剥がれ落ちては溺れるように 寝ない、という根性だけでどうにか意識を保っている彼女はきっと、無意識に袖を掴んでいるだけだろうな。
分かってはいる。そんなことは承知の上で、普段から素っ気ない彼女にも独占欲が少しくらいはあるのだろうかと、思考がズレていく。
「あの、すずなさん、そろそろ……離してもらえますか」
「……うん? ふふ……どうしようかな……」
「ど、どうしようかなって……」
未だ眠たげに、ぼんやり細められた視線はどこか楽しげで。灯りが反射して眩しく光った。
「すずなさん、水を持ってきますから……一度離してください」
「水……? 喉なんか乾いてないよ」
「いいから。離してもらえますか」
不機嫌そうに、頑なに僕の袖から手を離さない。そんな彼女の手を一瞬で離させる方法はいくつもある。その中でも一番簡単な方法は……。
「そんなに、離したくないほど……僕のこと……好き、なんですか?」
これが一番確実だなんて恋人の風上にも置けないと思っているけれど、実際そうだから仕方ない。
「…………」
「? すずなさん?」
もう眠ってしまっただろうか。
「……だいすき」
「だっ……!? え、なっ……、」
聞き間違えたのでなければ、脳でもおかしくなったかと思うほどで。
「レムナン、すきだよ……」
「え、わ……、あああああの、や、やっぱり水持ってくるので、僕……!」
「もう! いらないって言ってるのに、話聞かないんだから……」
あっさり聞けるような、内容ではなくて。
「あ、あの……ひとまず、み、水を」
「レムナン、さっきから水の話ばっかり。ふふ……好きだね、水……」
「そ、そんな話じゃ、なくて……!」
「でも水より私の方が好きだよね?」
「…………っ!」
僕の袖を引いたまま首を傾げる仕草は普段の彼女よりいくらか幼い。
『馬鹿馬鹿しい。アルコールで脳機能を麻痺させる事のどこに有意義なことがあるンだ? 人の性格がアルコールで変わる? そんな道理はない。ただの脳機能低下の弊害だ。人間の人格を変貌させるほどの物質ではない。ただ、理性を司る脳機能を低下させて碌な思考もできなくなっているだけだろう。君達、そんなののどこに価値を見出してるの?』
つらつらと、飲み会でミネラルウォーターをグラスに注ぐラキオさんが、そんなことを言ったのを思い出す。
酒は人の性格を変えたりなどしない。
――理性を、剥がすだけだ。奥底の本性を、何も変えたりなどしない。
ただ、彼女が口にした酒の種類を見るにアルコールだけの影響ではなさそうだ。テーブルに目をやれば、今もほとんど減らずに残っている酒のラベルが目に留まる――またたび酒。
あれは、人の性格を変えてしまうような劇物だろうか、それとも。
「すずなさん……」
「ん?」
「ぼ、僕は! すずなさんのこと、水より……好き、ですよ」
「水がないと生きられないのにね」
「わ……ちょっと、すずなさん……!」
彼女は寝転んだ姿のまま手を伸ばして、まるでペットか何かにやるようにわしゃわしゃと僕の頭を撫でた。中腰の姿勢を保つのに疲れてベッドに座り込む。
「レムナンは可愛いよね」
「か……可愛い、はちょっと……」
「分かってないなぁ……可愛いは武器なのに」
「すいません……よく分かりません」
彼女はよく分からない理論を展開しながら目を細めた。
ふらりとベッドの上で起き上がり、そのまま僕の脚に頭を乗せて、身体を丸めて。
あぁ、こんな光景をどこかで見たことがある。たしか猫は飼い主の膝の上で寝ることもあるとか。
「可愛くなくても好きなとこ、いっぱいあるけど」
「は……」
彼女の落ちかけの意識が、急な停電のようにシャットアウトする。
再起動まで後どれくらい? とてもすぐには起きそうにない。
「言い逃げは……どうかと、思いますけど……!」
そんな、いっぱいあるなんて言うなら、渋らずに普段から小出しにしてくれたって、バチは当たらないんじゃ、ないですか。