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    ue_no_yuka

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    ue_no_yuka

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    ツルの恩返し 下その日は夕飯を作ろうとする美鶴を休ませて鷹山が作った。美鶴は何度も手伝いを申し出たが、鷹山は頑なに断った。その結果、美鶴は料理ができるまでの間ずっと台所に立つ鷹山の姿を眺めていた。ずっと黙って見ているだけで飽きないのかと鷹山は思ったが、美鶴は終始嬉しそうにしていた。

    出来上がった料理を見て鷹山は、こんなにも自分の料理は酷かっただろうかと思った。ここのところ三食美鶴の五つ星級料理を食べていたせいで、鷹山の舌はもう自分の料理では満足出来なくなっていた。
    「お前ほど上手くはないが、食べられんものでもない…はずだ…」
    「っ…」
    美鶴は俯いて震え出した。
    「?どうした。」
    「…ようちゃんの、手料理が食べられる日が来るなんて…!」
    美鶴は目を輝かせて食卓を眺めた。
    「あまり期待するな…大したものじゃない。」
    「大したものですよ!僕にとってはようちゃんが作ってくれたっていうだけで五つ星です!」
    そう言って微笑む美鶴を見て、鷹山はまた胸の辺りに違和感を覚えた。鷹山が首を傾げている間、美鶴は料理を目に焼き付けるのに必死だった。
    「さ!冷めないうちに頂きましょう。」
    「ん。」
    二人は手を合わせ、料理を食べ始めた。
    「ん〜!美味しい!」
    美鶴は嬉しそうに料理を口に運んでいくが、やはり鷹山は物足りない気持ちだった。調味料か、食材の切り方か、火加減か。満面の笑みで食事する美鶴の向かいで鷹山はずっと眉間に皺を寄せていた。
    ふと、鷹山の目線が包帯を巻いた美鶴の腕をとらえた。
    「腕は痛まないか?箸や器を持っても大丈夫なのか?」
    「ようちゃんの手当が上手だったので問題ありませんよ。」
    「無理はするなよ。もし傷が痛むなら食べるのを手伝ってやる。」
    「えっ…」
    たちまち赤くなっていく美鶴を見て、鷹山は自分の発言の意味を理解した。思い直してみれば二十半ばの男二人がするには確かに小っ恥ずかしい。訂正しようと鷹山が口を開こうとしたその時、美鶴の方が先に口を開いた。
    「あ、あの……では、お願いしても、いいですか…?」
    美鶴の予想外の言葉に鷹山は少し驚いた。
    「…ああ…」
    美鶴はありがとうございますと言いつつ、少し恥ずかしそうに小さく口を開いた。鷹山はほうれん草のおひたしを箸で取って美鶴の口に運んだ。しかし、上手く入らず唇に当たってしまった。ほうれん草の水分で薄まった醤油が美鶴の唇を伝った。鷹山が手ぬぐいを出そうとすると、美鶴は口周りを手で覆って醤油を啜った。
    「これは…食べる方も食べさせる方も、意外と難しいんですね…」
    美鶴は赤い顔で困ったように笑った。醤油で濡れた唇を舐める美鶴は妙に色っぽかった。鷹山は一瞬そう思ってしまった自分をかき消して言った。
    「…もう少し口を開けてくれ。」
    「はい。」
    今度はしば漬けと白米を運ぶ。まだ熱い白米を口に入れると美鶴はハフハフ口を動かして食べた。大の大人の男二人がこんなことをして、羞恥心の方が強いだろうと思っていた鷹山だったが、自分の手から一生懸命料理を食べる美鶴が動物に餌付けしているようで、なんだかクセになってしまいそうだと思った。

    「こんなことをして貰えてしまっては、僕は腕を怪我する味をしめてしまいそうです…」
    丁度同じようなことを考えていたときに美鶴にそう言われて不意をつかれ、鷹山は一瞬心が読まれているかと思った。嬉しそうに、少し恥ずかしそうに微笑む美鶴に鷹山は言った。
    「…あれは二度とやるな。何も本当に傷をつけることはないだろう。」
    「そのくらい僕は本気ってことを分かって頂きたかったんです。僕が今日言ったことは全部本当のことですよ。」
    鷹山が美鶴の顔を見るといつもの柔らかい笑顔とは違って真剣な眼差しで鷹山を見つめていた。美鶴の瞳は何故こんなにも力強く感じるのか、鷹山には分からなかった。
    「…なぜ、お前は俺にそこまでするんだ?」
    鷹山はずっと感じていたその疑問をついに口に出した。
    「十六年前からずっと、ようちゃんだけが僕の全てなんです。」
    「俺はお前に何かしたのか?十六年前に…」
    そう尋ねると美鶴はいつものように微笑んだ。
    「ようちゃんにとっては何でもないことだったかもしれません。」
    そう言って美鶴は語り出した。

