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    H_gurabbb

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    H_gurabbb

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    吸血鬼ルシフェルと人狼サンダルフォンパロ01


    茶色く、柔らかな毛並みを上質な手袋が撫でる。
    ――暖かい……。
     この暖かさの正体はその身にかけられた毛布でも、赤々とした光を放つ暖炉でもない事をそれは理解していた。ゆっくりと瞼を押し上げると、触れていた手がそっと離れて大きな影で包み込んでくる。
    「起こしてしまったようだ」
     少し身体を屈めて顔を覗き込みながら優しい声を降り注いでくれる。
    ――その声が好き。
    ――その綺麗な瞳が好き。
    「私の手は冷たい、寒くはないだろうか」
     この身を毛布で余す事なく包み込もうとするその手に、拒否の意を示す鼻を押し当てる。その行動に驚いたように手袋を付けた主の動きが少し止まる。そして少し笑い声を零したその手はまた茶色い毛並みを優しく撫ではじめた。
    ――貴方は自分の手が冷たいと言うけれど、その手からは沢山の気持ちが伝わってくる。暖炉の火よりも、柔らかな毛布よりも、何よりも俺を温めてくれる……。

     それが小さな獣にとって、何よりも幸せで大切なひと時だった。


    +++

    ――その森には魔女が住む。
     森の近くにある街で暮らす人々の間では、古くから言い伝えられている話だった。幼い子供が森へ入る事を禁じる為の嘘だと、初めて聞く者は誰もがそう思った。しかしある事件をきっかけにそれは迷信では片付けられないものとなる。
     外から見ると深く木々がひしめき先が見えない程に広大な森に見えたが、しかしその中に足を踏み入れる者は誰もが口を揃えてこう言った。
    ――入るとすぐに森の反対側へと抜け出てしまう。
     そうして旅人が、王都の騎士が、有名な神官が、あらゆる者がその森へ足を踏み入れ、数分も待たずして戻ってくるを幾年も繰り返していた。
     そんなある日、森へ入ってしまった子供が数日帰ってこない事件が起こった。探しに森へ足も踏み入れる大人達も、例の如く追い出されるように森から出てきてしまう。なす術はなく人々は無事を祈る事しかできなかった。
     行方不明になっていた子供が突然帰ってきた。子供は森の中にいた数日間の事を全く覚えておらず、医者が診ても記憶が失われてる以外におかしな箇所はなく、至って健康そのものだという。
     事の顛末としては何事もなく終わったようにみえるが、残った違和感と恐怖は街の人々の記憶に深く刻み込まれた。そして、森に魔女が住むという話を真実だと人々にすり込ませるにはあまりにも十分すぎる時間となった。


    +++


    「相変わらずつまらない部屋だ。 たまには俺の来訪に合わせてサプライズで出迎えてみてほしいもんだね」
     部屋が凍てつくように冷える中、暖炉には火が灯ることもはなく埃を被り蜘蛛の巣が穴を塞いでしまっている。静かにソファに腰をかけ、銀糸で縁取った瞼を伏せる男は、暗闇からの来訪者に目を向ける事なくただ虚空を眺めていた。
    「ほら、グルメなルシフェル様にお届け物だよ」
     黒衣に身を包んだ男は持っていた紙袋からパンやワインなどと一緒に液体の入った小袋を出す。
    「これでもファーさんに許可もらって厳選した動物から絞ってるんだ。 手間だけは何よりもかかってるんだから、適当にして傷んだらそこら辺に捨てるの分かっちまうとさあ、俺だって流石に萎えちまうから勘弁してくれよ」
     男が窓の外を指差す。窓は一切の光を遮断しているがその外では他よりも黒く変色した地面に虫が集っていた。
    「人間の食べ物はロクな栄養にならないから、俺が愛情込めて用意したこれだけでも飲んでくれよ。 そうじゃなきゃ俺がファーさんにどやされる」
    「……」
     ルシフェルと呼ばれた男は静寂を貫き、その瞳は澄んだ青というよりは色を失っているようにもみえた。顔色も表情からも生気が感じられず、それはまさに氷像のような美しくあり、そして儚くみえた。
    「俺はファーさん専用の血液供給ツールだが、でもまあアンタがそう望むのなら俺の血を飲んでもらっても……」
    「ベリアル。 何故、栄養を摂取せねばならない……」
     ルシフェルからの言葉に、またかといった様子でベリアルと呼ばれた男は溜息を吐いた。ある日を境にルシフェルはこの言葉を問いかけるようになり、それからずっとその問いに解を見出すせないままでいた。
    「生きる為だ」
    「何故、命を全うせねばならない」
    「ファーさんがそう命ずるからだ」
    「何故、私を……」
     その問いはベリアルに投げかけたところで結果が見えている事をルシフェルも理解していた。だからそれ以上は口を開く事はなく、また俯き虚空を見つめ始めた。その様子に今日の会話の終わりを見出したベリアルはゆっくりと踵を返した。
    「じゃあ、また来るよ」
     そして部屋は再び凍て付く空気に包まれる。


