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    カプ無し全年齢。
    引退してからバスケと後輩が恋しい赤木VS後輩属性の無い水戸

     目の前を歩く男が誰なのか、判断するまでに一瞬の間があった。
     水戸洋平だ。
     バスケ部にとっても恩人と言える存在ではあるが、二人で話したことはない。それどころか、直接声を掛けたことすら無いかもしれない。大抵は桜木の隣りか桜木軍団の中にいて、同じ会話を共有することはあれど直接話しかけられた記憶も無かった。
     もう随分と遅い時間だ。自宅にいるとついバスケのことを考えてしまうからと、予備校の自習室に閉室ギリギリ粘っていたせいでとうに夕飯の時間も過ぎ去っていた。
     そんな時間帯に、この男は一人で何をフラフラと歩いているのか。不良相手にこんなことを思うのもおかしな話かもしれないが、それでもつい数か月前までは中学生だった相手だ。いつも桜木と並んでいるせいか小柄な印象があるし、何となくこんな夜道で見るには危なっかしい背中だった。
    「おい」
    「あ?」
    「……礼儀がなっとらんな」
    「えーっと、赤木サン。どーも」
     いきなり声を掛けた自分も悪いかもしれないが、喧嘩腰に振り返った水戸は少し目を丸くした後にへらりと笑った。こちらが試合をしている時はゴリダンクだの何だのと言ってくる割に、呼び方に迷っているらしい。今まで桜木と桜木軍団は似たような存在だと捉えていたから、こうして個人と向き合うと随分と桜木と違うなと感じた。
    「……なに?」
    「いや。こんな遅い時間まで何をしている」
    「遅い時間って。不良に言います?」
    「いいから答えろ」
    「バイトですよバイト。その辺の居酒屋で働かせて貰ってんの」
     顔は笑っているが、分厚い壁を感じる。一歩踏み出すと、慌てたように後ろに下がった。バスケ部の連中は競技性故か身体接触をものともしないので、こうして距離を取られるのは新鮮だ。いつも軍団で固まっているからコイツも同じかと思っていたが、他人に対しては警戒心が強いようだ。
    「飯は」
    「飯? あー、まぁ賄いをちょっと摘まんだんで大丈夫です」
    「……お前は、奢れだの何だの言わないんだな」
    「あぁ、花道にたかられた? ごめん、あいつ遠慮ってもんを知らないからさ」
    「確かに桜木にもたかられたが、宮城にも流川にも奢らされる。たまに部活を見に行くと差し入れ差し入れとうるさくてかなわん」
    「あはは、いいじゃん、カワイイ後輩たちで」
     メニューを離さず好き勝手に注文する桜木と、顔を出す度に何かないんすかとわらわら寄ってくる後輩の顔を思い返す。
     そうだ。口には出さないが、可愛くない訳じゃない。全員素直じゃないからそれしかオレに甘える方法を知らないだけで、結局はメシよりもただオレに構って欲しいのだろうと最近分かってきた。
     桜木はメシ目当ての意味も大きいだろうが、宮城なんかは奢れ奢れと言う割に部活終わりに飯屋に連れて行っても家帰ったら夕飯あるんで、とろくに食わなかったりする。あの流川ですら、半分以上寝ているくせに飯屋に付いてくるのだ。どあほうだけずりーだの何だのと言って。あれだけぶつかり合った後輩たちが不器用ながら懐いてくる様子は、今までに無かった庇護欲というか、世話を焼いてやろうという気持ちを芽生えさせるには十分だった。
     部活を引退したことで、お互いに見えていなかった部分が見えるようになったのだろう。木暮がずっと朗らかな顔で見てくることは苛立たしいが、少なくともオレの中で「後輩は可愛がるもの」という、今までに無かった定義が生まれていた。
