ハニー・レシピ 白い陽光が小窓からしずかに光の梯子を垂らす朝。夏の陽気をくるんだ南国のみずみずしい風が、開け放ったベランダからキッチンにいるグリーンの肌をやさしく撫でる。髪をさらさらもてあそばれる心地よさにゆるく目を伏せていたら、くつくつ、鍋の中からひそやかなノックが聞こえるから、彼はそっと汗をかくクリーム色の蓋を開けてみた。
湯気がこんもり湧き出たあとに現れたのは、色とりどりの野菜とやわらかな肉がごろごろひしめき合う、グリーンお手製のポトフだった。おたまでくるりとかき混ぜるとあたりにふんわりよい匂いがあふれる。煮込み出して十数分、そろそろいい味が染み出してきた頃だろう。グリーンは鳴りそうな腹を抑えつつ、ぐらぐら煮えて踊るこがね色のスープを匙でうすく掬った。銀色を透かして艶めくそれをおざなりに冷まして口に含んでみる。
「……ん、いい感じ」
たしかなブイヨンのうま味がじんわり舌に広がって、思わず口端がゆるんだ。からっぽの胃の中までするりと熱が広がる感覚もまた気持ちのよいものである。
カロス留学中に教えてもらったホストマザー秘蔵のレシピとやらは、その大仰な飾り名のわりにカントーでもどこでも、その地その地で手に入るもので手軽に再現できてしまう。とはいえグリーンのお気に入りのそれは確かに美味しく、いつでも褪せないとくべつな味なのだから、それくらいの方が彼にとってはちょうどよかった。
口の中に残る風味をころころ転がしながら、グリーンはかちんと火を止める。おとなしくなった表面にひとひら紅葉を投げ込んだら、余熱でもう少しだけ蒸らすのだ。茶葉としても有名なメブキジカの秋の葉はこのレシピに欠かせず、この段階で投入することで深みのあるかぐわしさを放つようになる。これに限ってはカロスでのみ買えるものが一番しっくりくる香りだから、そこはたしかに秘蔵たりうる工程かもしれない、なんて改めて考えてみたり。
サラダとソースの支度をし、平たいマフィンをグリルに置いたら、さて、ここでグリーンは時計と廊下を順番に見ながらそうっと目を細めた。
「……おっせえなアイツ……」
いつもなら、ミツハニーの甘い蜜につられたキテルグマよろしく仕込み段階のスープの匂いに誘われて起き上がってくるはずの男が、まだ巣穴から姿を見せない。
あの健康優良児は毎日同じ時間に目を覚ます上、今日のグリーンはゆっくり起きて時間をかけた調理をしているから、それを加味するといつもの起床時刻より二時間はとうに過ぎていた。なんとも珍しいものである。彼の相棒は早々と朝食を終え、日の当たるソファの上でのびのび過ごしているというのに。
今の彼らはバトルツリーで挑戦者を迎え撃つバトルレジェンドとして、カントーからはるか遠く南のアローラ地方に招かれた身だ。本日の業務は昼から、ただ身支度を整えるだけであればまだまだ時間はたっぷりあるものの、最高峰で待ち構える立場としてはそう悠長にしていられるわけでもない。自身のコンディションはもちろん、手持ちとのこまごまとした調整が不可欠なのだ。
それに、アローラ滞在にあたりコテージを提供してくれた関係者の面を汚す手腕を見せるわけにもいかなかった。こればかりはグリーンのプライドの問題だが、そもそも気を抜いて負かされるのが嫌なのは、未だ姿を見せないあの男だって同じはずだ。
「ったく……仕方ないやつ」
エプロンをクロスの上に畳んだら、グリーンはひとつ息をついて廊下へ向かった。
寝室に着いたらトントン、と形式上のノックをしてやる。硬い木の音が反響してしばらく、なんの返答もないことを確認したら、彼はそのまま豪快に戸を開け放った。
「おいレッド、いつまで寝てんだよ」
ずかずかとほの暗い部屋に入り、ベッドの真ん中に盛り上がった人型の山を睨む。そこから覗く跳ね上がった毛はその程度ではうんともすんとも言わず、寝息の具合もまったく変わらない。大げさに横に腰掛けてみても、呻き声ひとつしなかった。それはやはりまったく珍しいもので、いっそ体調が優れないのかもしれないとすら思ってしまう。
