Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    ue_no_yuka

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 76

    ue_no_yuka

    ☆quiet follow

    弐拾陸

    比翼の鳥 中の上 鷹山の小学校も夏休みになり、鷹山が一日鍛治屋敷にいるようになって、美鶴は嬉しそうにしていた。二人は夏休みの間毎日朝早く起きて、川に遊びに行ったり、虫取りをしたり、魚を釣ったり、一緒に宿題をしたり、鳶翔の刀作りを眺めたりして過ごした。たまに鳶翔に里へ連れて行ってもらって、博物館に行ったり、里の行事に参加したりした。鷹山は美鶴が来るまでは、学校に行っている時間と寝ている時間以外はずっと鍛冶場にこもって鳶翔の手伝いをしていたので、年相応の子供らしく遊んでいる姿を見て、鳶翔は安心した様子だった。鷹山はその性格からほかの子供達に怖がられたり、一人でいることが多かった。しかし美鶴は鷹山が多少きつい物言いをしたり口数が少なくても、終始楽しそうににこにこしていて、どこに行くにも鷹山の後ろを雛鳥のようについて歩いていた。鳶翔は美鶴の父親から、美鶴が地元の小学校でいじめを受けていたことを聞いていた。そのせいか、美鶴は人の気持ちに酷く敏感だった。だから、ただ態度が素っ気ないだけで全く悪意のない鷹山といるのは気が楽なのだろうと鳶翔は思った。



    ある日、鷹山は美鶴と一緒に薪を拾いに森へ来ていた。ただ黙々と薪を拾っていると、顔を赤らめてもじもじしながら美鶴が鷹山のところへやってきた。そして意を決したように目を瞑ると、その辺で詰んだであろう両手いっぱいの花束を差し出して言った。
    「ヨウチャン、ワ、ワタシとケッコンしてくだサイ…!」
    鷹山は目の前に差し出された花束を見たあと、俯いた美鶴の顔を見た。美鶴の顔は火入れした玉鋼のように真っ赤で、その手は緊張で震えていた。
    「なんで?」
    鷹山にそう言われて美鶴はハッと顔を上げると、長いまつ毛を瞬かせて言った。
    「えっと、ヨウチャンとずっといっしょにいたいから、デス…!」
    美鶴にそう言われて鷹山は瞬きひとつせず答えた。
    「多分むりだ。」
    「ナンデ!?」
    鷹山に断られた美鶴はショックで目を見開いた。そしてその目はだんだんに涙で潤み始めた。しかし、鷹山には以前から考えていたことがあった。そのために大人になっても結婚はしないと決めていた。
    「おおきくなったら旅に行くから。師匠が良い刀を作るにはたくさんけいけんが必要だって言ってた。だから旅に行く。」
    美鶴はぽかんとして鷹山の話を聞いていたが、やがて強気な笑顔を浮かべて両手を握り、鷹山に言った。
    「ならワタシもいっしょにいきマス…!」
    「虫がいっぱいいるところにも行くぞ。」
    「やっぱりムリデス…」
    鷹山の言葉に美鶴はショックを受けたように項垂れた。しかし、ハッとして涙を拭うと美鶴はもう一度花束を差し出して言った。
    「ようちゃんが帰ってくるまでひとりでおるすばんできマス…!」
    鷹山は瞬きをして美鶴を見た。確かに自分が旅に行っていても、相手は家で待っていればいいだけの話だ。それなら、と鷹山は美鶴に向き直って言った。
    「あと、りょうりじょうずがいい。」
    「れんしうシマス!」
    「それから、刀作りのじゃましないこと。おれの収入にたよらないこと。うるさいやつは嫌いだ。つまらないやつも嫌い。」
    「シューニュー…?ぜ、ぜんぶれんしうシマス…!だから…!!」
    「なら、いいぞ。大人になったら結婚しても。」
    鷹山の言葉に美鶴は目を丸くして言った。
    「ホント…?」
    「うん。」
    鷹山はそう言って頷くと、美鶴の持っている花束を受け取った。ふと、鷹山はついこの間鳶翔と美鶴と一緒に里の映画館で見た映画のワンシーンを思い出した。美鶴は夢中で見ていたが、鷹山は何が面白いのかさっぱり分からず、隣でいちいち一喜一憂している美鶴を見ている方が面白かった。美鶴を見ながらたまにスクリーンに目をやって見たその映画では、主人公にプロポーズを受けて花束を渡されたヒロインがその花束から一輪を抜き取って、主人公の胸に付けていた。自分はヒロインではないが、プロポーズを受けた時の肯定の意はああやって表すのだろう。鷹山は美鶴から受け取った花束からツユクサを抜き取って、美鶴の耳にかけた。美鶴の明るい色の髪に、ツユクサの鮮やかな青色がよく映えた。驚いたように丸い瞳をぱちぱちと瞬いている美鶴がなんだかおかしくて、鷹山は小さく微笑んだ。その瞬間美鶴は再び顔をぶわっと赤らめ、鷹山に抱きついて言った。
    「ヨウチャン…!ダイスキ…!!」
    鷹山は驚いて急いで美鶴を引き剥がした。美鶴は真っ赤な顔で嬉しそうに、えへえへと変な笑い方をしていた。そんな美鶴を見て鷹山は頬を赤らめて顔を逸らした。鷹山は最近自分はおかしいと思っていた。美鶴に抱きつかれると心臓が走った時のようにどくどくとうるさくなって、耳の辺りから目の下が熱くなる感覚がするのだ。鷹山は美鶴から貰った花束を近くの切り株の上に置くと、恥ずかしさを紛らわすように急いで薪を集め始めた。
    「ほら美鶴、早く集めないと日が暮れるぞ…!」
    「はぁい…♡」
    美鶴は逆上せたような声で返事をして鷹山の隣で薪を拾い始めた。鷹山は熱の引かない顔を美鶴に見られないよう、必死に背を向けていた。