     だから、目の前の後輩に腹が立った。
     世話の焼きがいが無いというか、上っ面の会話を続けたがる。こっちは散々バスケ部が世話になったんだ。三井のこともあるが、ろくに応援団がいない湘北で広島まで駆けつけてくれる軍団は貴重だし、普段の練習中でも誰かが見ているというのは気が引き締まるものだった。たとえそれが桜木への応援だとしても、チームメイトを鼓舞して調子を上げてくれる存在が大切でない訳がない。礼の一つでも言わせろと思うのに、今の男にそれを言ったところで好きでやってるだけだからとさらりと躱されそうだ。
    「お前は……可愛げがない!」
    「えぇ、急になに?」
    「少しは人に甘えたりせんか。まだ一年だろう」
    「いやいや、一年とか二年とか、オレには関係ないでしょ。部活に入っている訳でもないし」
    「ほとんどバスケ部みたいなものだろう。桜木もお前も他の軍団の奴らも、オレにとっちゃ後輩だ」
     そうだ。コイツはずっと他人事みたいな顔をしているのが腹立たしい。軍団の分まで多めに差し入れを買っていっても、桜木にあげてしまう。差し入れをやるから集まれと言ったところで、ほら花道行ってこいよと体育館の外から手を振って送り出すだけだ。これだけバスケ部に影響を与えておいて、ずっと部外者ヅラをしているのが気に食わない。もっと偉そうにしていれば図々しいぞと叱ってやることもできるのに、立場をわきまえすぎているせいで構おうにも構えないのだ。
    「それはさすがに。ただ見に行ってるだけだし」
    「うるさい。オレがそうだと言ったらそうだ。オレが嫌なら木暮でも三井でも宮城でも良い。少しは年上に甘えろ」
    「えー……」
     困ったように笑う水戸は、事実困っているのだろう。なんとなく、嫌われている訳ではないだろうという確信はあった。ただどうしたら良いのか分からないという顔をして、こっそりと伺うようにこちらを見上げてくる。
    「なんだ、甘え方が分からんのか。不良のコミュニティは上下関係も厳しそうだが」
    「そりゃね。でもオレらは不良になりたくてなったっつーか、ただ気合った奴らでつるんでたら花道が目立つもんだから先輩に目付けられて、それを返り討ちにするうちにいつの間にか桜木軍団とか呼ばれるようになっちゃっただけだから。先輩からの『可愛がり』は散々受けたけどね」
     水戸の言うそれは、きっと呼び出されて袋叩きにされることを指すのだろう。そう考えると、この目の前の男にとって先輩とは、とても甘えられるような存在では無いのかもしれない。
     くしゅ、と小さくくしゃみの音が聞こえて我に返る。寒空の下、うっかり長く話し込んでしまった。
    「すまん、引き留めたな」
    「いーえ」
    「明日も部活には来るのか」
    「バイトも無いし、行くと思うけど」
    「そうか。引き続き頼むぞ」
    「はーい」
     へらへらとした態度は最後まで崩せず、そそくさと去っていく背中を眺める。
    『可愛げのない後輩』だなんてオレの方が言われ慣れているはずだ。それでも中学の頃や、ミニバスの時は年の近い先輩が色々と世話を焼いてくれた。勝手な想像だが、水戸は幼い頃ですら親に甘えた経験も少なそうだ。そう考えるとどうにかしてあの男の余裕を崩してやりたいと、意味もなく闘志が湧いてくる。
     水戸は明日も来ると言っていた。ここ最近は模試の結果も安定しているし、久しくバスケ部にも行っていない。体力が落ちては大学に受かっても意味が無くなってしまう。このあたりで、一度身体を動かしておいても良いだろう。
     誰にするでもない言い訳を頭の中で並べたて、まだ開いているスーパーに入ると袋菓子とスポドリをまとめて購入した。
     