    ――夢を見た
     何かを愛しみ、焦がれ、そして自分の身の上を顧みずに祈りを捧げた。
     その感情の行先は霞がかって見る事が叶わない。しかしそれはとても小さく、頼りなく、自分が守らなければとそう強く感じる程に弱々しいと、そう心に刻まれていた。
     日の光を受ける事がままならないこの身に温かさを運び、命の尊さを教え、優しさを与えたその大事な存在。自分とはまるで対極で、自分から欠落しているからこそ夢にまで見てしまうのか考えたところで、全てが闇に包まれルシフェルは目を覚ました。

     外からも中からも光を一切遮断した部屋は眠りにつく前よりも暗さが増しており、室温がベリアルの訪問より一層寒さを増していた事から、それが深い夜の訪れを知らせていたのは明白だった。腰掛けていたソファから立ち上がり、光も音もない世界をゆっくりと歩む。部屋も建物全体からもルシフェル以外の気配はなく、冷たさだけが屋敷全体を包んでいた。
     大きな扉をゆっくりと開け、外気を取り込む。冷たい空気が肺を刺すがルシフェルは動じる事もなく、屋敷の外に広がる森へと歩を進める。広い森には人が入る事を拒むように強い結界が張られており、自由に出入りできるのは動物や魔の血が流れる者のみ。しかしそれでも人が入る事もあり、子供が森へと足を踏み入れ魔物に襲われそうになっていたのを助けた事があった。その為の見回りという事は決してなく、ルシフェルは以前から定期的に森へと赴いていた。それはまるで何かを求め彷徨うかのように。
     見廻をさせていた眷属である蝙蝠が一羽ルシフェルの元へと戻り、小さな鳴き声で語りかける。
     「そうか、案内してくれ」
     蝙蝠に導かれるままに深い森の中にある川に到着する。水の音と冷たい空気が辺りに流れる中、蝙蝠が見つけたそれは岸辺に横たわっていた。ボロボロの布を纏い薄汚れて一切動く事のないそれは、殆どの者が一見してそれをゴミだと判断してしまうだろう。しかし近づいて確認するとそれには腕があり、脚があり、身体があり、人としてのパーツが揃っていたが、ある一点を見つけた事でルシフェルはそれが何であるか把握する。
    「人狼の子供か」
     ぼさぼさとした茶色い頭からは大きな耳が生えており、川の水に濡れて力なく下がった尾も見える。その特徴からこの子供は人狼の種族である事は明白だった。
    「酷いな…」
     身なりの悪さもあったが子供の身体は痩せていて、色の濃いものから日にちが経ち薄くなった物まで数多くの打撲痕がみられ、これまでに酷い仕打ちを受けていた事が示されていた。子供が横たわるこの川も、上流は流れが強く滝のある場所もある。自ら身を投げたか、投げ入れられたか何にせよそこを流れてきた可能性が高かった。
    「息は……あるのか」
     冬の訪れが強まるこの時期に、どれほどの時間かは分からないがぼろぼろの布切れ一枚で冷たい水に浸かっていた身体は震える力すらなかったが、今にも消えそうなほどに小さく呼吸を繰り返していた。ルシフェルは自身のものを含めて生き物の命に興味がなく、博愛主義でも偽善者なわけもない為、目の前で消えそうなこの命にも無感情であった。その筈だった。しかし今のルシフェルの心臓は内側から何かを知らせるかの様にうるさいほど大きく鼓動していた。この子供を助けなければならないと錯覚するほどに。
    「……」
     ルシフェル自身も初めての感覚で、自分に起こっている事態に内心驚くも、心臓の音は一向に鎮まる気配はなかった。大きく脈打つ血液が示すままに手を差し伸べ、消え入りそうな命に触れる。自らの手ですら冷たいと感じるほどに冷え切ったその身体からは死の予感を感じる。その灯火を消してはならないと、そう知らせるようにまた一層大きな鼓動が胸を打つ。何度も、何度もドアを叩くかのように。
     そして小さな命を抱えて、ルシフェルは屋敷へと戻った。


