「一角って1人でするとき、何を想像してる?」
非番の日のうららかな昼下り、縁側に寝そべって安寧を享受していたところに突如として投げつけられた問いに俺の脳は理解を拒んだ。
この平和そのものである柔らかな陽射しと静けさの中で、あまりに相応しくない言葉が聞こえた気がするが何かの間違いだろう。否、間違いであってほしい。
身体を起こし言葉を発した相手に疑うような視線を向けると、声の主は涼しい顔で俺の答えを待っていた。
「……今なんつった?」
「だから、自慰するとき何をオカズにしてるかって話」
最初の問いかけよりもさらに直接的な表現に、やはり聞き間違いではなかったのだと思わず顔を覆った。
隣に座るこの男は潔癖そうな見た目とは裏腹に、時に驚くような猥雑な言葉を口にする。
長い付き合いで多少慣れてはいるが、それにしても今時分話題にすることではないだろう。
「何なんだよいきなり」
「さっきうちの連中がそういう話してたのが聞こえてさ、そういえば一角の聞いたことないなって思って」
半ば非難するようにため息混じりに理由を問えば、こともなげに返される。
おそらく答えを聞くまで追及を諦めることはないだろう。
これも長い付き合いの中で身に沁みて理解している。
だがせめてもの抵抗で、条件はフェアにしたい。
「そういうお前はどうなんだよ。そもそもお前1人ですることあんのか?」
意趣返しにたじろぐこともなく、相変わらず澄ました顔でさらりと答える。
「あるよ。生理現象でただ処理するだけの時とか、君に相手してもらうほどのこともないしね」
「何だよ、言えば付き合ってやるのによ」
「一角に頼むと求めてる以上にサービスしてくれるからさ…」
ありがた迷惑とでも言いたげな物言いを不満に思ったが、一旦飲み込むことにした。
それに弓親の答えには生物学的に同じ身体を持つ者同士、心当たりもある。
相手を伴う行為がしたい時もあれば、ただ単に生理的反応を鎮めるだけの場合もある。
後者の場合は確かに1人で手早く済ましてしまった方が簡便だ。
そしてその際、欲を吐き出すために脳内で協力を仰ぐ相手といえばーー
「お前しかいねぇだろ」
「え?」
「もう長いことお前としかしてねぇし、他に思い浮かばねぇよ」
長い付き合いでもはや意識することもないが一応情を交わした仲でもあるのだから、不実なことはしたくない。
過去抱いた女の感触などとうに忘れてしまったし、現状抱きたいと思うような相手もいない。
結果として1番鮮明に、如実に、熱や息遣いや手触りを思い出せる相手ーー右隣に座るこの男になるのだ。
弓親はしばらくじっと俺の顔を見つめたあと、嫣然と微笑んだ。
「一角って本当に僕のことが好きだね」
「で、お前はどうなんだよ」
「もちろん僕も君を想いながらしてるよ。ただちょっと困ることもあってさ」
伸ばされた白く細い指が己の太腿に添えられる。
意図を感じ、少し身体を強張らせると艶っぽい声が鼓膜を揺らした。
「後ろが疼いちゃうんだよね」
耳元で囁かれた言葉はやはりこのゆうるりと流れる時間にはあまりに相応しくなかったが、卑俗な話題で先程から燻っていた情慾を奮い立たせるには十分だった。
この欲は1人で処理できる類のものではない。
熱を孕んだ目で隣を見れば、同じように劣情の火を灯した瞳とかち合う。
「…最初っからそのつもりだったろ?」
「さぁどうだろうね?」
白々しく嘯く形の良い唇を噛み付くように塞ぎ、過剰と言われようと気が済むまで貪ろうと決めた。