「……おい、レッド」
めったに調子を崩さない男がこうも動かないと心配だってしてしまうものだ。声の棘を丸めて額や頬にひたひた手を当ててみるが、病的な熱さは感じず苦しそうな様子もない。むしろグリーンの優しい声音にうっとりしたのか、腑抜けた顔で頬をすり寄せてくるほどだった。どうやら心配無用、すこぶる元気なようだ。
「……ちっ、心配して損した」
こちらの気も知らず幸せそうに眠りこけている塊に舌打ちしながら、グリーンは乱暴にベッドを飛び降りる。大股に窓辺に向かった彼は遠慮なくカーテンレールをまっぷたつに割り開いた。威勢のよい音と共に部屋にあふれたやさしい陽の色は、それでも灰色の空間をかっとまばゆく照らして、容赦なくレッドの頭から足先までを真っ白に染める。
「……う……」
ここでようやく、彼がわずかに呻いた。その隙を逃さず、太陽から逃げるように丸まるのをこじ開けて、グリーンはその間にどかっと座り直す。鈍くて丈夫なレッドには多少荒いことをしても問題ない。彼と過ごす中でグリーンが体得した知識だ。
「そら、ねぼすけ! 早く起きねーとメシ抜きにすんぞ!」
身体の側面を背もたれのように使われ、ぼふぼふとシーツの上から派手に叩かれたレッドは眉間に皺を寄せて渋い顔をした。意識がかたちを取り戻す格好のチャンスだ。グリーンは少し楽しくなってきたままに人差し指で彼の深い皺をぐりぐり揉んでやる。やめて、なんて掠れた低音がゆっくり咎めてくるから殊更口角を上げてしまった。
「はん、やめてほしけりゃ起きるこったな」
ついでにその手で両頬を掴んでむにむにともてあそべば、嫌がるようにゆるく首を振られてどんどん愉快な気持ちになる。グリーンには生来この男のそういったさまを見るのがどうにも楽しいきらいがあった。無口な仏頂面をつつけばつつくほど、もだもだ崩れて赤くなったり狼狽えたり、とにかく自分の手でレッドの表情を変えてしまえるのが愉快でたまらなかった。
だがそんな大好物も、頬を揉まれるのに慣れ始めると一瞬で気の抜けた表情に戻ってしまう。今日の眠気はなかなかに手強いようだ。
「あ、こら寝んなって!」
もう何度頬を揉んでも反応しない。これが仕事でなければ既に見切りをつけているところだが、そうもいかないので面倒である。とはいえ色々と起こし方を考えるのも時間がもったいないし、たらたらしているとサラダの葉が萎びてしまう。
次試してダメなら、下でのんびりしている彼の相棒に一発バチッと決めてもらおう。グリーンは心中で物騒な決定をした。
そうして電撃目覚まし直前の一手を決めた彼は、レッドの側面に置いていた腕をそっと彼の頬に這わせる。今までの粗雑な荒々しさとも窺うような健気さとも違う手つきでしなやかにレッドの前髪をあげたら、そこにやわらかくキスを落とした。ぴくり、と彼の手が反応したのを片腕で捉えて、やや開かれた大きな手のひらにそのまま自分の指をするりと絡めてやる。
なんと甘い光景だろうか。グリーンとしてはほとんど悪ふざけに近く、既に自力で起こす気もさらさらないのだが、それを感じさせないほどの甘美なふれあいを演出できてしまうのは彼の恐ろしさのひとつである。
額、目尻、こめかみ……なぞるようにわずかなキスを繋げて耳もとへと辿り着いた彼は、その端麗な顔の上に愛しげな色をたっぷり湛えた表情すらこまやかに作り上げた。
「なあ、ダーリン……はやく起きてくれよ、さみしいだろ?」
やさしくとろけた声音にほんの少しの切なさを混ぜて、惜しげもなくレッドの耳にそそぎ込む。恋い焦がれたようなそれと共に彼のくちびるを指先でなぞる仕草は、心の底からレッドを求めているようだった。繋いだ手が声に応じるようにやわく動き始める。だがまだ足りない。あとひと押し、いい仕上げにはとっておきのスパイスが重要だ。