     ゆっくりと目蓋を開ける。視界に映るのは温かな光を放つ大きな暖炉に豪華な装飾を施された壁や家具。自らの手をつくとそこには柔らかな絨毯が敷かれていて、指が沈み込んでいく。
    「天国……?」
     自分の身体にも柔らかな毛布が巻かれていて、何もかも暖かさに包まれている感覚にここが天国ではないかと錯覚する。
    「目を覚ましたか」
     不意に後ろから声をかけられ、振り向くとそこには銀色の毛並みが美しい獣が青い瞳で見つめていた。子供の毛布に包まれた身体を囲うように丸くなり、その獣は床に伏せていた。
    「俺……川に……」
     冷たい水に押し流され、身体の自由も思考も鈍っていく中、このまま死ぬんだろうと意識を手放した事を思い出す。温かなものに囲まれ、川に落ちる前よりも生き物らしい体温を取り戻した事からも助けられた事実ははっきりとしていた。
    「た、助けて……くれたの、です……か?」
    「偶然見つけたまでだ」
     白い獣は身体を子供に向き合わせるように座り直り、冷ややかな青い瞳が子供を捉える。突き放すような言葉だが不思議と恐怖を感じず、寧ろ何処となく心が和らぐ気持ちになり緊張が解け身体から力が抜けてしまう。
    「眠っていて栄養を摂取していない。 動かない方がいいだろう」
     すかさず自らの身体をねじ込み床に倒れ込みそうになる子供を背にもたれかけさせる。美しい毛並みに指を通し、抱きしめるような形でその狼の暖かさを感じる。
    「あり……がとう、ございます……」
     小さくそう呟き、子供はまたゆっくりと意識を手放した。力がなくなり少しだけ重みの増した身体をゆっくりと絨毯の上に横たえ、毛布をかけなおす。小さな寝息をたてている事を確認してから狼は静かにその部屋を後にした。

