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    ue_no_yuka

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    ue_no_yuka

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    能あるタカは心隠す 上季節は依然として秋。今日も鍜冶屋敷の台所は早朝から美しすぎる鼻歌が響いていた。沢で水を浴びた鷹山が屋敷に戻ると、鼻歌が止まった。
    「ようちゃんおはようございます!今日もいい天気ですね♪」
    振り返った美鶴は溢れんばかりの笑顔だった。鷹山は手ぬぐいで濡れた髪をガシガシ掻き回しながら言った。
    「曇りだぞ。」
    しかし美鶴はなおも嬉しそうに言った。
    「ようちゃんがいれば毎日いいお天気なんです!」
    「…洗濯物がよく乾きそうだな。」
    呆れ半分で言う鷹山に美鶴は変わらず微笑んだ。失踪事件(?)があってからというもの、美鶴は終始ご機嫌で今まで以上によく喋るようになった。お喋りは基本嫌いな鷹山だったが、美鶴のお喋りは満更でもなかった。
    食卓に膳が並ぶと、二人はいつものように向かい合わせに座って両手を合わせた。
    「いただきます!」
    「いただきます。」
    本日の朝ごはんは炊きたての白ご飯に、香ばしく焼いた秋鮭、さつまいもと玉ねぎの味噌汁、山菜の入ったきんぴらごぼうだ。鷹山は味噌汁を啜って息をついた。口の中にじんわりと広がるさつまいもと玉ねぎの甘みが、内側から緊張した何かを溶かしていくようで心地良い。鮭を一口、それを追うように白ご飯を一口。塩味で引き締まった脂身の少ないさっぱりとした秋鮭が、白米の熱でほろほろと口の中で崩れる。きんぴらごぼうはピリリと辛いが胡麻の風味を邪魔しない。
    「あ、ようちゃん。」
    鷹山が夢中になって食べていると、美鶴が何かに気付いたように鷹山に声をかけた。鷹山が美鶴の方を見ると、美鶴は手を伸ばして鷹山の口元についた米を取り、そのまま自分の口に運んだ。
    「ついてましたよ。」
    そう言って美鶴はにこりと微笑んだ。鷹山はそんなことをされたのは生まれて初めてで、珍しく見て分かるほど驚いて美鶴を見た。
    「……」
    「あっ、これはNGでしたか!?」
    しまったと焦る美鶴。鷹山はじわじわと湧き上がる羞恥心を紛らわそうと味噌汁を啜った。
    「……別に、構わんが行儀が悪い。他所ではやるなよ。」
    「はい…ごめんなさい…」
    美鶴は耳が垂れた犬のようにしゅんとしていたが、鷹山は驚きと恥ずかしさで早まる動悸が美鶴にばれていないか気が気でなかった。

