「水戸、ちょっといいか」
「ん? どうしたの」
部活終わり、花道を待っている間にリョータくんに呼ばれた。
今日はバイトも無いし、この後パチにでも行くかといつものメンツで話しているところだった。なんとなく今日は勝てる気がするだの、昨日は座れなかったあの台が当たるはずだの、取るに足らない会話の中。なぜか俺だけが名指しで呼ばれて、軍団とは離れた場所に連れていかれた。
「なぁ、今日この後予定あるか?」
「予定? まぁ、打ちに行こうかって話はしてたけど。花道に用事?」
「いや、お前に」
「俺?」
てっきり花道が遅くなるから先に帰れという話かと思ったのに、どうやら俺個人に用事があるらしい。バスケ部繋がりで少しずつ話すようになったとは言え、俺とリョータくんの関わりはあまり無い。何の用かと首を傾げると、そのタイミングで体育館からリョータくんを呼ぶミッチーの声が響いた。
「やべ、呼ばれた。悪い、すぐ片付け終わらすからこの後時間貰っていいか?」
「まぁ……いいけど。俺だけ?」
「おう、お前だけ」
「わかった」
特に心当たりは無いが、まさか帰り道でいきなり殴られるようなことはないだろう。最悪、殴られたら殴り返せばいいし。走って戻るリョータくんを見送り、首をひねりながら元の場所に戻る。
「何だって?」
「分からん。この後呼び出し食らった」
「やるなぁ、リョーちん」
軍団の奴らには俺抜きでパチに行くように伝え、部室棟の前で煙草を吸っているとしばらくして息を切らせたリョータくんが階段を降りてきた。
「ごめん、お待たせ」
「ジュース奢りでいいよ」
「ちゃっかりしてんな……何がいい?」
「え、ほんとに奢ってくれんの? ラッキー」
さして待ってはいないが、ありがたく渡された缶コーヒーで冷えた指先を温める。リョータくんはずっとそわそわとしていて落ち着かない様子だった。
「水戸、今日原チャリは?」
「今日は置いてきた。バイト無いしね」
「おー、そっか……」
おもむろにリョータくんが歩き出したので、不思議に思いながらその隣をついていく。寒がりなのか、もこもこのマフラーを巻いたリョータくんは顔の半分が見えなくなっていた。
「暑くないの? 部活終わりでしょ」
「そういう水戸は薄着すぎねぇ?」
「不良がダッフルコートなんて着てたら格好つかないでしょ」
「そりゃそうか……」
何の用か聞きたい気もするけど、俺の家の方向を知らないリョータくんがスタスタ歩いているということはどこか行き先があるのだろう。やがて近くの公園に辿り着き、揃ってブランコに座る。そういやここは、リョータくんと花道が和解したところだっけ。花道が熱く語っていたのを思い出す。ということは、恋愛相談でもされるんだろうか。
「悪いな、時間もらって」
「別にやることもないし良いけど。リョータくんが俺に話って珍しいね?」
「おー……」
リョータくんは何から話すべきなのか迷っているようで、もそもそとマフラーの中で返事をすると一度ギュッと眉間に皺を寄せた。
バスケ部のキャプテンが、大して関わりのない俺に伝えたいこと。
「なに、言いづらい話? 俺らが見に行くとなんか迷惑だった? 別にそんなことでキレないからちゃんと言ってよ」
「え!? わり、全然違ぇよ、お前らが見に来てくれんのは嬉しい。部活も、試合も……」
「そう? ならいいけど」
じゃぁ何の話だとじっと顔を合わすと、リョータくんは観念したようにガシガシと頭を掻いた。
「あ、のよ……俺、好きなコに応援されるとバスケも頑張れるタイプなんだよ」
「? あぁ……それは、なんとなく分かるけど。花道もそのタイプだし、結構リョータくんと花道って恋愛観似てるよね」
「おー、そうそう。別に普段怠けてる訳じゃねーけど、120%の力が出せるっつーか……逆に好きなコが他の男と歩いてるとこ見ようもんなら、もうその日使いもんになんねーの。そりゃ試合が近くなりゃ別だけどさ。三井サンとかは逆に、考えなきゃいけないことが増えるとプレイに響くからって推薦取れるまで告白も一律お断りしてんだって。ゼータクだよなぁ」
「ミッチーは確かにそのタイプかもね」
