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    ku_machan0827

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    ku_machan0827

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    *捏造あり
    *夢主名■■表記
    *DLC前
    *似非方言
    *年上夢主
    *not恋愛(今のところ)
    pkmn知識微妙です
    何でも許せる方のみどうぞ

    都落ち女がキタカミで余生みたいな生活をする話 移住編(≠主人公) 思いあがった私が挫折するのは必然だったんだろう。旅ばかりで増えることのなかった少しばかりの荷物を抱えて私はキタカミ地方の端、スイリョクタウンの古びた家の前に立っていた。
     祖母が亡くなってから誰も住むこともなくなったその家は建付けが悪く、日に焼けた木製の玄関扉が軋んで夜に進化したルガンガンの鳴き声みたいな音を立てる。ほこりが舞い、どこから侵入したのだろう同じように家主がいなくなった蜘蛛型のむしポケモンの巣が私を出迎えた。

    「これは中々……」

     新たな我が家のあまりの惨状に、思わず独り言ちる。
     倒壊や雨漏りはしていないとの話だったが、床に積もったほこりにはくっきりと四本脚の足跡が残っているし、亡き祖母の家財道具どころか我が家の不用品であろう荷物まで置いてある。これを片付けるのは骨だろう。
     大きく息を吐く。何本もバスを乗り継ぎ、このまま床に寝転んでしまいたい程度には疲れていたがこのままでは今夜の寝床すら危うい。
     タスクは山積みだったが、ひとまず優先順位の高いものから済ませてしまおう。私はテーブルシティで買ったありきたりな銘菓を片手に、家の裏手にある、とある民家へと向かった。

     我が家の敷地は田舎らしく無駄に広い。しかし道路は周囲の家をぐるりと回りこむ形になっており、スイリョクタウンのメインストリート――といっても、公民館や小さな商店くらいしかないが――からは裏のお宅の敷地を通った方がずっと近い。祖母も足が悪くなってからは頻繁にこの通り道を利用していたらしく、お隣さんとも深い交流があったらしい。
     無作法であったが時間も有限であるため、放置されていた庭の草木をかき分けて侵入する。祖母が通っていたと聞いていたけもの道は既に影も形もなく、隣家と我が家を隔てていた塀の扉は蝶番から外れて腐り落ちていた。

    「あっ」

     安物の服に張り付いた引っ付き虫を払っていると、思わず漏れてしまったような声が聞こえた。しゃがんだままの姿勢顔を上げると、小さな影がさっと柱の後ろに隠れた。

    「こんにちは、ここの家の子?」
    「……こ、こんにちは。何か、用事?」
    「裏の家に引っ越してきたからお家の人に挨拶したくて。誰かいるかな?」
    「……呼んでくるっ」

     そう言って柱の影から飛び出したのは10歳くらいの小柄な男の子だった。黄色いヘアバンドをつけたその子は、飛び跳ねるように駆け出す。「ばーちゃん、お客さんっ」変声期前の高い声はむしポケモンの声しかしない静かな田舎ではよく通り、程なくして引戸の開く音と共に老年の女性が現れた。

    「こんにちは、裏の家に越してきた■■です」
    「あら、もしかしてお孫さん?」
    「はい、生前は祖母がお世話になりました」

     つまらないものですが、と渡したテーブルシティ銘菓は殊の外喜んでくれた。ついでに遠回りで大変だから、と敷地の通り抜け許可もいただいてしまった。

    「大きな荷物が多いので、片付けに少々うるさくなってしまうかもしれませんが……」
    「そんなのお互い様だから大丈夫よ! そうだ、うちの孫たちを紹介するわね」

     家の中から様子を伺っていた少年を押しのけながら出てきたのは、彼とおそろいのヘアバンドをつけた女の子だ。ブルーベリー学園の制服を身にまとった彼女は気性の激しさを隠さない表情で私を見上げた。

    「あたしはゼイユ」
    「スグリ、です……」
    「あんた、パルデアから来たポケモントレーナーなんだって? あたしと勝負しなさいよ」
    「トレーナーと名乗れる程のものでもないけど……ごめんね、今日はちょっと掃除をしなくちゃいけないから」
    「はぁ?! 掃除ぃ? そんなのいつでもできるでしょ!」
    「ねーちゃん、無理言うの、ダメ……」

