とある水夫の一日ストームボーダー生活 ブツと意識が現実と繋がる感覚。
夢から急に覚まされたようなそれに目を開ければ、白い天井が見えた。
寝起き特有の気怠さを纏いながらゆっくりと起き上がり、周囲を見る。
質の良いベッドの上、材質が木や石でない丸テーブルに椅子、壁に埋め込まれる形であるクローゼットに、透明なガラスの板に囲われた風呂場。
——ふむ。またか。
と、ナイトテーブルの上に置かれたノートを手に取る。
それはこの日の為、私宛に書かれたノート。
一度目はただ訳が分からず一日、部屋から出ず。
二度目はノートがあった為に状況を飲み込み、漫画やアニメという娯楽に一日ひたり。
三度目は紅茶や珈琲、スコーンやクッキーなどに舌鼓を打ちつつメカクレ作品を楽しみ。
四度目の今回は何を用意してあるのだろうとノートに目を通し、ふはっと思わず笑ってしまった。
クックックッと肩を震わせ、テーブルの上にある、最高級の茶葉や厨房のメンバー特製のスコーンを見やり、そして部屋の隅に置いてある24時間で観られない量のメカクレ作品が詰まったダンボールを見やる。
「なるほどなるほど。絶対に外に出て欲しくない、と」
ノートをパラパラとめくって、パタンとやや乱暴に閉じる。
「いやはや、英霊なんて分不相応なものになったと思ったら、今度は畏れ多くも大英雄と恋仲にと」
ベッドから立ち上がると、いやにひらひらした服を纏いながら歩き、姿見の前で止まる。
見慣れた自分の姿。と言いたいところだが、このような大きな鏡など船にはなく、あったとしても身なりに気を使う時間などなかった為、それほど見慣れてもいない自分の姿が映る。
水夫らしく質素だった服は今は絢爛豪華になっており、バーソロミューは口が裂けても言わないだろうが、正直、動きづらい。
まぁ私はバーソロミューではないのだしと、ストラを取って、外套も脱いで、腰に巻いている布もといて、どんどん脱いでいく。
装飾品は取れるだけ取ったものの、それでもびらびらひらひらした上服にズボン。うーんと部屋の中を漁り、一番シンプルな服を引っ張り出して着る。
姿見の前でぐるりと回り、「よし」と大きく頷いた。
ついでに整えてある髪を手でぐしゃりと乱して、ドアに向かい歩いていく。
海賊になんてなった私、分不相応に英霊となり、畏れ多くも英霊と恋仲になった私。
2月10日の一日だけ海賊になる前、三十代前半のジョン・ロバーツに戻るなど知られたくなかった未来の私。
「私と恋人を会わせたくないのは分かるが、名前ぐらいは教えてくれてもいいんじゃないか? ほら、隠されると暴きたくなるから」
なんて言って、ドアを開けようとして、
「……どう開けるんだこれ」
ドアとタッチパネルと十分、格闘する事となった。
外に出れば、埃一つ落ちてなさそうな廊下が続いており、窓の外には空が広がっていた。
——え。凄いな。廊下材質一つ均一で歪みのない建築一つ技術もだが、長時間空を飛ぶ事も可能なのか。へぇー、空からだとこう見えるんだ。え。あれ雲か。雲ってこんななのか。ガラスに触っても問題ないだろうか?
へぇーへぇーと窓に触って外を観察していれば、
「バーソロミュー殿?」
と、わざと困惑を混ぜた声に名を呼ばれる。
普通に名を呼ばれるより、こちらは困惑してますよと伝えるのに良い手だ。同時に貴方は困惑するような事をしていますよと伝えるのにも。
知り合いで、腹芸もできる相手と遭遇したか。
ビクリと身を震わせて、怯えをのせた表情で顔を上げればとても顔が整った金髪碧眼のこれぞ騎士という偉丈夫が立っていた。
ジョンは鎧と剣を見て、悩むそぶりを見せてから、意を決したというように、彼に問う。
「あの……ここはどこでしょうか? 気がついたらここにいて。先ほど、私をバーソロミューと呼ばれましたが……私の名はジョンで……」
偉丈夫は目を少し見開いて驚くものの、すぐにその甘い顔に微笑みを乗せる。
「それは不安でしたでしょう。安心してください。私の名はガウェイン。貴方の力になると約束をしましょう。つきましては貴方を医務室に案内したいのですが、よろしいですか?」
「……え、えぇ」
ガウェイン。
円卓の騎士ガウェイン!?
いるの!? いやそりゃ忠義の騎士ガウェインが英霊になってなきゃ誰が英霊になるんだって話だけれど! ちくしょうバーソロミュー!! 私が円卓好きって知ってるだろうが!! そこは言っておけよ!
戸惑いを顔に乗せつつも、内心バーソロミューに抗議していれば、ガウェインがすっと手を差しだす。
「どうぞお手を」
「え?」
「ストームボーダー内は普段は平穏ですが、魑魅魍魎が跳梁跋扈する面もあります。海の魔物達にでも迷子の貴方が捕まってしまえばとって食われてしまうでしょう。なので離れぬように」
怖。
手を乗せようとして伸ばす。
あと数センチで触れ合うというところで、横から伸びてきた手がジョンの手を包んだ。
「え」
手の主を見れば、ジョンよりも背が高い白髪のこれまた偉丈夫が。
なにやら焦った顔をしており、「その役目」とジョンを真っ直ぐに見る。
「どうか私に」
「……ええっと……」
ジョンがガウェインをチラリと見れば、微笑んで小さく頷かれる。
「じゃあお願いします」
「はい」
ホッと安心した顔をする白髪の男を見て、あ、これがバーソロミューの恋人だな、と確信した。