     
     
    「いいね、オレも行こうかな」
    「用事が無いなら来い。お前も久しく行っていないだろう」
    「最近模試続きだったもんなぁ」
     翌朝、登校すると大きなレジ袋とその中身に気付いた木暮が真っ先に話しかけてきた。お互いバスケの話をしていると勉学が疎かになるため、普段は積極的に部の話はしていない。ただ嬉しそうな顔をしているということは、木暮も宮城率いる新チームのことが気になっていたのだろう。
    「……そういえば、お前は桜木軍団と直接話したことあるか?」
    「あいつらと? うーん、言われたら無いかもな。赤木はあるのか?」
    「いや、オレも無かったが……昨日、たまたま予備校の帰りに水戸に会ったんだ」
    「へぇ! そうか、あいつバイトやってるって言ってたしな。喧嘩してなかったか?」
    「大人しいもんだったが。オレとの会話を早く切り上げたそうにしていた」
    「ハハ、可愛いところもあるな」
     可愛い、という言葉にぴくりと反応してしまう。水戸はあぁ言っていたが、やはり木暮も軍団のことを後輩だと認識しているんじゃないだろうか。
    「一人で会うと余所余所しくて腹が立った。桜木はあんなに遠慮が無いのにあの差は何なんだ」
    「そうなのか? でも確かに、先輩に懐く水戸ってのも想像がつかないか」
    「あいつらの中では、先輩というのは自分たちを呼び出してリンチする存在でしかないらしい。ウチのも相当甘え下手だとは思っていたが、あいつらはそれ以上だ」
    「赤木にそれを言われちゃおしまいだな」
     痛いところを突かれたが、それはそれ、これはこれだ。
     今日は何としても、あいつらにこの差し入れを食わす。謎の使命感を抱きつつ、放課後までの時間をじりじりと待った。
     
     
     
    「ゴリ!! この天才の働きぶりを見に来たのかね? まぁゴリが心配せずともエースであるこのオレがこの間の練習試合でも八面六臂の活躍をしてあっという間に点差を引き離したが」
    「ファール四つ取られて最後ベンチに下がってた」
    「おいキツネ余計なことを言うな! あれは審判の目がちょぉっとおかしかっただけで」
    「オレの方が点取ってた」
    「ねーこいつら纏めてんのオレ頑張ってると思うでしょダンナァ!」
    「うるさい! 一人ずつ話せ!」
     体育館の敷居を跨いだ途端、気付いた奴らがダッシュで近寄ってきた。進路を塞ぐように立った桜木と流川は相変わらず気が合わないようで、いがみ合う二人の背中に飛び乗った宮城がギャーギャーと騒いでくる。プレイにも問題ない程度まで完治したとは聞いているが、桜木の背中に飛び乗ってくる宮城にヒヤリとした。こいつは周りとの格差のせいか自分の体重がゼロだと思っている節がある。
    「何でオレの扱いは悪い癖に赤木には懐いてんだぁ?」
    「希少価値じゃないスか。三井サンいつまでもいるから」
     オレが来るまでに基礎練は終えていたようで、ぐったりとした三井がフラフラと近寄ってくる。そのままオレの身体にもたれかかって一息ついているので、コイツはコイツでオレのことを巨木か何かだと思っているなと呆れた。
    「モテモテだな、赤木」
    「嬉しくない……」
     木暮の元に集っているのは安田や桑田など真面目なメンツばかりで、何故オレの周りはこうも問題児ばかりが……と思ってしまう。それでもそれを悪くないと思ってしまうのだから、引退の区切りというのは凄い。
    「あ、ダンナそれ差し入れ?」
    「ほう、貢ぎ物かね。受け取ってやらんこともない」
    「ポカリ」
     目ざとくレジ袋に気付いた宮城が下から見上げてくる。コイツも夏前までは色々とひねくれていたはずが、山王戦を終えたあたりから妙に素直になっていて対応に困る。
    「あぁ。ついでにあいつらにもやってくれ」
    「洋平たちに?」
    「オッケー。花道、あいつらの分まで食うなよ」
    「ぬっ人の物まで食わん! ……たぶん」
    「水戸がやっちまうからいけねぇんだよな……」
     桜木は首を傾げているが、宮城は心得たという顔で部員用のポカリだけを先に取り出した。宮城も、二年として奴らに何か思うところがあったのかもしれない。
     ちらりと体育館の出口を見れば、以前と変わらず桜木軍団がこちらを見ていた。手招きをするとくるりと後ろを振り向く。誰か後ろにいると思ったらしい。
     仕方なく、いくつか菓子を袋に入れて奴らの元に向かった。
    「水戸。昨日ぶりだな」
    「……どうもぉ~……」
     四人してしゃがみ込み、団子のようにくっついている軍団を見下ろす。
    「お前ら、普段の威勢の良さはどうした」
    「寒いとどうしてもね」
    「昨日パチで大負けして」
    「オレはスロ」
    「腹減った」
     水戸以外の三人は隙があるというか、まだ可愛げがある気がする。パチンコもスロットも叱る余地があるし、金が無い、腹が減ったという理由は飯を奢ったりこうして差し入れを恵んでやる理由になる。
     それに対して、何だコイツは。寒いだと? 大して寒そうな顔もしていない癖に。
    「大楠と野間はギャンブルをやめろ。まったく……これはお前らの分の差し入れだ。ちゃんと分け合って食え」
    「ヨッ社長!」
    「待ってました!」
    「課長!」
    「係長!」
    「地位を下げるな! ……お前はこっちだ、水戸」
    「へ?」
     一斉にガサガサと袋を漁り出す三人に対し、水戸はのんびりとその様子を眺めているだけ。こういうところがムカつくのだ。
    「宮城! 替えの着替えとバッシュあるな」
    「ありますけど」
    「コイツに貸してやってくれ。寒いとうるさいから練習に混ぜる」
    「えぇ!? ちょっと待てよ冗談だろ!」
    「オレは冗談は言わん! とっとと準備しろ!」
     さすが怒鳴ったところで少しも怯まないが、明らかに顔はぶすくれている。こういう顔をしていると少しは年相応に見えるものだ。
    「あのさぁ、前キャプテンが威張りすぎじゃない? 宮城さんだって迷惑だよ」
    「問題ない。オレも受験勉強で身体が鈍っているからな。お前が相手をするのはオレと木暮だ」
    「無理無理無理! バスケなんてやったことねーし!」
    「立ってボールを取ろうとするだけで良い。それだけでも十分邪魔だ」
     まだ何か言いたそうな顔をしていたが、着替えを持ってきた宮城がパンパンと手を叩き練習を再開したせいでこれ以上はごねられないと覚悟したらしい。がっくりと項垂れると、完全に観戦の体勢に入った軍団の方を睨みながら着替えを終えた。宮城も面白そうな顔をしていたので大丈夫だろう。コートの半面だけを借りて、久しぶりのボールが跳ねる音に心を躍らせる。水戸は往生際悪く木暮にも何か訴えているようだが、木暮もオレと同じく早くバスケがしたかったようで、適当にあしらうとすぐにコートの中に入ってきた。
     木暮と二人で水戸を囲む。水戸は途方に暮れた顔をしていた。
     
