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    ue_no_yuka

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    ue_no_yuka

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    弐拾漆

    比翼の鳥 中の下 心做しか教室内が騒がしい。声や物音がというより、視線や空気が騒がしい。休み時間の睡眠を妨げられて鷹山は少し苛立っていた。二年前から本格的に刀を作ることを許可された鷹山は、嬉しさのあまり昼夜問わず鍛冶場にこもっていた。鳶翔はそんな鷹山を見かねて鍛冶場に入れる時間や曜日を制限してしまった。しかしそんなことでは鷹山の刀への執着心は収まらず、刀に関する本や雑誌を自室で夜な夜な読み込んだり、刃文や金属の調合を研究したりして、睡眠時間も削って没頭していた。そのため鷹山は中学に入ってから、休み時間はおろか授業中にもよく居眠りをして、度々教師に呼び出されて注意を受けていたが、その間も頭の中は刀のことでいっぱいだった。そのせいもあって、鷹山の中でその人物の存在は薄れつつあった。

    「ようちゃん」

    ふと頭上から声をかけられて、鷹山は目を開けた。顔を上げると、そこには今まで見たこともないほど美しい青年が立っていた。明るい色の髪に白い肌、髪と同じ色の長いまつ毛、その奥にある凛とした薄茶色の瞳。
    「お久しぶりです。」
    そう言って青年は嬉しそうににこりと笑った。鷹山は青年の顔をまじまじと見つめ、斜め下を見てからもう一度青年を見て、眉を寄せて言った。
    「………誰だ。」
    「えっ」
    青年は呆気に取られた表情で鷹山を見ていた。鷹山は眠い頭を動かして思い出そうとしたが全くもって記憶になかった。そもそもこんな綺麗な人間に一度でも会っていれば忘れるはずがない。その髪の色と不思議なほど引かれる瞳は何か見覚えのある気もするが、それが一体なんだったのか寝不足の頭では思い出せなかった。すると青年は鷹山の机に勢いよく両手をついて、顔を近付けて言った。
    「ミツルです!住良木 美鶴!」
    その名前を聞いて、鷹山の頭の隅に追いやられていた記憶にピンと糸が張られた。鷹山は再び美鶴の顔を見て言った。
    「………美鶴?」
    「はい!美鶴です!ようちゃん!」
    美鶴は鷹山に名前を呼ばれて嬉しそうに頬を染めて笑った。
    「…お前、ほんとに美鶴なのか…?」
    鷹山は美鶴のあまりの変わりように未だ信じられない様子だった。あの頃からまつ毛は長かったし、色も白かった。しかし、真ん丸ぷよぷよだった頬はすっきりして、首筋が見え、シャツの襟元から綺麗な鎖骨が覗いていた。少し長めの髪をハーフアップでまとめていて、後れ毛のかかったこめかみの生え際が妙に色っぽい。
    「はい!ずっとお会いしたかったです、ようちゃん!」
    そう言って目を瞑って笑った顔は、まるで花が開くようで以前と変わらなかった。そんな美鶴を見て鷹山の中には安心と驚きと焦りが混在していた。
    「ところで、事前に連絡ができず申し訳ないのですが、三泊四日ほど鍛治屋敷に泊めて頂けませんか?もちろん掃除洗濯はしますしご飯も朝晩作ります。」
    「…ああ、師匠は留守だが構わん。」
    「ありがとうございます…!」
    美鶴は鷹山の机から手を離して小さくお辞儀をするとにこりと笑って言った。
    「お休みのところすみませんでした。校長先生に許可を頂いたので、学校が終わるまで図書室で待っていますね。」
    「…わかった。」
    鷹山の返事を聞くと美鶴は嬉しそうに「ではまた」と言って教室の出入口に向かっていった。そして、「失礼しました」と言って他生徒達に笑いかけると、教室を出ていった。その瞬間女生徒が何人か倒れ、男子生徒が心做しか前屈みになった。皆固まって静まり返っている教室で、鷹山の後ろの席から寛久が慌てて詰め寄ってきた。
    「え、えっ、今の誰!?芸能人!?お前の知り合いか!?!?」
    「うるさい…俺は寝る……」
    「ちょ、おい!!寝るな!!ヨウ!!!」
    慌てふためく寛久と硬直するクラスメイト達をよそに鷹山は再び眠ろうと机に突っ伏した。しかし先程の衝撃で眠気はすっかり覚めてしまっていた。


    授業が終わって、廊下中から視線を感じながら鷹山が図書室へ行くと、西日に照らされた美鶴が一人、部屋の一角に座って静かに本を読んでいた。明るい色の髪は夕日の色にきらきらと光り、まつ毛が頬に影を落としていた。その視線が手元からこちらに向けられると、鷹山は少し心臓が跳ねたような気がした。鷹山に気付いた美鶴は嬉しそうに目を輝かせて鷹山の名前を呼ぶと、本を閉じ素早く仕舞った。そして足取り軽やかに鷹山に近付いてにこりと笑った。
    「帰りましょう!」
    「…ああ。」

