伸びそうになるのを男は我慢して、その隣に載った薬の入った小箱に手を掛けながら、ふとカーテンに覆われた窓の方に目をやった。
     陽はとうに沈んだ時刻で、ほんの僅かにあるカーテンの隙間からも昼の名残りは少しも見えなかった。わざわざ覗きに行くまでもなく、外には夜の静寂が広がっているのがわかる。だが、女は未だ現れない。
     いや、別に何時頃に落ち合おうと約束したわけでもないし、何か急な用事が入ったのかもしれない。取り敢えず、去年よりは時間が取れたから、その日の夜は共に過ごそう、と確かそういうことだった。
     そんな曖昧な言葉を頼りに、こうして待ち構えている自分がおかしいのかもしれんな、とナムリスは少々気難しげに眉根を寄せると、また目の前の暖炉に視線を戻した。温かく熱い炎の熱気に、ふいに遠い昔の記憶が重なり、視界に映る世界が滲むようにぶれた。
     そういや俺はあのときもはこんなふうに炉端で待っていたっけ、と男はその記憶を辿ろうとして目を瞑った。その瞬間、パチンと薪がはぜる音が鼓膜を顫わせた。それを思い出さない方がいいと、そう警告でもするように、炎が頭の中でちらちらと明滅する。
     でも俺は誰を待っていたんだっけ、とそのことが妙に引っ掛かり、まるで身のうちから心だけがすっと抜け出していくように、ゆっくりと意識が遠退いていくのを感じながら、ナムリスは記憶の底に沈み込んで行った。

     できるだけ多くのことを学ぶようにと案内された書庫から持ち出した革張りの本を手に、彼は明々とした炎が揺れる暖炉のそばに座り込んでいた。
     先頃、新たに読み始めたその本には、少年がそれまで見たことも聞いたこともない話が多く記されており、それは彼の幼い好奇心を刺激し、満たしてくれた。
     この本はとても面白いと、ただそう伝えたくて、彼はそれを読み返しながら人を待っていた。
     しかしいくら時が経っても部屋には誰もやって来ない。今年は皆で過ごそう、と穏やかな声でそう告げられて、約束したはずだったのに。
     時刻を確かめようにも、それを知ればいたずらにむなしさが増すような気がして、少年はただじっと開いた本の頁に目を落としていた。と、遠くから足音がするのが聞こえてきて、彼はハッと顔を上げた。けれど、それが待ちびとのものではないことを彼はすぐに悟った。
     あの人の、父上の足音は、こんなばたばたと慌ただしいものではなかったからだ。
    「ご無礼をお許し下さい、殿下」という声がすると同時に、全身を白い衣服で包んだ男が一人、部屋の中に転がり込んできた。
     男は暖炉のそばに座る少年の近くに駆け寄ると、胸の前で両手を合わせ、深々と頭を垂れ傅いた。
    「騒がしいな。何事だ」
    「その、陛下が……今宵はこちらにはお出ましになれない、とお伝えするように仰せつかりまして……」
    「急用でもあったか」
     少年はふいと顔を背けると、何か予感めいたものを感じながら、炉の中で揺らめく炎をじっと見つめた。
    「いえ、そうではなく……」と言葉を濁す男に、「では何があった」と彼は聞き返す。
    「弟君が高熱を出されまして、今夜はそのお側にお付きになるとのことです」
     またか、と声に出そうになるのを少年は堪えて、「そうか。それでは仕方があるまいな」とまるで他人事のように、ひどく素っ気ない調子で答えた。
    「はあ。しかし……」
    「用が済んだのなら下がれ」
     寂しげな様子などかけらも見せない少年の様子に思うところでもあったのか、使いの男は少年が何か再び口にするのを待った。が、黙り込んだまま暖炉を眺める少年の横顔を見て、諦めたように僅かに顔を俯けた。
    「陛下に──お父君に、何かお言付けはありせんか?」
    「俺の方は大事ない。そう伝えてくれ」
    「それだけでございますか」と男は何かを促す。
    「……弟が早くよくなるように、と。それと、父上にも無理をしないように言ってくれ」
    「承りました。陛下も弟君もお喜びになることでしょう。おやさしい兄君を持った、と」
     少年の言葉に満足したとでもいうように、男はまた深々と頭を下げると、落ち着きのない足音を立てて部屋の外へと飛び出していった。
     一人残された石造りの部屋の中、その年に見合わぬ振る舞いを求められた少年は、「チッ」と苛立たしげ軽く舌打ちをしたあと、ふと脱力したように肩を落とした。
     まあいい、一人で過ごすのはいつものことだ。寧ろそれが普通ではないか、と思い直して、床の上に置いた本にまた目をやった。
     しかし、つい先刻までとても大切なものに思えたそれは、語り合う相手を失った今はただ紙切れを綴じたものにしか見えず、ひどく無意味なものに感じられた。
     少年はおもむろに本を手に取ると、暖炉の近くへとにじり寄った。胸の裡に渦巻く薄暗い感情もこの本も、炎の中で燃え尽きて消え失せてしまえばいいのに、と腕を伸ばし、炉の中へと近付ける。
     その瞬間、室内の空気が一瞬凍り付いたように冷たくなり、静けさがより深さを増した。耳の奥がキンと痛むほどの静寂が空間を支配したかと思うと、どこからかやさしく甘い匂いが漂い、少年の鼻腔をくすぐった。