    朝食の後皿を洗ってから、二人は再び食卓に戻って食後のお茶を飲み始めた。失踪事件以来二人は、朝食後にお茶を飲みながらその日の予定について話すようになった。と言っても鷹山はほぼ鍛冶場に籠るだけなので、美鶴が一人で話すことが多かった。鷹山は美鶴の日程を初めて聞いた時、その細かさに驚いた。美鶴は朝ごはんを済ませて洗い物をした後、洗濯をし、ラジオで天気予報を確認してから洗濯物を干し、屋敷のよく使う部屋をさっと掃除し、仕事に行く前に布団を干して、車で麓に降りる。インターネットが使える場所まで行き、時差六時間のフィンランド・ヘルシンキの朝会議が始まる午後二時三時頃までデスクワークをして、会議が終わったら商店街で買い物をして鍛冶屋敷に戻り、鷹山が鍛冶場から出てくる五時過ぎ頃までに夕食を作って、仕事を終えた鷹山と一緒に夕食を食べ、洗い物をした後次の日の朝ごはんの下ごしらえや保存食や酒類を仕込んだりして、風呂に入り、スキンケアをした後、仕事の書類確認や会議の内容をまとめたりし、軽くストレッチをして寝る。美鶴はいつもなんでもない顔をしてこなしていたが、さすがの鷹山でもその多忙さに絶句し、雪が降り始める前に鍛冶屋敷の電線を増やしWiFiを導入した。案の定生活がだいぶ楽になったようで美鶴は喜んでいたが、その分麓に降りる機会が減り、寛久から鷹山に苦情の電話が入ったりした。
    「今日はお祭りですね!ようちゃん!」
    「ああ」
    「僕、日本のお祭りって久しぶりで楽しみです!」
    そう言って嬉しそうに茶菓子をつまむ美鶴を見ながら、鷹山はお茶を啜った。
    この里では毎年九月の中旬頃に秋祭りが行われる。元々は収穫祭や雨乞いの祭りで、今でもそれにちなんだ踊りや式典がある。山車に神輿、獅子舞や鹿踊りなど様々な出し物が里一番大きな商店街の祭り広場を練り歩き、キッチンカーや屋台、縁日が広場に繋がる通りにずらりと並ぶ。里の人々は祭り好きで、いつもは閑散としている街中も、祭りの日にはどこから湧いてきたのか分からないほど人で大賑わいになる。
    「ようちゃんは夜叉剣舞に出るんですよね!」
    「ああ…」
    夜叉剣舞(やしゃけんばい)は里に昔から伝わる舞踊のひとつで、十五歳から最年長だと九十歳までの男子が参加する。真っ白い着物と袴を身にまとい、腰帯は鮮やかな赤色で、獣のたてがみのような白くて長い毛の付いた鬼面を着け、模擬刀と扇子を持って、二人一組で闘うかのように舞う。
    鷹山は人の多い所は得意ではなく、二十歳になって鍜冶屋敷に一人になってからは祭りにはめっきり参加していなかったが、若者が少なく人手がないことから知人にしつこく頼まれ、今回は渋々引き受けたのだった。何より美鶴に楽しみにされてしまっては、鷹山は断るすべがなかった。

    お茶を終えると鷹山は身支度をし、迎えにやって来た寛久の車に乗って、祭りの準備のために一足先に麓へ降りて行った。美鶴は鷹山を見送った後掃除洗濯を済ませ、屋敷の玄関口に街で買った祭り用の花飾りを飾って、いつも通り仕事をしたあと、昼過ぎ頃に車に乗って鍜冶屋敷を出た。