    美鶴は母親がフィンランド人で実家はフィンランドにあるのだという。住良木というのは日本人である父親の姓で、幼い頃から何度か日本を訪れたことがあるらしい。
    美鶴の容姿が日本人らしくないのはそういう事かと鷹山は納得した。
    当時美鶴はフィンランドの小学校に通っていたが、大人しい性格と、今とは違うふくよかな見た目故にいじめを受けて学校に行けなくなっていた。そんな美鶴を見かねた美鶴の父が、仕事でこの里を訪れる際に美鶴を連れて行った。父達と山の中を歩いていた美鶴はよそ見をしていた隙に父達とはぐれてしまった。歩けど歩けど父達は見つからず、途方に暮れて泣きじゃくっていたところに、鍛冶屋敷に向かっていた鷹山がやってきたのだという。
    幼い鷹山はなかなか泣き止まない美鶴の前髪を両手で上げて顔を覗き込んだ。
    『お前、こんなところで何してる?』
    『うっ、う…パパ…いなくなりマシタ……』
    『…ついてこい。』

    「ようちゃんは僕をこの鍜冶屋敷に連れてきて、鍛冶場や屋敷の中を紹介してくれました。僕は日本語がまだあまり分からなくて、ようちゃんの言ってることがほとんど理解出来なかったけど、ようちゃんが刀を大好きだっていうことだけは分かりましたよ。そう、あの時はお師匠さんもいらっしゃって、行くところがないならここに居ればいいと言ってくださいました。そういえばお師匠さんは…」
    「ああ、四年前に…」
    「…やっぱりそうでしたか。お師匠さんにもお会いしたかったのですが…」
    暫く沈黙が続いたあと美鶴は再び話を始めた。
    「次の日の朝に父達がここに迎えに来たんですが、同年代の子と一緒にいたら楽しいだろうってお師匠さんが提案して下さって、僕は暫く鍜冶屋敷にお世話になることになったんです。あの頃からようちゃんは優しくて…友達ができたのは初めてで、ようちゃんと過ごす日々はとっても楽しかったんです。」

    「僕にとってはあの頃からようちゃんが一番でした。でもようちゃんは刀が一番でしょう?ようちゃんが刀に向ける情熱を僕も欲しくなってしまった。僕は刀に勝ちたくてお師匠さんに相談したんです。」
    お師匠さんにも無理って言われましたけど、と美鶴は笑った。
    「でも、お嫁さんになれば刀と同じくらいにはなれるんじゃないかってお師匠さんが教えてくれたので、それでようちゃんにプロポーズしたというわけです。当時は恋愛とか結婚とかはよく分かっていませんでしたけどね。とにかく刀に追いつきたくて必死だったんです。」
    楽しそうに愛おしそうに思い出を語る美鶴を見ていると、鷹山は何かふわふわとした気持ちが込み上げてきた。
    「僕がプロポーズしたときようちゃんが言ったこと、僕は鮮明に覚えてますよ!」

    幼い美鶴は山で摘んだ花束を鷹山に差し出した。
    『ヨウチャン、ワ、ワタシとケッコンしてくだサイ…!』
    『なんで?』
    『えっと、ヨウチャンとずっといっしょにいたいから…デス…!』
    『多分むりだ。』
    『ナンデ!?』
    即答する鷹山。美鶴の目に涙が浮かんだ。
    『おおきくなったらたびにいくから。師匠がいい刀を作るには沢山けいけんが必要だって言ってた。だからたびにいく。』
    鷹山の言葉に美鶴は涙を拭ってもう一度花を差し出した。
    『ヨウチャンがかえってくるまでひとりでおるすばんできマス…!』
    『あと、りょうりじょうずがいい。』
    『れんしうシマス!』
    『それから、刀作りのじゃましないこと。おれの収入にたよらないこと。うるさいのは嫌いだ。つまらないやつも嫌い。』
    『シューニュー…?ぜ、ぜんぶれんしうシマス…!だから…!!』
    『なら、いいぞ。大人になったら結婚しても。』
    『ホント…?』
    『うん。』
    鷹山は美鶴の持っていた花束を受け取ると、その中からツユクサを抜き取って美鶴の髪につけた。美鶴は鷹山に抱きついた。
    『ヨウチャン…!ダイスキ…!!』

    美鶴はまるでロマンチックな映画のストーリーのように語ったが、鷹山は過去の自分の上から目線すぎる物言いに呆れ果てていた。呆然とする鷹山に美鶴は期待のこもった目を輝かせて尋ねた。
    「どうですか!?何か思い出しましたか!?」
    「いや…全く記憶にない。」
    むしろ抹消したい。美鶴はそんなクソガキのどこに惚れたというのか。
    「うぅん…僕ってそんなに印象薄かったんですかね…」
    「俺は元々他人のことを覚えている方が珍しい。」
    「そうなんですか…」
    鷹山のフォローがあっても美鶴は残念そうだった。
    「もう絶対に忘れないから安心しろ。」
    鷹山がそう言うと美鶴は右手で目を覆って息をついた。
    「っ!………ようちゃんて凄い不意打ちしますよね……」
    「?」
    「しかも無自覚…!!」


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