     ──いいのかい? 本当にそんなことをして

     暗がりから、どこか懐かしく、そして甘い声が語りかける。誰だ、と声には出さずに、少年は自分だけしか居ないはずの部屋の中を見渡したが、やはり室内に人影はなく、パチリ、と炉の中で薪が爆ぜる音がしただけだった。

     ──おや。ちょっと昔馴染みの顔を見に来たんだが、間違えたかな

     昔馴染み? と少年はまた口に出さずに頭の中で思ったが、不思議なことにどうやらそれは声の主には伝わっているようだった。

     ──そう、匂いを頼りに来たんだが、君は彼によく似ているね。……ああ、君は彼の子供なのか

     彼? 子供? では、お前の馴染みとやらは父上のことか。

     ──まあ、そんなところだが……それより今は君の持っているその本だ。それを燃やすなんてよしなさい

     何故、と少年は答える。これはもう俺の手元に置いておく意味はない、と。

     ──やれやれ、まったく子供というのは難しい。何の力も持たないくせに、わたしの領分に紛れ込んでくるのだから


     ──まず、第一に本を燃やすなんてとんでもない。それは君が思っているよりもずっと価値のあるものなのだから。それにもう一つ、君はそれを気に入っているのだろう? なら、そんなことはよすんだ

     俺が気に入っていようがいまいが、この本のことを語り合える人はもう来ないんだ。ここにはずっと俺一人だけなんだ

     ──ああ、うん……なるほど、それは残念だったね。彼も随分変わってしまったな……。でも、いつか分かち合える誰かと会えるかもしれないじゃないか。こんな暗い場所じゃない、どこか別のところで

     誰かって誰だ、と少年は問い返す。子供騙しにそんなあやふやな答えで誤魔化してくれるな、と。

     ──そうだね、何十年、何百年先かはわからないけれど、一人くらいは君の話に耳を傾けてくれる誰かが現れるかもしれない。わたしもたった独りで長いときを過ごしている間に、いろいろな者と出会ったものだよ

     何百年だと? 俺にもその長い孤独を生きろというのなら、お前の方が我が父より酷ではないか。

     ──ん、あれ? 君は今の君だけど、君の中には別の君が混じっているのか。これはちょっと厄介だな……でもこの辺をつなげれば……ああ、できた。さあ、君の中の君。君はもうこんなところには戻ってこないで帰りなさい。あの子のところへ

     あの子? と少年が訊き返したその刹那、凍てついた空気がパリンと音を立てて破れた。砕け散った空気の破片が音もなく落ちていき、暖炉の中から滲み出した炎の色が薄暗い部屋の中で渦を巻き、満たしていく。
     闇の色と炎とが溶け合ったその境目を、少年は声を上げる間もなくどこまでも落ちていく。まるで底のない奈落に呑み込まれるように。眼前には昼と夜の狭間に似た景色がどこまでも広がっていた。

     ──この本は置いていきなさい。君にはもう必要ないが、ここの君にはまだ要るものだからね

     ──へえ、彼女もなかなか面白い子だね。……かわいそうに。でも君はまだ彼女のなかには触れていないの? 存外、やさしい子なんだね、君は

     ──なんだ、ちゃんと憶えているじゃないか。大丈夫、君を通して少し覗いただけだから。だったら早く帰りなさい。君が待っていた子が今度は君のことを待っているよ、ナムリス


    「──ナ厶リス、ナムリス?」
     いつまで経っても耳に馴染まない、やたらと甘い声のするその遥か遠く彼方から、聞き覚えのある声が己の名を呼ぶのが聞こえて、ナムリスはハッと目を見開いた。が、どうしてか視界が曇ったようにぼやけて、そこに何があるのかよく見えない。
    「ん……」
    「ナムリス、どうしたのだ? 大丈夫か?」
     急にその場に現れた見慣れたはずの美しい女の顔には、どこか不安げな表情が浮かんでいる。
    「えー……あれ? 俺は……」
    「遅くなってすまない。侍女たちに不都合がないか訊いていたら、つい話し込んでしまってな」
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works