「……レッド」
最後にひとつ、胸焼けしそうなほどにとびきり甘ったるい声で、ゆっくりと彼の名を呼ぶ。情事の際にすら紡ぎ出せないほどのそれは、いっそ告げたグリーン自身が心中やにわに恥ずかしくなるくらいの熱を孕んでいた。
最後のひとつまみまで抜かりなく盛り付け終えた彼は、徐々に赤みを増す目前の肌に気づいてそっと顔を離す。そうしてレッドの顔を見るなり、あの優美な表情をあっけなく崩して破顔した。
「あっはは! お前、なんだよその顔、見たことねえ!」
陽気な笑い声は、先程までのしっとりとした湿度もムードも吹き飛ばして部屋を快活な色で満たす。だけれどグリーンにとってはそうして空気を壊してしまったって仕方がないことなのだ。
起き抜けにしてはあまりにも熟れた顔色、ぴったり閉じられていた瞼を限界まで見開いて、ふとましい眉根を眉間に寄せながら硬直しているさまからは完全な動揺が伝わってくる。レッドが今まで見せた混乱の表情の中でもこれは特に色々な感情が交ざっていて、グリーンからすれば大層面白いことになっていた。手のひらにじっとり汗ばむ感触も重なって殊更にグリーンははしゃぐ。
「ひゃはは、びっくりしてら。あーおもしれー……まさかこれで起きるなんてな……オレに甘やかされんの、そんなに良かったかよ? おこちゃまだなーレッドくんは」
つんつんと頬をつつけば、レッドは次第に状況を理解しだしたらしく、ばつの悪そうな表情に変わっていった。じろ、と横目にこちらを見つめるのに気づいてすぐ、グリーンは絡めていた指をすんでのところで引っ込め、ついでに軽々とベッドからも逃げ出した。
「っと、あぶねーあぶねー……」
あのままだと手を握られて捕らえられてしまうところだった。そうしてレッドとじゃれ合うのも嫌いじゃないが、惜しくも今はそんな余裕もない。
放り出されたレッドは億劫そうに身体をのそりと起こして、恨みがましい目でこちらを見つめてくる。いつもはキリッと上がった眉毛も相まって凄みのある表情になるはずが、顔が赤いのと跳ね散らした寝癖のせいで大した威力もない。
「くく、そんな顔したってダメだぜ。起きないお前が悪ぃんだからな」
「……ひどいよ、グリーン」
「ひどい? ふは、なんのことだか……まーなんでも良いけど、メシにありつきてえならさっさと顔洗ってこいよ!」
戯れのやりとりもそこそこに、グリーンはけらけら笑いながら颯爽と部屋を出た。なかなか爽快な気分だ。面白いものが見られたことはもちろん、どんな力よりしとやかな仕草と声音で覚醒してしまうなんて、自覚はしていたが随分と惚れられたものである。これはしばらくネタになるな、なんて意地悪く考えながら、グリーンは上機嫌にエプロンをつけ直した。さらりと手を洗ったら、さて、支度の仕上げに取りかかる番だ。
グリルでマフィンの表面を炙りながら卵を二つ手に取って、一つずつ耐熱容器に割り入れる。ぷっくりとした新鮮な卵黄にぷつぷつとフォークで穴を空けたら、薄く水を張って電子レンジへ。その間にフライパンで肉厚なベーコンを焼く。じゅうじゅうと腹に響く魅惑的な音と香ばしい脂の匂いに、早くも舌鼓を打ってしまいそうになる。アローラの食べ物はどれも大ぶりで食べ応えのあるものばかりだから、ベーコンの表面を溶けて流れ落ちるたっぷりの肉汁すら滝のように見えた。
「……美味しそうだね」
ひっくり返して焼き目をつけているところで、ぬっと後ろにぬくもりを感じる。もう身支度を整えたらしいそれに後ろから覗き込まれて、触れる栗毛がちくちくむず痒い。
「よお、ねぼすけレッド。おはようさん」
「…………」
「わはは、おいくすぐってえ、やめろっての。火ぃ使ってんだぞこっちは」
振り返らずにからかってやったら不満げに頭をぐりぐりと押しつけられて、ついつい笑ってしまう。身体はやけに大きくなったが、中身は昔からさほど変わらない。言葉少なに抵抗してくるさまは本当に面白くて愛おしいものである。