     子供が次に目を覚ますとそこは大きなベッドの上だった。暖炉とはまた違った暖かさと、何よりも柔らかで手触りの良い布に包まれて心地がいい。どうやら眠っている間に暖炉の前から移動させられたようだった。部屋は小さなランプしか明かりがついておらず、夜なのか暗闇に包まれており、ベッドから少しでも身体を出せばすぐに熱を奪われる感覚が身を震わせる。夢か現実か少し曖昧だったが、白銀の狼に助けられた事を思い出しその姿を探す為に周りへと目を凝らす。暗闇には自分で触るにはあまりにも美しい装飾の施された家具が並んでいるのが見えるが、人や生き物のいる様子はなかった。仕方なくそのまま再び暖かさの残るベッドに潜り込もうと身を捩らせる。
    「具合は?」
     寝起きであるとはいえ、匂いも気配を感じなかった方向から突然声をかけられた事実は子供の目を覚まさせるにはあまりに十分な衝撃だった。声のする方向を見ればそこにはベッドに向かう形で置かれたチェアに、白とも銀ともとれる髪、身なりも容姿も美しく整った男性が座っていた。ランプの火に照らされ闇の中に浮かびあがるその姿には、神秘性すら感じるほどで思わず呼吸の感覚が失われる。
    「まだ夢現か」
     ぼんやりする少年に少し近づこうと、男がチェアから腰をあげたところでふと我に返る。
    「だ、誰っ……です、か……」
     大きな耳は後ろ向きに伏せられ、少し身を縮こませベッドの隅へと後ずさる。その血のように赤い瞳にも怯えが滲んでいるのが見えて、男は色の失った瞳を少し開き驚く。
    「先刻会話をした筈だが……ああ、そうかあの時は……」
     男がその身を包むマントを靡かせるとその身はみるみる闇へと溶け込み、別の形へと変容していく。その姿は先ほどの男よりも小さく子供と同じくらいの高さで、四つ足の眠りに落ちる前まで言葉を交わしていた白銀の狼へと姿を変えていった。
    「さ、さっきの……狼……」
     伏せられていた大きな耳はゆっくりと立ち上がり、仲間の可能性を感じとってなのか警戒心が緩んでいく。
    「人狼……なんですか……?」
    「違う」
     問いに応えるかのようにその白銀の姿はまたもみるみる闇へ溶け、元の男の姿へと変わる。
    「私は吸血鬼だ」
    「きゅっ……」
     その言葉に大きな瞳は大きく開かれ、先ほどまで立ち上がっていた耳もまたぺったりと頭にひっついてしまう。先程まで合っていた目線も空を追うばかりで怯え、不安の感情を漏らしながら子供はどんどん身を縮こませていく。明らかな怯えだ。
    「俺……た、食べられ……る、ん……でしょうか……?」
    「食べる……? ああ、私は血は好まない。 そもそも食に興味はない」
     不安を解消する為の回答のはずだったが、言葉だけでは信じることができないのか、子供にまとわりつく曇りは一向に晴れる事はなく妙な沈黙がながれる。
    「名は?」
    「サッ……サン、ダル……フォン……です……」
     一瞬肩を跳ねさせ小さく結ばれた唇から恐る恐るその名が溢れると、ルシフェルの中に痛むような、寒いような、苦しいような、言葉で言い表せない違和感が生まれる。サンダルフォンと名乗る人狼の少年と会ってからは自分が自分でないような感覚が多く、ルシフェルは自身の状態の異常を疑うほどだった。
     ふと我に帰り当初の目的を思い出したように急に立ち上がった事でサンダルフォンの薄い肩がまた跳ね上がる。
    「少し時間が経った。 私は温度感覚が鈍いので具合がわからないのだが、冷めているようなら言ってほしい」
     ランプの光が届かない暗闇へと溶け込み、戻ってきたルシフェルがその手に持っていたのはうっすらと白い湯気が揺れる二つの皿。一つはベッドの脇に置かれたナイトテーブルに、もう一つはベッドの隅へと逃げ込むサンダルフォンの前へと差し出す。
    「こ、これは……?」
     サンダルフォンが恐る恐るお皿を覗き込むと、少し深さのある底には不透明で白色の液体が揺らめいていた。
    「ミルクだ。 食料の備蓄が殆どないのでこのくらいのものしか用意が叶わなかったのだが……嫌いか?」
    「あ、いえその……ちが……」
     テーブルに置かれた皿を見ると、控えめな湯気とほんのりと香ばしい香りが立つパンが一つ。そのミルクとパンの間でサンダルフォンは視線が泳がせて戸惑いを強めていた。
    「た、食べて……いいんですか……?」
    「……質問の意図がわからない。 君の為に用意したものだ。 不要なら廃棄する」
    「たっ、食べます! 頂きます!!!」
     ルシフェルの手から器を受け取り、改めて優しげな香りを漂わせるミルクを目の前にしてごくりと喉を鳴らすサンダルフォン。そっと息を吹きかけ湯気を払い、器の縁にゆっくりと口を近づけゆっくりと喉へ流し込む。
    「あま……い……」
     人肌程の温かさとほんのりと甘さがのったミルクが身体中へと染み渡っていく。眠っていた時間を省いたとしても、満足に食事を摂った記憶のないその身体がゆっくりと食欲へ覚醒していく。
    「花の蜜を少し加えておいた。 少しでも栄養を摂取した方がいいだろう」
     空腹を自覚したサンダルフォンの薄い腹部から、ルシフェルの言葉に返事をするかのように小さな音が鳴った。行儀の悪さや気恥ずかしさで居た堪れなくなり、頬を薄っすらと赤くしながら縮こまるサンダルフォンを見て、ルシフェルの心は緊張が解れるかのように柔く緩んだ。
    「パンは少し固くなっている。 消化するのに負荷がかかる可能性があるので、ミルクに浸してから食した方がいいだろう」
     サンダルフォンは言われた通りにパンを少し千切り、浸してから滴るミルクをこぼさないように配慮しながら口へと運んだ。染み込んだミルクと一緒にパンの香ばしい風味が口に広がる。過去にパンを食べた事もあったがそれはこれ程状態の良いものではなく、味も香りも全てが比べものにならず、サンダルフォンにとっては初めての経験だった。
    「っふ……んぐ……」
    「……何故、涙を流す」
     大きな赤い瞳から大粒の涙を溢れさせながらサンダルフォンは小さく首を振る。自身でも涙の理由が理解できないのか、思い当たる事が多すぎるのか、その涙は頬を伝い続けて柔らかな布団に次々と吸い込まれていく。涙の理由を理解できないルシフェルは、それをただただ見つめるのみだったが、不思議とその心臓はじくじくと痛んだ。
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