やはり恋愛相談なのか。リョータくんはマネージャーに発破をかけられた後明らかにシュートの成功率が高いし、花道ほど単純ではないにしろ、良くも悪くもメンタル面がプレイに反映されてしまう性質だというのは気付いていた。
だが、それを今俺に相談して何になるのか。
「で、さ。水戸は、俺にシュート入れて欲しいよな?」
「……は?」
「花道のチームメイトだし、湘北の勝敗にも関わるって考えたら、俺のシュートが成功して欲しいよな!?」
「そりゃ、そうだけど……あ、だから協力しろってこと?」
「……うん」
なんとなく、俺一人が呼ばれた理由を察して苦笑する。そりゃこんなこと、あいつらがいるところで話したら好き勝手囃されて終わるだろう。かと言って、他に協力してくれそうな人がいるとも思えない。
昔から、何かとこういったことを頼まれがちだった。不良になってからは流石に減ったが、誰々との仲を取り持ってほしい、好みを聞いてきて、それとなく助けて、という恋愛相談を受けた数は片手では収まらない。
自分じゃ分からないが、俺は「慣れてそう」に見えるらしい。
そりゃ経験が無いとは言わないが、そう周りが思っているほど経験豊富な訳じゃない。あまり表情が変わらないから、がっついてないから、なんて理由でそうレッテルが貼られてるだけだ。
リョータくんもそういう目で俺を見てるのかと思ったらなんとなく白けた気持ちになったが、まぁ俺の協力でシュート率が上がるならやるだけでもやってやろう。半ば投げやりな気持ちで、にっこりと笑ってやった。
「いいよ」
「ほ、ほんとに!?」
「でも協力したからって結果が付いてくるとは限らないぜ。それでもいい?」
「いや、ぜってー大丈夫。水戸の協力があれば頑張れる」
「そりゃ良かった」
リョータくんの用件が分かったところで、貰った缶コーヒーがすっかり冷めていることに気付いた。一口飲んで、舌に引っかかる苦味に顔を顰めた。もっと温かいうちに飲んでおけば良かったと後悔する。
折角の奢りなのにと思いながらなんとか飲み干したところで、隣に座っていたはずのリョータくんが俺の前に立った。リョータくんを見上げることは少ないから、なんだか新鮮だ。
頼み事をするのに見下すのも違うと思ったのか、おもむろにリョータくんがしゃがむ。そうなると今度は上目遣いになって、マフラーで口が覆われていることも相まってやたらと幼く見えた。体勢はヤンキーだけど、こう見ると結構目がおっきいな、とどうでもいいことを思った。
「なに、それリョータくんのおねだりポーズ?」
「そんなんじゃねーし……」
「俺に何して欲しいの」
「……応援して欲しい」
じわ、とリョータくんの耳が赤くなる。多分、寒さのせいじゃない。照れてるんだろうなというのは分かったけど、言葉の意味はよく分からなかった。
「応援って……リョータくんが女の子に告白するのを応援しろってこと? 別に俺、今更あの時みたいに茶化したりしないよ」
「そうじゃなくて……バスケ、応援して欲しい」
「してないように見えてたの? 結構頑張って応援してるつもりだったんだけど」
だとしたら、ちょっと寂しい。あいつらと試合会場に押しかけて、自分なりに精一杯応援してきたつもりだ。
あれじゃダメだった? という思いで目を合わすと、一歩近づいたリョータくんが、缶コーヒーを持った俺の手を両手で握ってきた。
「それは、花道とか、湘北への応援だろ。俺個人のことも応援して欲しいの!」
「え、何、それは別に良いけど……これまでもリョータくんがボール持ってる時とかは応援してたでしょ。花道以外のことも見てるよ? どうやって応援して欲しいの?」
そもそも、何で俺に応援して欲しいのかも分からない。あれか、花道には俺らが、ミッチーには堀田さんたちが、流川には女子の応援があるから、自分にも何か欲しくなった? それか、女の子引き連れて応援しろとか。
何でそんなことを頼まれるのか分からなくて首を傾げる。リョータくんに握られた手が暖かくて、何となく振りほどきづらい。
「試合中、じゃなくて……その前に、今日の試合頑張って、って言って」