     憤るゼイユと私をスグリがおろおろと、しかし懸命に仲裁しようとする。しかし彼もトレーナーとしての私に興味があるようで、視線は腰元のモンスターボールから離れない。私は小さなため息を飲み込んで、腰元のモンスターボールから1匹のポケモンを出した。

    「わやっ! は、はじめてみる……」
    「この辺にはいないやつね」
    「カラミンゴって言うんだよ」

     ピンク色の大きな鳥型ポケモンは相変わらず何を考えているかわからない顔で首を下げている。自分を取り囲むお子様2人にも意を介した様子がないのは、特性きもったまのおかげだろうか。
     カラミンゴは私の最も長い相棒で、唯一残ったパーティーメンバーだった。

    「今はこの子しか手持ちがいないし、ポケモンバトルしても面白くないと思うよ」
    「ジム戦やってたんでしょ? なんで1匹しか手持ちがいないのよ」
    「ほかの子はお別れしてきたから……それに、トレーナーって言っても別に大したレベルじゃなかったからね」

     ジムバッジも3つしか集められなかったし。
     笑顔ににじんだ苦さを感じ取ったのか、先ほどまでの強引といってもいい剣幕とは打って変わってゼイユは「……じゃあ、今日は勘弁してあげる」とモンスターボールを仕舞った。

    「でも! 掃除が終わったらやるから、勝負。だからさっさと終わらせるよ」
    「あーうん、早く終わらせるように頑張るね」
    「だからぁ……手伝ってあげるって言ってんのっ! スグ、あんたもだからね!」
    「え! おれ……」
    「あんたも勝負したいでしょうが!」
    「……うん!」

     けっぱる!と張り切ってくれた2人には申し訳ないが、その日には掃除が終わらなかった。私たちだけでは大きなものは動かせられないし、床どころか天井や壁から拭き上げないといけない。それにまだ電気が通ってないので夜遅くまで作業もできなかった。
     明日はドテッコツ持ちのおじさんを呼んでくるらしい。この町で知人のいない私にとって2人はとてもありがたい助っ人だ。2人のおかげで、廊下とトイレとキッチンくらいは人間が住める程度には片付いた。浴室は専門の業者を入れないと難しいだろう。

    「そういえば、この町って銭湯あった?」
    「……ないからうちで入ればいい」
    「え! さすがにそこまでお世話になるわけには……」
    「じゃあどうすんのよ、そんなヤブクロンみたいにほこりまみれなのに」
    「井戸水はあるし」
    「えぇ……風邪さひくべ」
    「そもそも、電気もない、部屋も布団もないのにどうするつもりだったのよ」
    「スマホロトムあるし、廊下で寝袋で、こう……」

     いい感じに、と続けるとゼイユもスグリも信じられないものを見るように目を細めた。

    「……■■ねーちゃん、うち部屋さ余っとるから」
    「そうね、泊まっていきなさい」
    「え、でも」
    「いいから! 先いくよ」

     そう言ってゼイユは私の荷物を持って彼女の家へと続く藪の中へと行ってしまった。残されたスグリは「ねーちゃん、強引だども■■ねーちゃんのこと心配してっから」とへにょりと笑う。

    「それに、おれも女の人がこんな鍵さかからねえとこで寝るのはダメだと思うべ……」
    「そっか、ありがとうスグリくん。ふたりとも、優しいね」
    「そ、そんな……」
    「じゃあ、今日はスグリくんのお家にお世話になっちゃおうかな」
    「うん! んだば、行こ!」

    コロコロと表情の変わるスグリに手を引かれ、今日1日で少しだけ踏み倒された草の道をたどった。

     ゼイユとスグリの家でお風呂に夕飯までいただいてしまった私は、縁側に座って暮れていく空をのんびりと眺めていた。風呂場に乱入してきたゼイユも、熱を冷まそうと私の隣でうちわを大きく仰いでいる。
     しばらくすると、髪を濡らしたままのスグリがTシャツの裾をパタパタさせながらゼイユの隣に座った。

    「スグ、髪濡れてる」
    「……ドライヤーさ暑いからいやだ」
    「あんたねぇ……ハゲるよ」

    肩にかけたタオルで姉に頭をぐちゃぐちゃにされているスグリを眺めながら笑っていると、和やかな空気を感じたのか口の開いたサコッシュからコロコロとボールがひとつ転がってきた。そして鳴き声を上げながら、カラミンゴが勝手に飛び出す。