「お前も手空いてんならサラダ盛り付けとけよ。あーあと、冷蔵庫の手前側にあるちっちゃい器出しといて」
しかしふれあいも大事だが今は何より朝食だ。ほとんどブランチと言っても差し支えない時間になってきて、腹の虫も悲鳴を上げている。レッドを顎で使いながら、グリーンも手早く準備を進めていく。
レンジが音を立てたので中身を取り出して冷水にそっと浸す。やわやわとしたふたつの白い楕円がボウルの底に沈むのを見届けたら、表面がロコン色になったマフィンをグリルから取り出して皿に盛り付けた。そこに焼きたてのベーコンをどかりと乗せ、冷水から慎重に引き上げた半熟卵をこれまたそっと乗せる。
「……ねえ、グリーン」
「あー? なんだよ、今大事なとこだからちょっと待て」
ふるふると揺れるかたまりを破かないよう細心の注意を払っていると、レッドから呼び声がかかった。待てをしながらなんとか無事に乗せ終えて、ようやくそちらを向こうとしたが。
「で、なんだよ……って近ぇな、おま――」
思ったより彼はすぐそばにいて、振り返れば一寸先に顔があるほどだった。少し退けようとしたのだが、そのまま後頭部を包み込まれて引き寄せられ、あっという間に口づけられてしまう。柔いもの同士が密にふれあう心地よさに、グリーンはうっとりと眼を眇める。
「…………おはよう」
ふわりとミントの風味が香ってまもなく、くちびるがわずかに離れて、至近距離で穏やかな声音がぽそりと呟いた。
「……なんだよ、仕返しのつもりか?」
いたずらっぽい光が目前の黒壇に宿っているのを見て、グリーンはにっと瞳を細めて笑う。レッドもこれでいてグリーンのライバルなのだ。負けず嫌いもひとしおである。
しかしこくん、と素直に認めてうなずくさまがまたいじらしくて、グリーンはたまらず頬にキスをした。
「ふふ、可愛い仕返しどーも……」
そこに残るキスの余韻をすり、と指で撫でるところもまた愛おしい。にやにや見つめていれば、恥ずかしそうに目を反らしたレッドが盛り付けたサラダをいそいそと食卓に運び出した。ああそうだ、食事の支度をしなければ。ふれあいに惚けた脳みそを動かして、グリーンもメインディッシュを食卓へ届けることにした。
「……今日のごはん、すごいね」
続々と食器を運びながら、レッドは小さく感嘆した。彼がそうするのも無理はない。皿をとりどりに並べたテーブルは、小さくも賑やかな世界を広げていた。普段の朝食も栄養バランスを考えたしっかりしたものにしているが、今日はバランスより豪勢さに重きが置かれている。
「だろ? 今日昼からだし、せっかくならこれ作ってみたかったからさ」
ノメル色のソースをとろりとメインディッシュに掛けながら、グリーンは満足げにうなずいた。アローラのご当地メニューとして有名なそれ――エッグベネディクトは、カントーでも食べたことはあるものの、現地の店で食べるとまた格別な味がして非常に美味しかったのだ。どうせなら現地にいるうちに、本場の食材だけで作ってみようとグリーンの凝り性な部分が囁いたために、今回作るに至ったのだった。
結果的に朝食にしては少しボリューミーになってしまったから、ブランチになって正解だったかもしれない。
「う……はやく食べたい……」
腹の虫を派手に鳴らしながら言われてしまえば、グリーンはまた声をあげて笑ってしまう。
「っはは、すげー音! そんなに腹空かせるくせになんで今日あんなに寝てたんだよ、お前」
グラスに水を注いでいても聞こえるほどだ。大層腹が減っているのだろう。しかし水を受け取ったレッドが首をかしげているあたり、当人に原因の自覚はなさそうだ。
……それについて深く考えるよりも先にレッドから催促の目線が飛んできたから、ひとまず食べ始めることにした。