    美鶴は鷹山と合流するため、出し物の待機所になっている寺の駐車場へ車を走らせた。街の中は全ての店先や玄関先に同じ花飾りが吊るされていて、紙垂のついた注連縄が街中の電信柱に張り巡らされていた。辺りは山車の奏でる祭囃子が鳴り響き、浴衣を着た家族連れやカップルが祭り広場に向かって歩いていた。商店街は概ね通行止めだったので、美鶴は近くのドラッグストアの駐車場の祭り専用駐車スペースに車を止めて寺に向かった。寺の三門をくぐった美鶴の目の前に現れたのは色鮮やかで大きな山車だった。色とりどりの造花に囲まれて中央に滝があり、うねる波と飛沫は本当に勢いのある流れを感じるようだった。その手前で大きく刀を振り上げた男がおり、その足元には大きな赤い鬼が男に踏まれた状態でもがいていた。男は勇ましく快活で軽々とした風貌だったが、その中にどこか凛とした美しさを感じる顔立ちだった。その山車はどこをとっても繊細かつ迫力があったが、中央の男だけはやけに手が込んであった。美鶴はその美しさと荘厳さに呼吸を忘れるほど見とれていた。
    「お!スメラギさん!」
    山車に見入っている美鶴に声をかけたのは、神輿衣装を着た寛久だった。
    「及川さん!こんにちは。」
    寛久は美鶴の横に来ると目の上に手を添えて眩しそうに山車見上げた。
    「すごいべ?今回の山車は傑作よ!なんたって俺が作ったからな!」
    「え!?及川さんが!?」
    美鶴は驚いて寛久を見た。寛久は歯を見せて笑った。
    「俺一人で作ったわけでねえけどよ。今年は山車作りに初めて本格的に参加したんだ。」
    あの辺俺が作った、と言いながら寛久は山車の真ん中の岩のような部分を指さした。
    「今回のテーマは奥原(おくわら)伝説のひどつ、『四代奥原月衡(かつひら)の鬼退治』だ!」
    奥原氏は平安時代にこの里を治めていた一族で、初代暁衡(あけひら)、二代将衡(まさひら)、三代吟衡(うたひら)、四代月衡に渡る。三代吟衡の時代は特に栄え、県有数の観光名所である金色殿も吟衡の時代に建立されたものだ。県内の小学校では『奥原四代天(あま)穿つ。あ…暁衡、ま…将衡、う…吟衡、がつ(かつ)…月衡』と覚えさせられる。奥原氏は鎌倉初期の四代月衡の時代に、将軍に都を追われた武士を匿ったことにより滅ぼされ、その後この里はあっという間に寂れていったのだった。
    「一族を滅ぼしたって月衡の評価は低かったりするけんど、俺は困った人を見捨てず共に刀を握って立ち上がった月衡を誇らしぐ思うぜ。」
    寛久は山車の中央で刀を振り上げて鬼を追い詰める月衡を見ながら腕を組んで言った。
    「なるほど…だからこの月衡のお顔はこんなに凛々しいんですね。」
    「いや、それは山車作りの大将のお孫さんが月衡推しで拘り強がったから。」
    月衡を作るのだけで三月かかったのだと寛久は呆れたように項垂れた。
    「それはそうとスメラギさん、ヨウに会いに来だんでしょ?案内すっから付いで来で。」
    寛久に連れられて美鶴が楽屋代わりのテントに入ると、夜叉剣舞の真っ白い衣装を着た鷹山がいた。いつもはひとつ縛りの襟足を小さくお団子にして纏めていた。美鶴は両手を口元に当てて目を見開いた。鷹山はまた始まった、とばかりにため息をついた。
    「ようちゃんかっこよすぎます…!!いつもは紺の作務衣を着てますけど、白も似合うなんて…!!!うわぁ〜〜〜!!今度白の作務衣も着てみませんか?!」
    興奮する美鶴に呆れた表情を浮かべながら鷹山は言った。
    「落ち着け。あと白は汚れが目立つから嫌だ。」
    「汚れたら僕が洗いますから…!!」
    それでも興奮が収まるところを知らない美鶴。鷹山も白は断固拒否だと言い返す。
    「…なんかスメラギさんて、ヨウの前だと残念なイケメンだな。」
    鷹山と美鶴のやりとりに、寛久は苦笑いで言った。ふと美鶴は鷹山の後ろに山車の衣装を着た少女が隠れて、ちらちらとこちらを見ていることに気付いた。美鶴はその少女を見て驚きのあまり硬直した。なぜならその少女は鷹山の幼い頃に瓜二つだったからだ。
    「…えっ?よ、ようちゃ…?えっ?」
    困惑する美鶴に寛久は腹を抱えて笑った。
    「だべ?!やっぱそうなるべ!!お前ら似すぎなんだよ!」
    「ん?ああ、こいつは従妹の夕依(ゆい)だ。」
    鷹山は片腕を上げて夕依を美鶴に見せた。夕依は鷹山の後ろから出てくると丁寧にお辞儀して挨拶した。
    「花雫夕依(はなしずくゆい)です。小学五年生です。よっちゃんがいつもお世話になってます。」
    「は、初めまして、ようちゃんちに居候させてもらってます。住良木美鶴と申します。…夕依ちゃんて、ようちゃんの小さい頃にすっっっっごいそっくりですね…!」
    美鶴に言われて夕依は照れくさそうに鷹山を見上げ、美鶴に向き直った。
    「えへへ、よく言われるんだぁ。夕依はよっちゃんの小さい頃の写真見たことないから分かんないけど、みんな言うからそうなんだね!」
    そう言って夕依は、鷹山と瓜二つのその顔をふわっと緩めて笑った。鷹山では絶対に見られない表情に美鶴はときめきのあまり胸を押さえた。
    「か…かわいい〜〜〜♡♡」
    「…夕依かわいい?」
    「はい!!とってもかわいいです!!」
    「ありがと…」
    俯いてもじもじとしながら照れる夕依。更にデレデレになる美鶴。何とも言えない表情の鷹山。爆笑する寛久。
    「夕依、今日山車の休憩みっちゃんとご飯食べに行くから、よっちゃんとひろ兄は二人で行って。みっちゃん夕依とデートしよ。いいでしょ?」
    そう言って夕依は美鶴の足に抱きついて、上目遣いで美鶴を見た。美鶴は情けなく顔を緩めて言った。
    「ええ〜どうしましょう、とっても嬉しいお誘いなんですが…」
    「だめだ。」
    美鶴が迷っていると鷹山が口を開いた。鷹山の言葉に美鶴は少し驚いたように鷹山を見た。夕依も同じく驚いた様子だった。
    「なんでよぉ」
    「…だめなもんは、だめだ。」
    夕依に詰め寄られた鷹山は自分でも理由が分からず言葉を濁した。束の間なんとも言えぬ沈黙が生まれたが、すぐにテントの奥から夕依を呼ぶ声がした。
    「夕依ちゃーん、お化粧しますよー!」
    山車のお化粧担当の女性が手をこまねいて夕依を呼んでいた。
    「ほら、行ってこい。」
    鷹山は美鶴から夕依を軽く引き剥がすと、夕依が被っている山車衣装の冠を整えて言った。
    「む〜」
    夕依は頬を膨らませて少し鷹山を睨みながら、テントの奥へ小走りで向かった。鷹山は鼻で小さくため息をついて言った。
    「すまん、あいつは昔から気に入ったやつにはすぐ天狗になるんだ。」
    「いいえ、むしろ光栄ですよ。あんなに可愛い子が懐いてくれるなんて。」
    そう言いながら緩んだ表情で、こちらに手を振る夕依に手を振り返す美鶴を見て、鷹山はまた胸の辺りに蟠りを感じていた。
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    ue_no_yuka