    「こら。勝手に出ない」

     私の言葉を無視してカラミンゴはじゃれあう姉弟に近づき、大きな翼で風を送った。一緒にスグリの髪を乾かしているつもりらしいが、風量が大きすぎてスグリの後ろに立つゼイユのきれいに櫛を通した髪までぼさぼさだ。

    「もー! カラミンゴ、風強すぎ!」
    「うぅ……」
    「ごめんねふたりとも、こんなににぎやかなのは久しぶりだからこの子も楽しいみたい」

     ぐねぐねと首を振り回す手持ちに苦笑しながら、目の細い櫛を取り出し2人の髪をとかす。

    「こうやって人にやらせるのも悪くないわ」
    「……こちょがしい」

     ゼイユは満足げに微笑み、スグリは耳まで真っ赤に染めてうつむいた。
     次は自分だ、と言いたげに頭をこすりつけてくるカラミンゴをポケモン用のブラシでなでていると、2人も同じようにモンスターボールからチャデスとオタチを出した。
     てっきり毛づくろいでもするのかと思っていたらゼイユがにやりと笑い、「寝るにはまだ早い時間だし、やるよ」とカラミンゴへと向き直る。隣のスグリもうかがうようにしていたが、瞳は期待にきらめいている。

    「1匹だけだからね」

     随分と久しぶりに感じるポケモンバトルに、何故か私は腹の底に熱を感じた気がした。

     1対1のバトルが終わるのに時間は然程はかからなかった。
     ゼイユはブルーベリー学園に通っていると言っていたので、タイプ相性はさすがに完璧なのか私のカラミンゴに対してかくとう無効のチャデスを当ててきた。さすがに練度が違うので負けるということはなかったが、私の手持ちの構成上有効なのはひこうタイプの技のみだったので戦略に幅が持たせられなかった。
     スグリはまだ手持ちがオタチしかいないのか、タイプ相性が悪かったため善戦はできず負けてしまったオタチを抱え込みながら肩を落としている。かわいそうだとは思いながらも、年下だからといってバトルに手は抜けなかった。

    「なんでタイプ相性ついたのにそっちが勝つのよー!」
    「わやじゃっ……強いっ」
    「ありがとう、いい勝負だったよ」

     私のトレーナーとしての腕はそんなにでもないのだが、負けて悔しそうなゼイユと尊敬のまなざしで見つめてくるスグリにはそんな弱気なことは言えなかった。
     彼女たち――特にスグリーーからすれば私は遠くから来た、すごいポケモントレーナーの、年上のお姉さんなのだ。今回は何とかその期待に応えられたが、2人はこれからいろんなことをぐんぐん吸収して伸びていく時期だ。手持ちを増やす気はないし、次も勝ってかっこつけられるかすらわからない。
     それでも、ゼイユとは手持ちの育成論を話したかったし、スグリにはタイプ相性や技構成を詳細に教えてあげたかった。もっと強くなりたい。もう私が既に失ってしまっていた願望をきらきらとした瞳で掲げる2人を、応援したいと思ってしまった。

     バトルの振り返りや技構成の考察に白熱した私たちは、結局客間の畳の上で3人とも眠り込んでしまった。おじいさんかおばあさんがかけてくれたであろう布団が申し訳ない。
     寝転がったままスマホロトムを開くとまだ起きるには早い時間だったが、彼女たちを起こさないようにそっと2人の間を抜けだす。

    「う……? ■■ねー、ちゃ?」
    「まだ早いから、寝てていいよ」

     そう言って寝ぐせのついた髪をなでると、スグリはまたすぐに夢の中へと旅立っていった。
     昨夜夕食を頂いたリビングへと向かうと、おばあさんは既に起きて朝食の準備をしていた。おじいさんは畑の世話へと言っているそうだ。まだ朝日が昇り始めた頃だというのに、なんとも働き者だ。
     おばあさんとのんびり話しながら朝食の手伝いをしていると、身支度を整えたゼイユがまだ半分夢の中にいるスグリを引きずって連れてきた。