白繭の中心にナイフを立てれば、ぷっつり途切れたところから卵黄がとろけ出て、肉とマフィンを夕陽の色に染めていく。バランスよく揃えて口に放ると、香ばしく旨味のつまったベーコンにコクのある濃厚な黄身が絡み合ってたまらない。歯応えもよく、噛めば噛むほど旨味が出てきて止まらなかった。マフィンのさくさくとした表面とふわふわの中身もまたよい食感だ。
ポトフもよい具合に茶葉の深い香りがついて、これまた食欲をそそった。ほろほろの野菜とやわらかな肉は、スープのまろやかな旨味が十分染み込んでいる。胃があたたまるだけでなく、身体ごとほぐされるような心地になるのは、思い出の味だからだろうか。
絶品揃いだ、と噛み締めながらレッドの方を向けば、それはもうよい食べっぷりで、忙しなく口に詰め込んでは大層美味しそうに目を輝かせていた。
「おいおい、喉に詰まらせんなよ」
ヨクバリスのように頬を膨らませた彼はこく、とおざなりに返事をして、また皿に手を伸ばす。そのさまに口角を緩めたグリーンもまた手と口を動かしながら、先程閉じた思考をもう一度開いてみる。
思えば連日、仕事終わりにどこかに遊びに行ってばかりだ。自覚がないとはいえ疲労が溜まっているのかもしれないし、たまには部屋でのんびりと過ごすのも悪くないだろう。明日はちょうど休みだから、それも合わせれば疲労を取るのには十分だ。
「……ま、今日は帰ったらゆっくり過ごすか」
サラダで口直しをしながら言えば、レッドは「うん」と頷いた。話を聞いているのかいないのかわからないが、ともあれ予定は決まりである。
それにしてもよく食べることだ。あっという間に皿から食べ物が減っていく。
「……それに、お前のかわいー顔たくさん見るのに丁度良いしな」
そろそろこちらにも目を向けてほしくていたずらに告げれば、レッドが急にむせ返った。話はちゃんと聞いてるんだな、と感心していると真っ赤な顔で睨まれたが、やっぱりまったく怖くはない。
「……ぼくだって、きみにかわいい顔、させるから」
なんとか嚥下して口の中を空にした彼は、そんな挑発的なことを言ってくる。
「へえ……どうやって?」
先を期待しながらスープを飲む。視界の端にぐるぐると思考しているレッドが映って、グリーンは危うく笑ってしまいそうになった。そういうところが可愛いのだが、鈍い彼に自覚は無理だろう。
「……ぐ、グリーンを捕まえて、もうやめてって言うまでいっぱいキスしてあげる」
おまけにこれだ。こういうことを言い慣れていないくせに負けじと言おうとする、そういうところがいじらしくてたまらないのだ。スープを飲み込んだあとでよかった、と思う。笑ってしまって飲めたものではないのだから。
「く、ふふ……うん、そうだな……」
「わ、笑わないでよ……他にもいろいろして、グリーンのこと、はちみつみたいにしてやるから……!」
「っ……ふふふ、っあはは……!」
真っ赤な顔でしどろもどろに言われてしまえば、もう堪えることなんてできない。可愛くて面白くて、けらけら音を立てて笑ってしまえば、レッドはついに拗ねたようにそっぽを向いて食事に戻ってしまった。
「はは、悪い悪い、馬鹿にしてるんじゃねーんだって……」
ご機嫌取りにベーコンを少し渡してやれば、目線がじっとりこちらを向く。嘘つき、なんて顔に書いてあるのがわかるが、しかし間違っちゃいないのだ、彼の考える方程式は。
レッドのたくましい身体に捕らえられてキスを降り注がれたのなら、グリーンはすぐに大人しくなって、もうやめろと口先だけの抵抗をするようになる。それでもやめずにいたのなら、本当に押し黙っていずれはレッドの腕の中でとろけてしまうのだ。
それに、他にもいろいろされてしまうらしい。いったいどんなレシピで、こちらを形無しにしてくれるのだろうか。
「……楽しみにしてるぜ、レッド」
きっととろけてしまうはちみつ色の瞳を細めて、グリーンは彼に、にんまり笑いかけたのだった。