    鷹山は田んぼの畦を歩きながら、やっと消えた鬱陶しい視線にため息をついた。学校を出ればましになるかと思いきや、里の中でも四方八方から常に視線を感じ落ち着かなかった。一番強い視線は今も尚、隣に健在なのだが。
    「ようちゃん、大きくなりましたね。昔は僕の方が大きかったのに。」
    美鶴は鷹山を頭のてっぺんからつま先まで何度も見返しながら言った。
    「言うほど変わらなかっただろ。」
    鷹山は落ち着かない様子で少しあきれたように言った。美鶴と過ごした夏休みは六年前。その頃鷹山は至って平均的な身長だったが、小学校高学年で急に伸び始め、現在は校内でも屈指の高身長だった。そのため様々な運動部からの勧誘が後を立たなかったが、鷹山は小学校の頃から続けている剣道部に所属していた。美鶴と鷹山は六年ぶりに二人で山道を歩きながら話をした。といっても鷹山は相槌を打つくらいで、ほとんど美鶴が一人で喋っていた。鷹山は美鶴の話を聞きながら、以前に比べて段違いに上手くなっている日本語に密かに感心していた。
    「家族旅行で父の実家の新潟に来ていて、僕だけようちゃんに会いにこちらへ来たというわけです。折角ならお祭りまで居たかったんですが、四日後の夜の飛行機に乗らなければいけないので、こちらに滞在できるのがお祭り初日の午前中までなんです。」
    美鶴はしゅんとして言った。話をしながらころころと変わる美鶴の表情を見ながら鷹山は、美鶴の容貌がいくら変わっていても、中身は変わらずそのままだと感じた。


    食卓に並んだ料理を見て鷹山はごくりと唾を飲んだ。ワカメと豆腐の味噌汁に、炊きたてご飯、ツルムラサキのおひたし、塩茹でのインゲンと人参に………
    「ハンバーグ…!」
    感動のあまり思わず声に出して言った鷹山を見て、美鶴は嬉しそうに笑った。そして二人で向かい合わせに座ると手を合わせた。
    「「いただきます」」
    鷹山は味噌汁を一口飲んでから、右手を茶碗に持ち替えるとすぐさまハンバーグを口に運んだ。美鶴は緊張した様子で鷹山の反応を見ながら恐る恐る尋ねた。
    「…ど、どうでしょうか…?」
    鷹山は白米を口に入れよく噛んで飲み込むと、感激した表情で言った。
    「美味い…!」
    それを聞いて美鶴は嬉しさで飛び跳ねそうになるのを必死で堪えながら、鷹山を見つめて言った。
    「おかわりもありますよ!」
    目の前で本当に満足そうに自分の料理を食べる鷹山を見て、喜びのあまり発狂しそうになるのを抑えながら美鶴は目を瞑って微笑んだ。


    食事が終わり、美鶴が風呂を沸かしている間に鷹山は食器を洗った。風呂の用意ができると、鷹山は美鶴を先に風呂にいかせ、鷹山は自室で本(もちろん刀に関する)を読み始めた。ふと鷹山は、六年前はいつも二人で一緒に風呂に入っていたことを思い出した。美鶴が父親とはぐれて鍛治屋敷に泊まることになった日、美鶴と一緒に風呂に入って初めて鷹山は美鶴が男であることを知ったのだった。六年前は特に何とも思わず入っていたが、今の美鶴と一緒に風呂に入るとしたら…そう考えた瞬間、鷹山は昼間に少しだけ見えた、シャツの襟元から覗いていた形のいい鎖骨を思い出してしまった。鷹山はまだ風呂に入ってもいないのに逆上せたように一気に顔が熱くなった。目を瞑って頭を横に振り深呼吸すると再び本を読み始めた。しかし今度は、そのシャツを肩まではだけて艶っぽく乱れる姿を想像してしまい、鷹山は本を強く閉じて机に置くと、正面の壁に勢いよく頭を打ちつけた。衝撃で本がいくつかバサバサと棚から落ちた。基本的に他人に興味は無く、年頃で周囲がそういった話で盛り上がっているのを全く理解できなかった鷹山だったが、美鶴に対してだけは別だった。鷹山はここ数年で初めて刀以外のことで脳内を占領されて困惑していた。


    風呂から上がった美鶴を、鷹山は布団を用意した二階の一室に案内した。美鶴は一人分だけ敷かれた布団を見て鷹山に尋ねた。
    「一緒の部屋で寝ないんですか…?」
    鷹山は美鶴の言葉にドキッとして顔を背けた。
    「も、もう小さい子供じゃないんだ。俺は一階に自分の部屋があるからそこで寝る。疲れただろ、ゆっくり休め。」
    「はい…」
    鷹山は先程のことが思い出されて恥ずかしさのあまり美鶴の顔が見れず、ずっと美鶴に背を向けたまま話していた。美鶴は鷹山の言葉にしゅんとして耳が垂れた子犬のように落ち込んだ。鷹山はおやすみと言って部屋から出ていった。美鶴もおやすみなさいと言って、去っていく鷹山の背中を寂しげな表情で見つめていた。


    そうして、鷹山と美鶴は三泊四日の間鍛治屋敷で二人きりで過ごした。美鶴は料理掃除洗濯だけでなく、畑の手入れをしたり、買い出しに行ったり、屋敷の壊れかけている所を修繕したりなど、その有能ぶりは目を見張るものだった。鷹山は普通に学校があったので日中は留守にしていたが、買い出しに里に降りた美鶴と学校終わりに待ち合わせて一緒に帰ったり、料理を手伝ったりと、一緒にいられる時間はできるだけ共に過ごした。鷹山は美鶴の美貌に度々気圧されて、落ち着かない様子だったが、無邪気な笑顔や刀の話を楽しそうに聞く姿を見ていると、心が安らいで思わず笑みがこぼれるのだった。
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