    「おはよ」
    「お、おはよー、■■ねーちゃん」
    「おはよう2人とも。まだちょっとかかるから、スグリくんは顔洗ってきたら?」
    「……むぅ?」

     素朴な朝食を食べて、ゼイユと頬に畳の跡をつけたスグリと一緒に村の中を回る。村人への私の面通しと、力仕事の人手調達のためだ。多くはない村人のほとんどに挨拶をして、ドテッコツも今日は無理だが明日なら、と確約をいただけた。まあ、ゼイユは「どうせヒマなんだからすぐ来なさいよ!」と声を荒げていたが。
     そのまま私の家へと戻り、ほうきと雑巾を持って各々が積み重なった汚れへと立ち向かう。この家の掃除は今までのどんなことよりも大変だったが、無心になれるので嫌いではなかった。

    「え ■■ねーちゃん、鬼さまのことさ知らないのっ?」
    「まあ、スイリョクタウンに来たのはずっと小さいころだったから」
    「も、もったいね! 鬼さますごい、かっこいいべ!」
    「スグの言う鬼さまは悪いやつなんだけどねー」
    「もう! ねーちゃんうるせー! ■■ねーちゃん、村の中に看板さあっから、絶対見た方がいい、よ!」
    「これから住む村の歴史だしね。掃除があらかた片付いたら行ってみる」
    「スグ、あんた案内してあげな」
    「えっ! おれ、案内……できっかな」
    「何回も行ってるんだからできるに決まってるでしょ!」
    「うぅ……■■ねーちゃん、おれの案内で……いい?」
    「もちろん、うれしいよ」
    「にへへ……おれ、けっぱるね!」

     へらりと笑うスグリにゼイユもどこか満足げで、つられて私も口の端が緩む。

    「あたしはオモテ祭り終わったら学園に帰るから、ちゃんと案内するんだよ」
    「あ! さ来週はオモテ祭りさあったべ! ■■ねーちゃんも、行く? お面さかぶって、いっぱい店でんだよ」
    「うん、お祭りも楽しみだね」
    「じゃあ、オモテ祭りに間に合うようにさっさとこのおばけ屋敷をきれいにするよ!」

     ゼイユの号令に手を止めていた私たちは気を取り直して床磨きを再開した。そのおかげか、リビングと寝室だけではあるが必要最低限の人間が生活できる程度の範囲の掃除が終わる。今日は我が家で眠れる、と思ったが。

    「ダメ!」
    「ダメに決まってんでしょ」

     2人から待ったがかかった。

    「まだ電気さこねえし……」
    「鍵だってかかんないでしょ。いくら村が田舎だって言ったって」
    「人はわかんねえけど、ポケモンっこ入っちまうかもしんねえよ」

     猛烈な反対により、私は電気や風呂が揃うまで1週間も2人の家にお世話になることになってしまった。おいしいごはんが3食出るし、お風呂だって広々、それに3人でポケモンについて語りあかす夜はとても楽しかった。
     さすがにお世話になりっぱなしだったのは申し訳なかったので、お金は受け取ってもらえなかったが食材を持って帰ったり、畑を手伝ったり、あまり自信はなかったがパルデアの料理をふるまったりもした。

     自分の家に住むようになってからも2人との交流は変わらなかった。
     ゼイユのせっかくの夏休みを潰すのも申し訳なく、掃除を急ぐのをやめて3人でいろんなところに出かけた。スグリが「ねーちゃんと一緒だと、鬼さまさ悪くいうから」と伝承の看板には行ってはいないが、互いのポケモンを競わせたり、桃沢商店でお菓子を買ったり、フジが原でスグリのポケモンを捕まえたり、水温の低くなった落合河原で水に足をとられて転んだりもした。

    「はい、これでよし。よく似合ってる」

     楽しい時間はあっという間に過ぎる。オモテ祭りの日、私はゼイユのお古だという淡い色の甚兵衛を着て、おばあちゃんに髪を結ってもらっていた。
     私も決して背が低いわけではないのに、4つも年下のゼイユのお古が着れてしまうのは誠に遺憾だが、既にわずかではあるが彼女より背は低い。それにこれから伸びる見込みのない私に対し、ゼイユは成長期だ。年上の威厳というものが揺らぎそうだったが、今のところスグリには数年は追い付かれる気配がないので溜飲を下げている。ゼイユの弟という、恵まれた遺伝子を持つ彼の成長の前では、はかない希望だとわかっていても。

    「■■、あったよ!」

     藍色の甚兵衛を着たゼイユがお面を抱えて走ってくる。

    「あんたはこれ!」

     そしてあたしはこれ、と笑顔で渡されたのは、深い緑のイイネイヌをかたどった面だ。ゼイユがつけている面も、マシマシラがモデルだという。しかしスイリョクタウンではともっこさまと呼ばれて親しまれている割には随分といかつい顔である。

