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    たこのいか

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    浦辺くんちでイチャイチャする二人の話

    ##浦新

    一口じゃ足りない「そういや……あの漫画の続き、何だったかな」
     いつもなら通り過ぎるコンビニの前を、今日は立ち止まった。
     ガラス越しに見えた記憶に新しい漫画雑誌の背表紙に導かれるように、自動ドアを抜ける。すると、レジカウンター前で店員がおでんの具材を補充しているのが目に入り、数刻前に浦辺家で食したおでんの味が記憶と共にジワジワと口の中に広がっていった。

    「新田くん、よかったら今日はウチで食べていかない? あっ、ご飯出来るまで反次が勉強サボらないよう見ていてくれると助かるわっ」
    「一言多いんだよっ母ちゃん!」
    「ありがとうございます! しっかり先輩のこと見てますんで、安心してください。いやぁ、おでん楽しみですねぇ浦辺さん」
    「新田、お前まで……」
     浦辺は部活を引退してからも後輩達の様子を見に来ており、今日も練習を見守っていた。その浦辺が部室へ寄った際に忘れていったテキストを新田が発見し、そのまま浦辺家まで届けに訪れたのだ。
     チャイムを押し、ガラガラと音を立てる戸から現れた浦辺に忘れ物を渡せば、後は帰るのみであった。だが、玄関先にまで漂う食欲をそそる出汁の香りから夕食について話が広がったのが切っ掛けで新田が当初想定していた帰宅の時間も、夕食の内容も変わってゆく事となる。
    「今日は親の帰りが遅いんで、適当に買ってて食べようかなって」
     そう話した所で浦辺の母親が会話に加わり、夕食を共にする事を提案されたのだ。

     食したおでんは実に美味であった。夕食を待つ間に無くしかけていた食欲が一気に湧き上がり、新田の空腹を満たしてくれた。おでんに豆腐を入れるか、入れないかで会話も盛り上がった温かなひと時を思い返しながら、当初の目的である雑誌コーナーに足を進める。
     スポーツ雑誌、旅行雑誌と目線を動かしてゆき、ある漫画雑誌の前で歩を止めた。タイミングを同じくトイレから出てきた他の客も雑誌コーナーで立ち止まるかと思ったが、そのまま後ろを通り過ぎてゆけば辺りに新田以外の人影はなく、遠慮せず漫画雑誌を手に取った。
     浦辺の部屋で最後に読んだ作品は紙色が赤く変わる箇所だったので、続きを確認するのは実に容易である。だが親指で表紙を押さえ、他の指で裏表紙を支えて漫画雑誌を持ったまま、表紙とにらめっこをするように新田はページに触れずにいた。
     それは、目の前に貼り出されている『長時間の立ち読みはご遠慮ください』という注意書きを忠実に守っているからではない。この漫画雑誌を見ているだけで、耳元を撫でられる感覚を連想せずにはいられないからだ。