    その晩、鳶翔は縁側でひとり晩酌をしていた。辺りに響く虫の声はまるで夜空に浮かぶ月が囁いているかのようだった。
    「こら、お子様はだめに決まってるだろうが。」
    後ろからこっそり近付いて鳶翔のお猪口に手を伸ばそうとしていた鷹山の手を叩いて鳶翔は言った。鷹山はちぇっと舌打ちをして、鳶翔の横に少し離れて座った。
    「美鶴は?」
    「……寝てる。」
    そう言った鷹山を見て、鳶翔は目を細めてニヤリと笑った。
    「ふ〜〜〜ん」
    鳶翔は上半身をアーチのように曲げて鷹山を見た。
    「…なんだよ師匠。」
    訝しげな目で鳶翔を見ている鷹山に、鳶翔はニヤニヤしながら言った。
    「美鶴となんかあった?」
    「なっ…なにもない…!」
    鷹山は図星を指されて顔を背けた。
    「…ひょっとして、美鶴にプロポーズでもされたか?」
    鳶翔の言葉に鷹山は驚きのあまり目を見開いて言った。
    「!?…なんで知ってる…!?」
    鷹山の反応を見て鳶翔はアーチのように曲がっていた上半身をくねくねと動かしながら鷹山に詰め寄った。
    「で?で?お前はなんて答えたの?」
    鷹山は気色悪い動きで近寄ってくる鳶翔を押し返しながら、目を逸らして言った。
    「…………いいぞって。」
    その瞬間、鳶翔が酒瓶を上に掲げて立ち上がり、縁側から身を乗り出して叫んだ。
    「ヒューーーウ!弟子が婚約したぞぉ!今日は祝い酒だ!」
    鳶翔の声が山中にこだました。屋敷の二階で美鶴の鼻ちょうちんがパチンと割れた。
    「師匠酔ってるだろ!」
    鷹山は恥ずかしさと呆れに満ちた表情で鳶翔を睨めつけた。
    「あぁん?こんなの酔ったうちに入らねぇよ!」
    鳶翔は明らかにふらつきながら再び縁側に腰を下ろした。鷹山はそんな鳶翔を見ながら大きくため息をついた。
    「それは別にいいんだ、それより…」
    鷹山は胸のあたりを押さえて、深刻そうな表情を浮かべておもむろに口を開いた。
    「…最近美鶴といるとおかしいんだ…心臓が痛くなって、熱が出るんだ。こんなの今までなったことない……おれ、何かすごい病気なんじゃ………おい、何笑ってるんだ。」
    真面目に話している鷹山の横で、鳶翔は口を押さえて笑いを堪えながら震えていた。
    「いやっ…wwwだってお前、それ…wwww恋じゃんwwwwww」
    鳶翔に言われて鷹山は眉間に皺を寄せて首を傾げた。
    「鯉?」
    「現実でほんとにその返しするやつはお前の爺さん以来だ。」
    鳶翔は呆れを通り越してドン引きといった顔で大きなため息をついた。そして鷹山の胸に拳を当てて、鷹山の目を見つめて言った。
    「お前が美鶴のことを他の誰とも違う形で、特別に思ってるってことだ。」
    鳶翔の言葉に鷹山は何か腑に落ちたかのように、自分の胸に手を当てた。そんな鷹山を横目で見ながら、鳶翔は鷹山の頭に手を置いてガシガシと撫でた。
    「鷹山、美鶴のこと大事にするんだぞ。好きな人が自分を好きっつーのは、当たり前のことじゃないんだからな。」
    鷹山は鳶翔の手を鬱陶しそうにどけながら言った。
    「?言われなくたってそうする。」
    鷹山は鳶翔の言っていることをいまいち理解できていない様子だった。鳶翔は少し困ったようにふっと笑うと、鷹山の肩に腕を乗せて言った。
    「よぉし!今日は記念だ!お前も飲め鷹山!」
    「えっ!いいのか?」
    「冗談に決まっとろうが。」
    虫の声が鳴り響く深い山の中、じゃれ合う師弟の声がこだました。夏の夜の低い月はそんな二人を優しく照らしていた。