    「私たちのはともっこさまがモチーフなんだ。スグリくんのも?」
    「おれのは鬼さまのやつ……!」

     そういってスグリは満面の笑みで碧の仮面を掲げた。2人よって倉庫から引っ張り出されてきた面は少し古びれていたが、大事にされてきたのがよく伝わる。

    「かっこいいね」
    「うんっ!」

     面をつけてお祭りの会場であるキタカミセンターへと向かうと、大勢の人たちが思い思いの面をつけてオモテ祭りを楽しんでいた。スイリョクタウンに来て多くの村人と知り合ったつもりだったが、この村にこんなに人が住んでいたのかと驚くほどの人出だ。
     オモテ祭りのために帰ってくる人もいるんだよ、とスグリがこっそり教えてくれる。
     お祭り会場には規模が小さいながらもバラエティー豊かな出店が出ていた。かき氷にフルーツ飴、焼き鳥にフランクフルト、それにこの村特有のともっこや鬼をかたどった面も並んでいる。

    「2人とも、何か欲しいものはある? いつもお世話になってるから、何でもおごっちゃうよ!」
    「やった! あたしかき氷!」
    「わ、わや……おれ、ばーちゃんからおこづかい……」

     遠慮しようとするスグリをゼイユが肘でつつく。

    「あんたね、こんなのは遠慮する方が野暮なのよ」
    「えぇ……」
    「■■もお姉さんぶりたいんでしょ。いいから、ここはおだてて出店全制覇するわよ」

     2人の内緒話はばっちり聞こえていたが、スグリが「じゃあおれ、りんごあめ」と遠慮がちに店を指さしたので聞かなかったことにした。スグリは甘え下手だから、ゼイユくらい強引にいかないと希望を口に出さないだろうし。
     まずは一番手前のかき氷の屋台で、ゼイユはブルーハワイ、スグリはイチゴ、私はオレンジのかき氷を買って食べた。色の変わった舌をお互いに見せ合って、スマホロトムで写真を撮る。
     次にみんなで焼きそばを食べて、ヨーヨー釣りをして、フランクフルトを食べて、とお祭りを満喫していると、スグリが心配そうな顔でコソリと耳打ちしてきた。

    「■■ねーちゃん、ほんとにお金さ大丈夫か?」

     確かに、お祭り価格で普段の買い物よりかは割高だろうし、スグリくらいの年齢の子供が持つお小遣いではこうも多くの店は回れないだろう。それを3人分。途中からゼイユもスグリも財布を出そうとしていたが、それを私が止めて次の店へと引っ張っていくので2人とも何も言えない状況だった。

    「全然大丈夫だよ。大人だからね」
    「大人って……■■ねーちゃん、おれやねーちゃんとあんまり変わらないべ」
    「えー! 私スグリくんよりも結構年上なんだけど 子供は黙っていっぱいカロリー取ればいいんだよ!」

     心外だ、と叫ぶ私の顔にスグリは手を伸ばし、そのまま優しく頬を撫でる。

    「ケチャップさ、ついてる」

     そして今まで見たことがない大人びた顔で「どっちが子供かわかんねえな」と目を細めた。

    「…………っ」

     え、うそやだ、恥ずかしい!
     そんなふうに大げさに騒いで、ありがとうと言うつもりだった。だけど何故か言葉が出てこない。
     りんご飴みたいに真っ赤になってもごもごとする私に、不思議そうに彼は首をかしげて何かを言おうとするが。

    「――あ、いた! 何してんの、鬼退治フェスやるよ!」

     ひとりで先に行っていたらしい、しびれを切らしたように叫ぶゼイユの声にさえぎられる。
     私は彼女の乱入に救われたような気持ちになりながら、ほっと息を吐いて大げさに笑った。

    「ごめん、行こっか!」
    「■■ねーちゃん……? だいじょう、ぶ?」
    「何でもない、ありがとねスグリくん! ほら、ゼイユちゃん追いかけないとまた置いて行かれちゃうよ」

