「グランドサーヴァント使いが荒すぎないかい!? マスター!!」
冠位研鑽戦から一時帰還したバーソロミューの声が管制室に響く。
よく通る大声ではあるものの、その声に怒りはこもっていない。むしろ親しみを込めて、弄るような声色だ。
バーソロミューはそのまま額に手を当てて、あぁ、と大仰な身振りでマスターの少女に訴える。
「ガウェインやパーシヴァルで知ってはいたが、これはもうメカクレを要求するしかないね! メカクレ深度100の最上級メカクレを要求する!」
「わかった。小太郎が前を通り過ぎるだけでいいかな?」
「一秒ほど立ち止まってくれると助かる! 強制はしない!」
「小太郎にきいとくねー」
「あ、やっぱり二秒で」
「はいはい」
場の空気が緩む。
このやりとりは、研鑽戦が100回を超えたあたりからみられるようになり、200回を超えた今ではもう10回は発生したやりとりだ。
研鑽戦はその性質上、ライダーのグランドサーヴァントとマスターは出突っ張りで、脇を固めるサーヴァントは入れ替わる。そのサーヴァント達は気持ちはわかるよというふうに見守っていたが、このやりとりを10回以上、全て見ていた管制室の反応は違った。
またかと苦笑し、けっして悪意ではなく、好意的な雰囲気で、「他のグランドは愚痴一つ言わなかったんだから頑張れ〜」と弄った。
それは鼓舞や激励、応援、と言われるもの。
耳にしたバーソロミューも、一瞬、停止した後、ニパリと笑ったのだ。
「そうだね! 畏れ多くもグランドだ! 頑張るとしようか!」
やる気になったバーソロミュー。
その後、100回。
愚痴もメカクレも言わずに、バーソロミューはただ研鑽戦に挑んだ。
その後も、「さてマスター、次はどの編成で戦いに挑む?」と、真面目というより飄々した様子で問うバーソロミュー。
その顔を見上げて、マスターは「よし」とパンッと手を叩いた。
「休もう! みんな疲れてる!」
「だが、グランドなのだから、私は他のグランドよりも」
そう渋るバーソロミューにいつの間に管制室に来たのか、パーシヴァルが歩み寄る。
「バーソロミュー、休憩も大事だ。私の部屋で紅茶にしないかい? それにグランドの先達として助言ができると思うのだけれど」
パーシヴァルは、グランドの先達、という部分を意図的に大きな声で発っした。
バーソロミューは一瞬、停止した後に、「うん」と幼さい仕草で頷く。
「そうだね。お願いしようかな」
「ではお手をどうぞ。グランドの先輩として後輩を部屋までエスコートするよ」
差し出された手。
バーソロミューは「うん」と素直に手を重ねた。
パーシヴァルの部屋では、好みの紅茶とスコーン、そして少しお喋りをした後に、「少し寝なさい」とベッドに押し込められた。
「サーヴァントは寝なくとも、」
「確かにサーヴァントには食事と睡眠は必要ない。娯楽のようなものだという者もいる。だが、生前からの習慣は馬鹿にできない。マスターのグランドとして力を発揮するなら、娯楽もある程度は嗜むべきだよ」
「……」
バーソロミューはゆっくりと瞬きをしてから、そうか、と頷く。
「ならば子守唄を所望する」
「いいよ。この前、子供達とマスターの故郷の童謡や子守唄を歌ったから、それはどうだい?」
「いいね。あ、でも、悲しいのだとか、考えさせられるのは嫌だ」
「例えば?」
「そうだな……どんぐりころころとか。あれ、泣いて困らせて終わるだろう?」
「なるほど」
「後はかごめかごめとか。歌詞が意味深すぎて、様々な都市伝説うんでて、そちらが気になりすぎて」
「わかった。後は?」
「そうだな……竹馬よいちとか……」
「それは知らないな。……七つの子はどうだい?」
「子供が七歳なのか……七羽の子がいるのかが気になって……」
トントンとパーシヴァルがバーソロミューの胸あたりを優しく叩く。
バーソロミューは次第に瞼が落ちていき、やがて規則正しい寝息を立て始めた。