     最新号の漫画雑誌は持ち主曰く「まだ読んでねぇから、ネタバレすんなよ」との事で「はーい」と軽く返し、テーブルを挟み互いに向かい合う形で浦辺はテキストに、新田は漫画に意識を向けた。
     しん、と静まり返った部屋でペラペラと紙が捲れる音と、時に途切れながらカリカリとペン先がノートの上を走る音が二人の代わりに会話をしているようであった。チラリと浦辺に目を向ける新田とは対照に、浦辺の目はノートとテキストのみを行き来し、彼が勉強に集中しているのは明白である。
    「サボらなくて偉いですね」と茶化したい気持ちを抑え、新田は再び漫画に目を向けた。
     二人が部屋に入ってから三十分程度経った頃、前触れもなく浦辺がスッと立ち上がった。そのまま新田の背後にある戸に向かって歩き出したので、トイレにでも向かうのだろうと思い特に気にも留めずにいた。だがその予想は大きく外れ、新田の背後に立つ浦辺の手は襖の戸ではなく、新田の両肩を掴んだのだ。
    「瞬……」
    「っ!」
     耳元で切なく、湿り気を帯びた吐息と共に己の名を呟かれ、新田は今になって気が付いてしまった。かなり久し振りに二人きりとなった、という事に。
     夏の地区大会はもちろん、全国大会では南葛中を応援すべく埼玉県まで駆けつけ、その後は新田の海外遠征、更には秋の新人戦と、振り返れば最後に二人きりになったのが遠い昔のように思える。
     正直、こうして浦辺から甘えられている状況はかなり好ましく、新田とて密かに待ち望んでいた時間だ。このまま両肩にある浦辺の手に触れ、甘いひと時を過ごしていたいと思わずにはいられない。けれど思いとは反対に、新田の目は開かれたままのテキストとノートをしっかり捉え、そっと身体をくねらせて肩から手を払って二人は再び向き合った。
     新田の行動は浦辺にとっては予想外であったようだ。いつもの強気な性格がそのまま現れている表情とは打って変わり、困惑とした弱々しさを見せる。
    「しっかり、してくださいよ。受験生さん?」
     緊張から若干声が高くなってしまい、この緊張が浦辺に伝わっていないか焦りを感じるも、一人で盛り上がっていると指摘された途端にカッと眉を吊り上がらせ、みるみると顔が真っ赤に染めてゆくのを見るにそれは杞憂に過ぎなかった。
    「うっせ、休憩だっ。休憩!」
    「岸田さん達も言ってましたよ? 休憩とか言ってサボるって」
    「ダラダラしながら身に着けるられる程、オレは器用じゃねぇ。それに、モチベーションを保つのは大事だろが」
    「モチベーション、ねぇ?」
     適度な休憩は言わずもがな大切な事である。しかしながら浦辺の模擬試験の結果を心配する先輩らの様子を思い浮かべ、更には浦辺の母親に頼まれたのもあって生まれた確固たる責任感から、簡単には甘やかさないと心に決めたのだ。
     だが、浦辺はもう完全に休憩をする姿勢でいるではないか。これではストレートに勉強を続けるように言っても反対されるのは目に見えている。この状態からやる気を引き出させるには魔法の言葉を使うしかない。
    「浦辺さんがサボ……、のんびりしてる間にも石崎さんは頑張ってるかもしれないってのに……。呑気なモンですねぇ」
    「なっ!」
     予想していたままの反応をされ、声を出して笑いそうになるのを堪えながら新田は石崎を利用した言い訳を心の中で述べた。恐らく、石崎の目指す高校は浦辺らと同じだ。もし浦辺だけが希望に叶わなかったとしたら、喧嘩相手のいない高校生活はさぞ寂しいだろう。これは他ならぬ石崎の為でもある、と。
     これだけでも十分ではあるが、どうせならと漫画雑誌をテーブルの上に置くと新田は浦辺に抱きつき、耳元でゆっくりと口を開いた。
    「ねぇ、反次さん。ご飯が出来るまで今やってる問題が終わったら──」
     新田の提案にビクッと浦辺の身体が震えた。自分のものかと勘違いしそうになる程、それはもう。
    「いい、のか?」
    「いいのでさっさと終わらせてくださいよ。まぁ出来るもんなら、ですけど?」
    「はっ! 浦辺反次様を舐めんなよ!」
     そう意気込むと浦辺は早速行動に移し、元居た場所にどっかりと座り込んでテキストを睨みながらペンを走らせた。
     一方、新田は見事に浦辺に再び勉強を行わせる事に成功したにも関わらず、その表情は浮かばずにいた。我ながら恥ずかしい提案をしたもので、こうなっては意識を漫画雑誌に向けるのはもう、難しい。

    「お会計、──円でございます」
    「あ、肉まん一つ追加で」
     漫画雑誌と肉まんを購入し、そそくさとコンビニを出て行くとタイミング悪く雪が降ってきた。雪に濡れるぬよう漫画雑誌を鞄に突っ込ませ、続いて肉まんも入れようとしたが冷える前に食してしまおうと肉まんの紙袋を半分に折った。
    「反次さんのバーカ、がっつきやがって。受かんなかったらもう、キスしてやんねぇかんな……」
     悪態をつき、口の中を誤魔化すように肉まんを頬張る。それでもまだ、口内は甘ったるくて仕方がなかった。
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