「……待って、本当に理由が分かんないんだけど、女の子と付き合えないから俺に女の子の代わりをしろってこと?」
「ちがっ……だから、さっき言っただろうが!」
「さっき、」
「好きなコに応援されたら、バスケも頑張れんの、俺は!」
ぎゅ、と握られた手は発熱でもしてるのかと思うほど熱い。リョータくんの顔は真っ赤で、ようやく最初から除外していた可能性に気付いた。
「待って」
「俺は水戸が好きだから、水戸に応援されたら頑張れるっつってんの!」
「ちょっと」
「もっと言うなら付き合えたら多分集中力も上がるし、メンタル安定するからフリースローの成功率も上がるから!」
「わかった、わかったから。ていうか、そこまで言っておいて付き合ってとは言わないの?」
「……だって、告白して断られたらショックで寝込むし、多分バスケにも影響出る。それはキャプテンとしてダメだろ。……だから、応援だけして」
「うーん……」
どうしてここまで積極的になれるのに決定的な一言は言えないのか。散々女の子に告白して連敗したのがトラウマになっているらしい。ちょっとだけ涙目になって、うるうるとした目で見上げてくるリョータくんは正直グッとくる。
どうしようと悩んでいると、ぼそりとリョータくんが何か言った。
「なに?」
「水戸が応援してくれなかったら、次の試合でシュート率下がるかも……」
「え、脅してんの?」
「湘北負けるかも」
「ちょっと! 脅迫だからなそれ!」
ツンとそっぽを向いたリョータくんは可愛くない。俺が無理矢理にでも頷くように必死に誘導してるのだろう。流されるように頷かされるのは面白くなかった。
とは言え花道はまだ試合に復帰していなくて、ミッチー以外の三年生は抜けて、リョータくんが一気に重圧を背負っているのは知っている。湘北負けるかも、なんて冗談のように言っているが、リョータくんがそれを恐れて無茶をしていることも。
リョータくんもそれを分かっていて、自分に喝を入れるために俺を呼び出したのだろう。今までのリョータくんなら、仮に俺を好きでもこんなことはしなかったような気がする。
なんで俺を好きになったのかは知らないけど。でも俺にフられて、気分を沈めて、それを必死に隠してプレイするリョータくんのことを考えたら、それは嫌だなぁと思った。
「リョータくん、立って」
「? うん」
そっと縋ってくる手を離して、俺も立ち上がる。ほとんど変わらない目線。断られることを想定しているのか、いつもは吊り上がっている眉毛が力なく下がっている。
ずっと持っていた缶コーヒーをブランコに置いて、そのままリョータくんに抱き着いた。
「え」
「どう、頑張れそう?」
「……が、んばれる……」
予想外のことだったのか、完全にフリーズしたリョータくんをぎゅっと抱きしめる。驚いて跳ねたままだった手はしばらくすると恐る恐る俺の腰に回った。
リョータくんの肩に乗っけていた頭を外し、至近距離で見つめ合う。せわしなく動く視線を止めたくて、そのままキスをした。
「んン!?」
「ン、はい、次の試合も頑張って」
「おい、ちょ、はぁ!?」
「次負けたら別れるから絶対勝てよ? 他の誰が不調でも言い訳は許さないから」
「おー、言われなくても……え、待って、別れる?」
「……試合負けるまでは、俺が恋人だから」
さっさと言い逃げしようと思ったのに、リョータくんの腕がガッチリと俺を捉えて離さない。段々この距離が恥ずかしくなって、離してと背中を叩いた。
「……水戸……」
「なに。付き合えたら試合頑張れるって言ったのはリョータくんでしょ」
「すき」
ぐず、と鼻をすするような音がする。寒いなかでまどろっこしく長話をするからだ。最初から、そう言えば良かったのに。
缶をゴミ箱に投げ入れて、呆然と立ち尽くすリョータくんの腕をとって歩き出す。
試合で負けるまで、なんて言ったけど、ずっと勝ち続けるなんてプロのチームでも難しいことだ。遅かれ早かれ、どこかで負けるタイミングは来る。
それでもきっと、俺は別れられないんだろうな、と自嘲した。
一回身内に引き込んだ相手には、とことん甘いんだ。不良ってやつはさ。