花道が俺のことを見てくる。そのせいで俺は、確実に教室に居づらくなっていた。
ずっと寝顔を眺められていたと知ってから一週間。なんとなく視線を感じて後ろを振り返ると、毎回花道と目が合うようになった。
花道は俺がずっと花道を眺めている思っているが、それは誤解だ。俺が花道を見ている時、俺だけじゃなくクラスのほとんどが花道のことを見ている。グゴーとデカい寝息を立てていたり、先公に何度呼ばれても振り向かなかったり、寝てたと思ったのに夢と勘違いしたのかいきなり叫んで立ち上がったり。そりゃ見るだろ、ってタイミングで見ているのがほとんどで、他の人を見るよりは目立つ分よく見ているかもしれないが、でもその程度だ。花道のように、授業時間目いっぱい人を眺めるようなことはしていない。
なのに花道はどうもそれをお互い様だと思っているらしく、あれ以来俺をしょっちゅう見てくるようになってしまった。
困る。
微睡んだりしているところを見られるのが恥ずかしいってのもあるが、何より俺を見てくる花道の目がヤバい。あの強面でもわかるくらいとろとろに俺を甘やかすような目をしていて、多分その視線にはカワイイとかスキみたいな感情が目いっぱい込められている。自意識過剰ならどんなに良いか。残念ながら俺は花道の一番の理解者なので、否が応でもそのことに気付いてしまった。
そして何より問題なのが、花道がそのことに気付いてないってことだ。
花道は好きな子相手にはすぐに照れるし、うまくおしゃべりも出来ず余計なことを言って嫌われたり、影からコソコソ見るのが精いっぱいでまともに正面から向き合うこともできなかったりする。当然、俺とはそんなことはない。
だから花道の中では俺はただのダチで、でも一時間でも二時間でもただ顔を眺めていられる相手ってことになっている。
俺としては、恥ずかしくて仕方ない。花道を恋愛対象として見たことは無かったが、それでもあれだけ視線で訴えられたらあっという間に絆されてしまった。パス待ちの流川ぐらい露骨に顔に書いてあるんだ。俺のこと好きだって。
忠たちは早々に気付いてたみたいで、俺が花道を振って花道の連敗記録を伸ばすのか、それともまさかの成就で連敗記録を止めるのかと日々予想を立てている。他人事だと思って好き勝手賭けやがって。
ただ何度も言うが、花道は自分が俺に惚れていることに気付いていない。だから告白もされないし、そうなると俺も返事ができない。まさかお前俺に惚れてんだろ、と言う訳にもいかないし、今の花道なら頭イカれたのか? ぐらいは言ってきそうだ。
正に八方塞がり。
どうしたもんかなと悩みつつ、今日も変わらず部活の冷やかしに行くと、丁度休憩をしていたらしい三井さんが寄ってきた。
「来たか水戸。助かったわ」
「なに、買い出しとか?」
「や、俺今日桜木とチームだから。アイツお前がいると調子良いし。昨日宮城のチームに負けてすっげー煽られたんだよ」
今日はぶっ潰す、と闘志に燃えている三井さんには悪いが、俺はそれどころじゃなかった。
「俺がいると調子いいの?」
「おー、まぁだって……お前も勘良いし気付いてんだろ。アイツ明らかお前のこと好きじゃねぇか。もう付き合ってんのか?」
「え、待って三井さんですら気付いてんの!?」
「オウ、驚くなよ、この俺ですら気付いてる。つまりバスケ部全員気付いてる」
あんたはそれで良いのか。自他ともに認める激ニブ男、三井さんですら花道の好意には気付いていたらしい。もうここに立っていることすら恥ずかしくなってくる。
「でも花道は気付いてないっぽいんだよね。俺どうしたら良いと思う?」
「はぁ!? ぁー……うーん……待てよ……」
ムム、と大仰に考えてくれる三井さんには悪いが、この人からろくな案は出てこなさそうだ。半分諦めたところで、三井さんがぱっと顔を上げる。何か思いついた、というより、面倒になった、という顔だ。嫌な予感がする。
「花道! ちょっとこっち来い!」
「なんだミッチー!」
「水戸が次のスリーオンスリーで一番ゴール入れた奴と一日お付き合いしてくれるってよ」
「……?」
「一日その人の彼女にならないといけないんだって、俺」
「はぁ!?」
オツキアイ、がうまく理解できていない花道に付け足してやる。案の定花道は慌てているが、わたわたと両手を動かしているだけで言葉は出てこないらしい。
どうせ三井さんの出す案だからと侮っていたが、意外と良い作戦だ。俺がそういう対象にならないとはなから決めつけているせいで今の硬直状態になっている訳だし。少しでも意識してくれたら御の字だろう。
得点じゃなくゴール数にしたあたりは三井さんの優しさだろうか。というか、得点にしたら間違って三井さんと付き合うことになるかもしれないし。
しかも、次に行われるスリーオンスリーに流川はいない。うまいこと、花道が勝てる可能性のある勝負にしてくれたのだろう。こういう場面での頭の回転の速さは、流石湘北の知性と言われるだけある。
「な……なんで洋平が……」
「うーん、話の流れで?」
「俺今彼女いねーし頑張るかぁ、デートの練習になるかもしれねーし」
「デート!? だっダメだ、洋平も断れっ!」
「えー、いいよ別に、それくらい。楽しそうだし。キスぐらいならしてあげる」
わははいらねー、という三井さんの声はもう花道に届いていないらしい。今にも沸騰しそうなほど顔を赤くして、フラフラと去っていく。これ、逆効果じゃないだろうか。事情を知らない第三者がゴール数一位を取ったらどうしよう。
結果、花道は鬼気迫る勢いでゴール数一位をもぎとり、見事一日限定の俺の彼氏になった。
キスぐらいはしてくれるんだろうと、俺が窮地に立たされるのはそれから数時間後の話だ。