    DONE奥原氏物語 前編

    ようみつシリーズ番外編。花雫家の先祖の話。平安末期過去編。皆さんの理解の程度と需要によっては書きますと言いましたが、現時点で唯一の読者まつおさんが是非読みたいと言ってくださったので書きました。いらない人は読まなくていいです。
    月と鶺鴒 いつか罰が当たるだろう。そう思いながら少女は生きていた。

    四人兄弟の三番目に生まれ、兄のように家を守る必要も無く、姉のように十で厄介払いのように嫁に出されることもなく、末の子のように食い扶持を減らすために川に捨てられることもなかった。ただ農民の子らしく農業に勤しみ、家族の団欒で適当に笑って過ごしていればそれでよかった。あとは、薪を拾いに山に行ったついでに、水を汲みに井戸に行ったついでに、洗濯を干したついでに、その辺の地面にその辺に落ちていた木の棒で絵が描ければそれで満足だった。自分だけこんなに楽に生きていて、いつか罰が当たるだろう。そう思いながら少女は生きていた。

    少女が十二の頃、大飢饉が起こり家族は皆死に絶えたが、少女一人だけが生き長らえた。しかし、やがて僅かな食べ物もつき、追い打ちをかけるように大寒波がやってきた。ここまで生き残り、飢えに苦しんだ時間が単楽的なこの人生への罰だったのだ。だがそれももういいだろう。少女はそう思い、冬の冷たい川に身を投げた。
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