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    ue_no_yuka

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    弐拾参

    烏頭白くして馬角を生ず 下 鳶翔が聞いたミトロフ族の伝説によると、大陸に渡ったのは五人。月衡が匿った武士、月衡の兄・宵衡(よいひら)、その息子・吟千代(ぎんちよ)と吟千代の妻・瑠璃姫(るりひめ)、そして刀鍛冶・忠蘭(ちゅうらん)だった。忠蘭は神通力を使ってその手からありとあらゆる物質を生み出すことができた。忠蘭が作る武器は人智を超え、特に刀は天を穿ち海を割った。忠蘭の弟子となった吟千代がその業を受け継ぎ、その後優秀な職人の一族として代々モンゴル皇帝に仕えたため、大陸に渡った奥原氏は「ミトロフ(鉄を操りし者)」と呼ばれるようになった。現在その奇跡のような業は受け継がれていないが、ミトロフ族は遊牧民族でありながらその集落に鍛冶場を持っており、集落の移動は一帯にいくつも点在する、先祖が作った窯の場所を指標にする。ミトロフ族は忠蘭を神の遣いとして崇め、忠蘭が刀を作る際に使っていたとされる鉱物のついた首飾りを、代々一族の長の証として身に着けていた。ミトロフ族ではその鉱物を「ゾーロン・チューラ(柔らかい石)」と呼んだ。ゾーロン・チューラを使った刀はよく切れるのに、しなる鞭ように柔らかかったという。軽く熱するとぼうっと紫や青色に輝いて美しいが、素のまま身に着けていると人体に害があり、体調不良や目眩、幻覚作用を引き起こすことがある。そのためミトロフ族の首飾りは、ゾーロン・チューラをその毒素を吸収するとされる黒い鉱物の粉末を練りこんだ金具で覆っている。その黒い鉱物は忠蘭がゾーロン・チューラを使った刀を作った時、それを使う武人に必ず共に持つように言っていたものだった。忠蘭の言いつけを守らなかった武人達は皆、ゾーロン・チューラによってその身を蝕まれていったのだった。



    「ゾーロン・チューラはポルサイトっつー鉱石のことだった。自然界で唯一セシウムを抽出できるすげぇ希少な鉱石だよ。ポルサイトが初めて発見されたのは十九世紀。十二世紀の人間がなんでポルサイトを持ってたのかも、当時の技術でどうやってセシウムを抽出してたのかも謎だが、忠蘭は月衡にやった刀におっそろしいもん仕込んでやがったんだよ。」
    鳶翔の言葉を聞いて、美鶴は言葉を失って口元を押さえた。
    「…そんな…一体どうやって……」
    鳶翔と美鶴が深刻な顔つきで黙り込んでいると、他の三人が口を揃えて言った。
    「鳶翔さん」「エンショー」「おい、師匠」「「「せしうむって何だ?」」」
    鳶翔は三人を見て眉間に皺を寄せ、顎を前に突き出して言った。
    「馬鹿どもが」
    「あっ、鳶翔さんひでぇ!」
    詰め寄る寛久を片手でシッシッと払ってそっぽを向くと鳶翔は言った。
    「美鶴、説明してやってくれ。俺はもう疲れた。」
    「!はい…!」
    美鶴は首を傾げる三人に向き直って説明した。
    「セシウムは原子力発電にも使われている放射性の金属なんです。放射能が体の細胞に影響を与え、がんになる危険性が高まることは知っていますね?セシウムは融点が低く、空気に触れると自然発火しますが、他の金属と合わせたセシウム合金は発火せず、日常の様々なところで使われています。例えば、セシウムと水銀の合金はアマルガムといわれ、歯科治療に使われていたりするんですよ。唾液で徐々に溶かされ、身体に害を与える危険性があることが分かってからは使用を見直されているようですが。」
    三人は美鶴の話を聞いてごくりと唾を飲み込んだ。
    「常温で融解してしまうので、本来日本刀を作る過程での高温には耐えられないでしょう。忠蘭さんが鍛冶に一月もかけているのは低温で加工する必要があったからだと思います。」
    そう言って美鶴は、合ってますか?と鳶翔を見た。鳶翔は何も言わずに首を縦に振った。仕組みは不明だが、詠削に含まれたセシウムが腐食する際に空気中に溶けだすことによって、その場にいた花雫家の人間達の脳に幻覚作用を引き起こし、それが記憶喪失に繋がっているようだと美鶴は言った。寛久は顎の髭を触りながら言った。
    「しかし、なんで忠蘭はそんな扱いも面倒くさくて危険なものを刀に仕込んでたんだ?」
    「それは僕も分かりません。」
    美鶴はそう言って、寛久と共に考え込んだ。そんな二人の横で鷹山が口を開いた。
    「…自分のものにしたかったんだ。」
    鷹山以外の若者三人は驚いた表情で鷹山を見た。鷹山はじっと一点を見つめたまま続けた。
    「刀工にとって刀は商売道具であると同時に芸術作品だ。鍛冶に一月もかけたなら余程気に入ってたんだろう。依頼人の命を掌握することで、刀を自分のものにしたかったんじゃないのか。」
    病室に束の間の沈黙が流れた。
    「…ヨウ、おめ、なんか怖ぇ…」
    寛久は眉をひそめ、若干怯えたような顔つきで言った。鷹山はその言葉にハッとして美鶴を見た。しかし美鶴は寛久とはまた違った表情で鷹山を見ていた。
    「なんか、ようちゃんの新しい一面発見って感じで僕…とても興奮します……!!」
    「やっぱりスメラギさんて、ヨウのことになるとほんと残念だよな。」
    息を荒らげて鷹山を凝視している美鶴に、寛久は呆れを顕にして言った。鷹山は美鶴が自分に怯えず通常運転だったことに胸を撫で下ろした。アリョールはそんな美鶴と鷹山を見て美鶴に言った。
    「オマエ、ほんとにヨーザンのヨメなのか。」
    アリョールの問いかけに美鶴は驚いた様子でアリョールを見たあと、恥ずかしそうに微笑んで言った。
    「えへへ…一応ようちゃんとお付き合いしてます。…でも、僕も男ですから書類上の正式なパートナーと言うわけではないんですけどね…」
    「じゃあただの恋人同士ってコトか。」
    アリョールはハッと鼻で笑って言った。美鶴はその言葉に目の下を小さく動かした。最初からずっと口の悪いアリョールだったが、美鶴にだけはどこか特別当たりが強かったように思えた。美鶴はアリョールを真っ直ぐ見つめた。アリョールも美鶴の視線に気付いて睨み返した。美鶴はにこっと営業スマイルを浮かべて言った。
    「Я вам не нравлюсь(僕が何か気に触るようなことをしましたか?)」
    突然のロシア語にアリョールは驚いたように微かに眉を動かした。鷹山と寛久は美鶴が何を言ったのか分からず、間に挟まれて二人を交互に見た。アリョールは美鶴を睨んだままロシア語で返した。
    「Вы знаете об этом(自覚あんのか?)」
    二人の間に電撃が走った。美鶴はかちかちの営業スマイルを浮かべたまま、アリョールはさらに眉間に皺を寄せて睨み合った。間に挟まれた鷹山と寛久は心做しか後ずさりした。寛久は鷹山の耳元に手をやって小さい声で言った。
    「なんか二人仲悪ぐねぇか…?なんで…?」
    「そんなの知るか。こっちが聞ぎたい。」
    鷹山と寛久を余所に、美鶴とアリョールは睨み合いを続けた。
    暫くして美鶴が「それで」と口を開き鳶翔に向き直った。鳶翔も二人の睨み合いの間気配を消して肩まで布団を被り壁側を向いていたので、美鶴に声をかけられてビクッと肩をふるわせた。
    「呪いを解くにはどうしたらいいんでしょうか?」
    美鶴の問いに鳶翔は「ああ、それな…」と苦笑を浮かべて布団から顔を覗かせた。
    「呪いを解く方法は二つ。その一つはもう試した。」
    鳶翔の言葉に美鶴は理解したように口を開いた。
    「破壊…」
    鳶翔は頷いて言った。
    「今回はしくじったが、俺はこの方法で解呪を試みた方が良いと思ってる。もう一つの方法はあまり現実的とは言えんからな。」
    「そのもう一つの方法って?」
    寛久は一歩前へ出て鳶翔に尋ねた。鳶翔は天井を見つめたまま暫く沈黙し、おもむろに口を開いた。