     私の方が先に駆け出したのに、あっという間にスグリに追い抜かれた。その小さな背中を見つめながら、熱くなった顔を冷ますようにパタパタと両手を振る。
     初めて会ったとき、小さな子供だと思った。小柄だったからか、隣に長身の姉がいたからか。実年齢よりもずっと幼く見えたし、仲良くなってからも弟という感覚が強くて、ゼイユを含め弟妹がいたらこんな感じかなとさえ思っていた。

    「…………そういえばスグリって男の子だったな」

     のどかな田舎暮らしで、すっかりと忘れていた事実が私の口からぽろりと漏れる。
     12歳で、来年の春からゼイユと同じブルーベリー学園へと通うらしい。学生ともなれば、子ども扱いも嫌になる年頃だろう。年頃の男の子への接し方には自信がないが、相応の態度に切り替えなくてはならない。
     ゼイユの鬼退治フェスを見学しながらむっつり考えこんでいると、肩を控えめにつんつんとつつかれる。振り返ると、りんご飴を2つ持ったスグリが立っていた。

    「■■ねーちゃん、これ、あげるべ」

     ねーちゃんには内緒な、と彼は首をかしげ微笑む。
     そういえばスグリは最初からりんご飴が食べたいと言っていた。りんご飴は大きいし、食べるのに時間がかかるからいろいろ回った後にしようと言っていて、まだ出店に行けてなかったのだ。

    「いいの?」
    「うん。おれ、ばーちゃんからこづかいさもらってるから」
    「あ、ありがとう」

     スイリョクタウン名産のりんごを使っているのか、渡されたりんご飴は大きくて、つやつやしていてとてもきれいだ。

    「りんご飴、たまにしか食えないから好き」
    「お祭り特有の食べ物だよね」

     大きなりんごに四苦八苦しながらかじると、みずみずしくシャキシャキしたりんごと飴の触感が面白い。

    「へへ、■■ねーちゃん、りんごあめ食べるの下手だべ」

     私が4分の1も食べきれない間に、大きな口であっという間にりんご飴を完食したスグリがからかうように笑う。

    「……スグリくん、都会のりんご飴はね、丸のままじゃなくてカットしてあるんだよ」
    「えーっ ほんと? なんでなんで?」
    「食べやすいから、かな?」
    「まるっこいままの方がめんこいさ思うけどなあ」

     そうやって2人でりんご飴を眺めていると、喜色満面なゼイユが「新記録!」と声をあげながら戻ってくる。■■もやったら?と彼女にも言われたが、伝承も知らない新参者は遠慮しておいた。というかお祭りで食べ過ぎて今から体を動かしたりは考えられない。
     夜も更けてきたことだし、と最後にお祭り会場を一周して帰路へと着く。ゼイユとスグリの家の前で「しばらく会えないんだから」と引き止められ、数日ぶりに2人の家で眠ることになった。
     客間に3つ布団を並べて、新しく捕まえたポケモンのことだったり、ブルーベリー学園のことだったり、友人と別れるさみしさを埋めるように私たちは語り合った。

    「……あのさ」
    「うん」

     お祭りではしゃいだスグリは、いつの間にか静かな寝息を立てていた。ゼイユは足ではねのけられた掛け布団を彼のおなかにかけなおしながら小さな声で言葉を紡ぐ。

    「あたしも次は年末にしか帰ってこれないし、あたしがいないと何もできないし、■■以外に友達もいないからさ…………スグのこと、よろしくね」
    「……うん、任せて、ゼイユ」
    「じゃ、それだけ。あたしもう寝るから」
    「おやすみ」
    「おやすみ」

     その日は夢を見なかった。
     翌朝、私たちはゼイユの見送りのためにスイリョクタウン唯一のバス停へと来ていた。ブルーベリー学園へは少し時間がかかるため、彼女はすでに気だるそうだ。時刻表通りバスが来ると、ゼイユは別れのさみしさなんて感じさせない、いつも通りの顔であっさりとバスに飛び乗った。
     別れの言葉なんて一言もなくて「昨日の話、頼んだわよ」とだけ残して、彼女を乗せたバスは行ってしまう。残された私とスグリはお互いに顔を見合わせて――そして互いにどこかさみしそうな顔をして――「行っちゃったね」「行っちゃったべ」と呟く。

    「さみしくなっちゃうね」
    「……去年はひとりだったけど、今年は■■ねーちゃんさいっから」
    「そっかー、じゃあゼイユがいない分、いっぱい私と遊んでね」

     スグリはちょっと照れくさそうに笑って、大きくうなずいた。
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