    八月も中旬に差し掛かり、鷹山も美鶴も夏休みが終わる頃だった。美鶴の帰国の日が明日に迫り、鍛治屋敷は美鶴の父も招いてささやかな送別会が行われた。その間美鶴はずっと表情が陰っていた。鷹山もそんな美鶴を見て浮かない顔をしていた。

    その夜鍛治屋敷の二階で、鷹山と美鶴は二人で天井を見上げたまま布団に寝転がっていた。美鶴は眠るのが怖かった。眠ってしまえば明日が来てしまう。明日が来たらここを出て鷹山と離れ離れになってしまう。そしてフィンランドに帰り、またいじめっ子達のいる学校へ行かなければならないのだ。そう考えると美鶴はじわりと涙が溢れてくるのだった。美鶴が布団で涙を拭っていると、隣の布団から鷹山の声がした。
    「美鶴」
    鷹山に呼ばれて美鶴が隣を見ると、鷹山がその濃い鶸色の瞳を真っ直ぐ向けてこちらを見ていた。
    「もう寝るか?」
    鷹山に再び問いかけられて、美鶴は首を大きく横に振った。鷹山はそうかと言うと布団から起き上がって言った。
    「ついてこい。」
    美鶴は鷹山について布団から起き上がり廊下に出た。鷹山は廊下の一番端の窓を開けて桟によじ登ると、すぐ近くにあった太い木の枝に飛び乗った。そして美鶴を振り返って手招いた。美鶴は窓から下を覗き込むと、顔を真っ青にして首を横に振った。すると鷹山は木の幹に背中をつけ、両手を広げて頷いた。そんな鷹山を見て、美鶴は下を見ながら恐る恐る桟によじ登ると、両手を広げた鷹山に向かって一思いに飛んだ。無事に木に乗り移り、二人は安堵のため息をついた。そして再び美鶴が鷹山のあとについて木を登っていくとやがて屋敷の屋根より高いところに行き着いた。そこには寝転がれるくらいの広さの木の板が固定してあった。鷹山は先に登ると美鶴の手を引いて上がらせた。そこには毛布とランプが置いてあって、鷹山と美鶴は横になって毛布を被った。美鶴は頭上を見て思わず息を飲んだ。
    「わぁ…!」
    「ここがきっと、この里で一番星がきれいに見えるところだ。」
    そこにはスパンコールをありったけ散りばめた薄いベールを引いたような美しい天の川が流れていた。夜空の暗い部分より星の占める面積の方が多いくらい沢山の星が瞬いて、手を伸ばせば掴めてしまうのではないかというほど近く感じられた。
    「すごいすごい!あ!流れ星デス!ヨウチャン!」
    美鶴は夢中になって星を眺めていた。鷹山は夜空を映した美鶴のきらきら輝く瞳を見つめていた。
    「元気になったか?」
    鷹山にそう言われて、美鶴は思い出したように鷹山を見ると、寂しそうな表情を浮かべて俯いた。鷹山はそんな美鶴を見て、夜空を見上げ美鶴の手を握って言った。
    「おれがさびしいとおまえもさびしい。おまえがそう言ったんだろ。」
    「!」
    美鶴は驚いたように鷹山を見た。鷹山は夜空を見上げたまま言った。
    「おれだって同じだ。」
    美鶴は下唇を噛んでグッと涙を堪えた。そして、鷹山の手をぎゅっと握り返すと夜空を見上げて言った。
    「ヨウチャン、ワタシ、ヨウチャンににあうおよめさんになって、ゼッタイもどってきマス…!っ…だがら…待っででぐだざい…!うっ、っ…」
    美鶴の目に映っていた少しぼやけたような夏の夜空がさらにじわりと滲んだ。鷹山はそんな美鶴の隣で微笑んだ。
    「分かった。お前が戻ってくるまでちゃんとここで待ってる。」
    暫くして鷹山が美鶴を見ると、美鶴は泣き疲れてウトウトし始めていた。夏場といえど山の中は冷える上に虫も多いので、鷹山は眠そうな美鶴をなんとか起こして、足を踏み外しそうになる美鶴にハラハラしながら木を降りて部屋に戻った。翌日の朝、美鶴は父親の運転する車に乗って鍛治屋敷を後にした。美鶴は屋敷が見えなくなるまで手を振り続けた。昨晩あんなに泣いていたはずの美鶴は、晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。美鶴の笑顔を見ていると鷹山も胸の奥がふわりと温かくなるのだった。そうして、鍛治屋敷はまた鷹山と鳶翔の二人きりになったが、鷹山はもう以前のように苦しくはなかった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works