    「雪齋を作ることだ。」

    鳶翔とアリョール以外の三人は驚いて目を丸くした。
    「雪齋をか!?」
    「忠蘭が作ったもう一振の刀を!?」
    詰め寄る美鶴と寛久に鳶翔は言った。
    「雪齋には詠削の力を抑えるために例の黒い鉱石が使われていた。」
    「では、詠削をその黒い鉱石と共に封印すれば…」
    美鶴の言葉に鳶翔は首を振った。そして神妙な顔つきで言った。
    「…これは俺個人の考えで、現実的な根拠みてぇなもんは全く無ぇが……詠削と雪齋は二振で一つの妖刀だったんだ。共にあることで陰陽の均衡を保ち、力を制御し合っていたんだろう。それが、雪齋は戦いの末折れてその力を失ってしまった。片割れとなった詠削は力を制御できなくなり、一族を守るためだったはずのその力は一族を縛るようになっていったんだ。…何より俺は一度詠削に触れている。その異様さはこの中の誰より知っている。」
    病室に沈黙が流れた。各々下を向いて苦しげな表情を浮かべていた時、鷹山がその沈黙を破った。
    「俺が作る。」
    鷹山と鳶翔以外の三人は驚いて鷹山を見た。しかし鳶翔は鷹山の目を見て言った。
    「鷹山、残念だがそれはできん。」
    何故と問い掛けた鷹山に鳶翔は目を閉じて言った。
    「黒い鉱石は鉄や銅を含んではいるが金属じゃない。セシウム程じゃないがこいつも低温で鍛冶する必要がある。しかも一秒たりとも休んじゃならねぇときてる。十日は寝ず飲まず食わずは覚悟しなきゃならん。人が水無しで生きられるのは平均で三日から七日程度、人類の最長記録でも二十日だ。そんな中鍛冶なんて激しい作業でもしてみろ。命が無ぇのは目に見えてる。俺達は忠蘭とは違ってただの人間だ。」
    鳶翔の言葉に鷹山は眉間に皺を寄せて俯いた。
    その時、扉からコンコンと音がして、少し怒ったような表情をした桂樹が病室に入ってきた。桂樹はアリョールに部屋を追い出された後、他の仕事をいくつか片付けて、鳶翔の様子を見に再び病室に戻ってきた。すると鷹山達がまだいて話をしている声が聞こえてきたので、さすがに怪我人相手に長話が過ぎると、鷹山達を病室から追い出した。追い出された鷹山達は一階のロビーへ行き、そういえば新年の挨拶をしていなかったと、お互い挨拶をして解散した。鍛冶屋敷に戻る車の中で、鷹山は鳶翔に言われたことを思い返してずっと黙り込んでいた。そんな鷹山を横目で見ながら、美鶴は憂いを帯びた表情である考えを巡らせていた。
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