     
     
    「随分としごかれたようだな、よーへー」
    「んな顔すんなよ……オレだって好きであの人らの相手してた訳じゃねぇって……もー無理、何が立ってるだけだよ、そりゃちょっとは体力ある方だと思うけど、あんたら運動部と比べたら天と地の差なんだって……オレは瞬発力があるだけで持続性はねぇの……!」
     じと、と桜木に睨まれた水戸が見たこともない顔で地面に這いつくばっている。いつになく口数が多いのは、言葉を整理する余裕すら無いからか。確かに、オレも木暮もつい受験のストレスを吐き出すように激しくプレイしてしまった気がする。
    「立てるか、水戸」
    「はぁっ、あー、無理……もっ、息できね……っ」
    「それだけ話せていれば大丈夫だ」
     ひょいと脇を掴んで持ち上げ、そのままドリンクの置かれたベンチ横に投げ捨てる。水戸はよろよろと手を伸ばすと、晴子から渡されたポカリを荒い息の合間を縫うように飲み始めた。
    「わはは、水戸もそんなヘロヘロになるんだな!」
    「試合後半の三井サンみてーっすね」
    「ここまでじゃねーって」
    「どうだか」
     向こうは向こうできちんと練習試合を行っていたようだ。半分がビブスを身に着けた部員たちが、面白そうに水戸をつついていく。水戸は指一本も動かせないようでじろりと相手を睨むだけだった。こうして反抗的な態度を取るだけでも、可愛げが生まれるものだ。のらりくらりと人を躱すより、よほど人の庇護欲を煽る。
    「花道、お前凄いね……」
    「ぬ? そうだろうそうだろう、さっきのダンクを見ていたかね」
    「いや、ずっと動いてんのが……」
    「ダンナ、木暮さん、もう身体あったまったっしょ? 次の試合入ってくれます?」
    「あぁ」
    「ビブスも懐かしいなぁ」
     新たにチームを編成し直す宮城が、ちらりと地面に融けたままの水戸を見下ろす。ヤンキーのように座り込み、にっこりと笑った。
    「水戸はどっちのチーム入る?」
    「ぜってぇやんねぇ!」
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