愛と性欲「こ、この船に、ウタが……!」
「おいチョッパー!今回お前は船医会議に行くだけだからな、ウタちゃんに会いに行く訳じゃねェからなコンチキショー!」
「わ、わかってるって!へへ〜でも、もし会えたらサインとか貰えるかな?」
「あっちょっお前ずりィぞ!そん時はおれのもちゃんと貰って来い!サンジくんへ愛してるで頼む!」
「がっつり便乗すんなー!!」
サンジの長い手足を振り切ると、大きなリュックを背負ったチョッパーは意気揚々と、今大会の会場であるレッドフォース号へと乗船した。
***
船医会議。正式名称は海賊船医学術大会で、年に1度開催される、謂わば海賊船医による学会である。どんなに強い海賊であっても、病には太刀打ちできない。死の前に人は皆平等なのだ。かの有名なゴール・D・ロジャーも、晩年は大病を患っていたとかそうでないとか。
そこであらゆる海賊船に乗船する船医が一同に介し、各々が症例発表や研究発表を行う学会が開催されるようになった。参加者は船医とは言え海賊のため、学会中は争いを起こさないことが協定で取り決められている。無論、これに違反した者は船団も含め、未来永劫学会への出入りが禁止となる。しかし協定があるとは言え、いつ何時どのような敵襲に遭うかはわからない。よって、学会会場は毎年必ずある一定以上の懸賞金を掛けられた海賊船での開催が義務付けられていた。
今回、麦わらの一味の船医であるチョッパーはこの学会に“初参加”することとなった。短い年数ではあるが、船医として活躍していた筈の彼が今まで学会へ参加出来なかったのには悲しい理由があった。
ーーー懸賞金ポスター
“わたあめ大好きチョッパー 1,000ベリー”
そう、チョッパーの懸賞金ポスターは“麦わらの一味のペット”の記載しかなく、仲間達以外で彼を医師だと認識していた者が極端に少なかったのだ。(トラファルガー・ローはチョッパーのことを知っていたが、彼は一匹狼のためそもそもこの学会に参加していない)
そんなチョッパーが海賊船医として認められたきっかけは、とある船との邂逅だったーーー。
その日、チョッパー達が乗るサウザンドサニー号は一隻の海賊船と出会した。威嚇射撃もなく、まるで人が乗っていないようなその船は、ゆらゆらと波に揺られサウザンドサニー号へ接触しそうな距離にまで近付いて来た。帆には大きなジョリーロジャーが掲げられており、どこかの海賊であることだけはわかったが、先に言った通り戦闘の気配は無かった。
「おい!あの船、なんかおかしいぞ……乗組員が、みんな倒れてる!」
「チョッパー!助けてやれるか!?」
「わからないけど…ルフィ!おれをあの船まで飛ばしてくれ!」
ルフィの腕を借り、チョッパーは慌てて敵船に飛び乗った。乗船してすぐ初めに感じたのは、異臭。血と、腐敗した肉の臭いがそこら中に充満していた。甲板は死んだ船員達から漏れ出る体液で腐敗し、今にも床が抜けそうだ。それでもチョッパーは器用に船内を駆け回った。唯一生き残っていた数少ないクルー達はみな虫の息で、瀕死の状態だった。
「おい!大丈夫か!?……ん?ハートの発疹……」
「はぁ、はぁ……い、いきが、でき、ない……たすけ、て……」
彼らには特徴的なハート型の発疹が見られ、全員呼吸苦を訴えていた。
「こいつは、最近流行りの伝染病……!よし!特効薬を作ろう!」
チョッパーはいち早くこの船を襲った流行病を診断し、クルー達の治療にあたった。チョッパーの早期診断、治療により救われたクルーはその手際の良さ、知識量の豊富さに唖然としていた。
「あ、アンタ、ただのたぬきじゃないのか……」
「おれはトナカイだ!あと医者だ!」
「わ、悪い……船医会議で、見なかったもんでな……知らなかったんだ……すまない、ドクター……えっと」
「チョッパーだ。おれの名前はトニートニー・チョッパー」
「ドクターチョッパー……!次の船医会議にぜひ参加してくれ、おれがアンタを推薦する」
チョッパーに救われたクルーはこの船の船医だった。彼は船医学会の理事会メンバーの1人で、チョッパーの優れた医術を目の当たりにし、彼を学会へ推薦することを決めた。
こうして、回復した船医から直々に推薦を受け、チョッパーは遂に今回この船医会議に参加することとなったのだった。
「へー、今度の大会はレッドフォース号ってところでやんのか!で、ホンゴウってやつが大会長なんだなー!これ、トラ男も来るのかな?」
「ん?それシャンクスの船じゃねェか!」
「えっ?シャンクスって、ルフィの恩人のか?」
「ああ!いたらよろしく言っといてくれ!まだ帽子は返さねェって!」
まだ船の名前と船長名が一致していないチョッパーに、ルフィは屈託ない笑顔でそう言った。そうか、ルフィの恩人であればきっと善人に違いない。チョッパーはほっと溜息をひとつ吐くと、大会抄録のページを2本の爪で捲った。
「へ〜どれどれ……大会責任者は赤髪海賊団大頭、赤髪のシャンクス……ってそういやコイツ四皇じゃねェか!!懸賞金額39億!?ぎゃ〜!!」
裏面に張り出された懸賞金ポスターの金額を読み上げるとチョッパーは口から泡を吹き出しその場に倒れた。甲板に横たわるチョッパーを「そんなんでビビってどうすんだよ」とぺしんと叩くと、ルフィは大会抄録をぺらぺら捲った。
「そういやあの船、ウタも居んのかな?」
やっぱ載ってる訳ねェかなどと呟きながら抄録を捲るルフィに、チョッパーはがばりと起き上がり慌てた様子で反応した。
「ウ、ウタ!?!?でもウタは、死んだかもってニュースでやってたし……それにルフィも遠目からだけど、棺桶見たんだろ?」
「ああ、見たぞ」
あの時確かにルフィは見た。ウタを入れたであろう棺桶の周囲を、赤髪海賊団幹部が取り囲んでいたその様を。しかしルフィは頭の後ろで手を組むと、唇を尖らせながらこう続けた。
「見たけどよォ〜、シャンクスが自分の娘見殺しにすると思えねェんだよ。昔エレジアで別れた後だって、散々おれに泣きついて暴れたし」
「そ、そうなのか……?だからルフィって顔に傷があんのか!?つーか39億が暴れるって、もう村とかなくなっちまうんじゃ……!?」
妄想だけでも恐怖で震え上がるチョッパーをよそに、ルフィはパラパラ最後まで抄録を捲ると「やっぱいねェか〜」と溜息を吐いた。
「でも絶対いる、ウタはあの船に」
「……ルフィがそこまで言うのも、珍しいな」
「シャンクス、酔っ払うといっつも最後はウタのこと思い出して大泣きしてたからな〜。あんなに好きだったのにシャンクスが見殺しにするとは思えん」
「親バカなのか……?」
「まあともかく、アイツらにはよろしく言っといてくれ!おれの仲間だって言えば悪いようにはしねェだろ」
「わ、わかった……そうだ、当日は首からどこの一味かわかるように名札つけるんだった!」
チョッパーは大会抄録についていたネームホルダーを取り出すと部屋から持参してきた羽ペンで自分の名前を記入した。そのままホルダーを首からぶら下げると、まるで自分が世界の名医の一員になれたような気さえした。
「おー、なんかかっちょいいな!」
「へ?そ、そうか?……なんか、なんか燃えてきたぞー!」
大会は明日だが、チョッパーの気持ちはもうとっくに会場入りしているのだった。