目覚めは快適だった。
頭の中にあったモヤが晴れたようで、快調になったからこそ、眠る前が疲れていたのだと自覚する。
バーソロミューはベッドから身を起こすと、「おはよう」とベッドの横の椅子に腰掛けて優しくこちらを見つめる恋人に、恨みがましい視線を送った。
「お前は疲れているんだと一、二発殴ってくれればよかったものを」
「貴方の愛する恋人がそんな粗暴な事をすると?」
「そんな事はできないと憤る付き合いたての素直さはどこに捨てたんだい? 拾ってくるから教えておくれよ」
「こう育てたのは貴方ですから、貴方が居場所を知らなければわからないね」
顔の角度を傾け、わざと目に髪がかかる仕草をするパーシヴァル。
バーソロミューは顔に手を当てながらもしっかりとメカクレを堪能して叫んだ。
「くっそ! 大好き愛してる!」
「私も愛しています。それで」
と、パーシヴァルはさらりと話題をかえる。
「どうしたんだい?」
「……」
「グランドが重荷だった?」
「……」
「それとも、自分よりも相応しいライダーがいるのにと劣等感に似たものを抱いた?」
「……」
「矮小な霊基の自分に種火や聖杯を注ぎ込み、もう強くなれる隙がないほどに強化してもらっても、その四分の三のリソースを例えば神霊サーヴァントに使えば自分より強いライダーがと計算して憤った?」
「……」
「それともあれかな? 貴方は自分の立ち位置や、その組織での必要な立ち回りを考えてから自分を決める人だから、グランドという立場が未知すぎて、どういう自分にすればいいかわからなくなり迷った?」
「……」
「後は、戦力や知略、マスターの精神安定や医療や船の操舵といった全てにおいて、自分より上をいく者がいて、それを受け入れて立ち回っていたのに、突然グランドという突出したものに引き上げられて、」
「全て言わないでくれないかな?」
バーソロミューの大きな船乗りの手が、パーシヴァルの口を頬を掴むように塞ぐ。
「すでに私をグランドライダーとしてカルデアの船は出航してしまった。ならば私の感情など二の次だ。そんなもので錨をおろして立ち止まれないのだよ。滑稽で無様でもグランドとして海路をより良いものにと足掻いてみせるさ」
生前は船員が恐怖で失禁したほどの眼光でパーシヴァルを睨みつけ、手や腕に血管が浮かぶほどの腕力で顔を掴む。
パーシヴァルは痛がるそぶりもみすぜ、バーソロミューの手首を掴むと、バーソロミューの腕からミシリと骨が軋む音をたつも気にせず、力任せに引き離した。
「ならば、聞き込みだね」
「……は?」
予想外の言葉すぎて、バーソロミューは睨みつけるのも忘れて、呆けた顔をする。
「マスターのグランドサーヴァントは、セイバーとランサーとバーサーカーとエクストラ二騎とライダー、貴方を含めて六騎しかいないんだ。皆、手探りだよ。深い霧の中、光もなく歩いている。もちろん、私もね。そんな中でも互いに心持ちとか、心掛けている事とか、聞いて回ったら、何か手がかりになって道筋が見えてくると思うんだ。バーソロミューだけでなく、皆もね」
「……中には拝命したからただ粛々とこなしてるサーヴァントもいるだろう。そういうサーヴァントに質問すれば、迷わす事になるのでは?」
「ひょっとしてガウェイン卿の事かい? 彼は私が驚くほど頑固なので、質問したところで揺るぎはしないよ」
心配はないよと言いたいのだろうが、だからどーんと質問しようと微笑まれても、反応に困る。それにだ。
「みんな迷ってるんじゃなかったのか……」
その言い草では、確実に一騎は迷っていない。深い霧の中、光がなくとも爆走している。
その姿を想像して、なんだかバーソロミューの肩から力が抜ける。
フッと微笑むと、こっそり手首に救済の光をかける恋人を見やる。
「それではまずパーシヴァル、君から話を聞いても?」
「はい!」
元気よく返事をするパーシヴァルに、まずは紅茶を淹れようと、バーソロミューは立ち上がった。