マーマレード「………」
「なんだ、それが気になるのか」
隼人は資料を読む手を止め、机の上の瓶をつつく竜馬に話しかけた。
竜馬は数週間前、突如空から落ちてきたゲッターの中で生体コアにされていた。発見された当初、竜馬は配線に繋がれていたが、隼人が慌ててその配線を切り救出した。
髪は白く、目は赤く染まっている。あの頃のような熱く猛々しい感じは一切なく、突然電池が切れたように倒れてしまったり、他の人間のことを忘れていたり、言葉遣いも幼いものになっていた。
様々なことを忘れてしまったようで、今もありふれたその瓶を、不思議そうにつついている。
「そいつはマーマレードだ。さっきすれ違ったやつにもらった」
マーマレード、というかジャムは保存がきく。いざというときのために作られていたらしいこれを「司令もおひとつどうぞ」と手渡されたのだが、こんなものを普段は口にしないので、後で渓にでも渡すか、と考えていたところであった。
「……くいもん?」
「そうだな」
竜馬は瓶を手にとって、中身を覗く。やがてすんすんと匂いを嗅ぎ、蓋を開けようとした。
パワーはさほど衰えていないようで、すんなり開いた。
「いいにおい」
そうふにゃりと笑う竜馬は、あの頃とは本当に違う。その内ポケットからプラスチックスプーンを取り出した。
なんとなく予想はしていたが、マーマレードをすくって、そのまま口に運ぼうとした。
「待て、竜馬。それはそうやって食べるもんじゃない」
隼人に咎められ、不思議そうに首をかしげる。
「少し待ってろ。……マーマレード食べるなよ」
そう念を押して、隼人は足早に部屋を出た。
「ほら」
隼人が取ってきたのは、パンだった。皿の上に並べたパンに、隼人はマーマレードを乗せる。
「食っていいぞ」
そう言って、竜馬にひとつ渡す。竜馬はまじまじと観察した後、大きな口でぱくっ、と食べた。
「……あまい」
相当気に入ったようだ。一つ目をあっという間に食べきり、二つ目に手を伸ばした。
もぐもぐとパンを食べる竜馬の頭を撫でる。あの頃なら凄まじく反抗されていただろうが、今は素直に隼人の手を受け入れていた。
最後の一つを食べ終わったとき、竜馬はうとうととし始めた。
ゲッターから切り離されたことで、エネルギー供給のバランスが崩れたらしい。今の竜馬は生命維持に摂取したエネルギーのほとんどを使うため、1日の大半は眠ってしまう。
「はやと、ねむい……」
「そうか、部屋まで一人で行けそうか?」
「んー」
「分かった。俺も行こう」
隼人が立ち上がると、竜馬に腕をガシッと掴まれる。手持ち無沙汰になった片方の手には、マーマレードの瓶が握られている。
「気に入ったか?」
「う」
「そうか」
隼人は部屋を再び出る。もう起きているか怪しい竜馬を支えて、廊下を歩くのだった。