身体を構成しているエーテルが一度解け、また結び直される感覚。
一度闇に落とされた視界が繋がると、2000年代日本、マスターの故郷として映像で見た街並みが目の前にひろがっていた。
すぐにマスターの無事を確認し、次にマシュ。そしてと思っていれば、マスターの声が耳に届く。
「あれ? バーソロミューは?」
ドクンと跳ねた心臓を押さえつけ、表面上は冷静にレイシフトしてきたメンバーを見れば、確かに愛おしい彼の姿がない。あの思わず指先で遊びたくなる髪も、撫でたくなる肌も、ずっと見つめたくなる瞳がどこにもない。
「クー・フーリンさんもいらっしゃいません」
マシュの声にメンバーを確認すれば、レイシフトしたメンバーのうち、バーソロミュー、バーサーカーのクー・フーリン、風魔小太郎の姿が見えない。
レイシフト時、はぐれる事は珍しくない。
カルデアと通信が繋がっていれば、居場所が判明するかもしれないとマスターに進言しようとした時、視界の外に魔力反応が。
咄嗟に盾を構えてマスターを守り、そちらを見据えれば、敵意はないとばかりに後ろ足で立って前足を上げる小動物がいた。
犬に似た目元が黒い動物で、これは……
「タヌキ?」
「え? 小太郎?」
パーシヴァルとマスターの少女の声がかぶる。
マスターとタヌキ以外が驚いた顔をすれば、マスターが「うん」と頷いた。
「うっすらだけどパスが繋がってる。小太郎だよ、このタヌキ……って、どこいくの?」
小太郎が前足を地面に下ろすとくるりと振り返り駆けだす。
マスターが「追いかけよう!」と駆けだし、マシュとパーシヴァル達も続く。
昼下がりの住宅地とあってか人通りは少なく、サーヴァント達は認識阻害の術をかけてもらってはいるとはいえ、タヌキを追いかけ数人で駆ける姿は目立つだろう。
追いかけっこが続くようなら何か手をと考えていれば、ぎゃあぎゃあと鳥が騒ぐ音が聞こえた。
「あそこ! 公園!」
黒い鳥が上空に集まって鳴いている。
その黒い集団に青色の物体が素早くよぎり、その度に鳥がぎがぁー! と鳴いて落ちていく。
タヌキはそんな公園の中に入っていき、マスターは迷わず続く。
黒い鳥が二羽、地面付近を飛んでおり、そこには、小さく黒い毛玉が落ちていた。
タヌキが犬のように吠えて、鳥の一羽に飛びかかる。もう一羽が小さく黒い毛玉を足指で掴み、パーシヴァルよりも上に飛びたつ。
パーシヴァルがすぐに動けるように槍を握ったところで、さらに上空より垂直に滑空してきた青色の鳥の嘴によって黒い鳥は背を突かれ、毛玉を空で手放した。
落ちていく毛玉。
受け止めなければ。
それが何なのかなど理解はしていなかったが、そのおもいだけで両手の平を上にして前に差しだした。
ぽすん
パーシヴァルの固い手の平の上に柔らかな物体が落ちてくる。
黒い毛玉だと思っていたそれは、ぷるぷると震え、動いた。
顔を上げたというよりも、顔を上げようとして失敗して傾けたような仕草。目は閉じられており、まだ開かないのだと気づく。ほんの数ミリ、精一杯開かれた口からは「みぃ」とか細い鳴き声が聞こえた。
子猫だ。
しかも生後、一週間も経ってないであろう子猫。
パーシヴァルはあまりにも小さく弱々しい命をどう扱っていいか分からず、息すらこの子を傷つけそうな気がして最低限に控える。
子猫は、「ぴぃ」と鳴くと、閉じられた目でパーシヴァルを見て、安心したように身体から力を抜いた。
その仕草がパーシヴァルに全幅の信頼を置いているように感じられ、多幸感と感激で感極まり、いつのまにかはらはらと目から涙が溢れていた。
やがて黒い鳥を蹴散らした青い鳥、鷹が肩にとまり、ここまで案内したタヌキが足元に座っても動く事はできない。
マスターの「あ、その子猫バーソロミューだ」という言葉に、答えを知っていたように納得して、絶対にこの小さき命を守らねばと心に誓ったのだった。