今ならわかる。母さんは、父さんからもらった文をいつも大事そうに胸元に抱いてた。
菓子をもらった日には、「これはあの人からの恋文なの」って目に涙を浮かべながら口にして大事に食べようねって俺にも菓子を分けてくれたんだ。
「平助にもいつか一緒にお菓子を食べたいと思える人が現れるといいね。」
そう言って俺とは対照的に大切に大切に菓子を食べる母さんの言葉の意味がその頃の俺にはあまりよくわからなかった。
菓子は菓子だ。そんなにも思うのならどうして母さんに会いに来てやらないんだという怒りさえ覚えた。
菓子も金も、自分の罪悪感を掻き消すための自己満足でしかないだろうと口からこぼれそうな言葉を俺はいつもぐっとこらえていた。
「お茶をお持ちしました。」
控えめな声がして俺の意識は一気に現実へと引き戻される。「…っ、あぁ、お前か。」そう返事をすると部屋の外から頬を膨らませたお前が顔を覗かせる。
「誰か、待っていた方がおられたんですか」
「いや、少し昔のことを思い出していたんだよ。」
「昔…」
「俺、前にも言ったかもしれねぇけど、人と菓子を分け合う意味ってわからなかったんだよ。好いてる女に菓子を贈りたいっていう気持ちも、さ。でも、」
「でも、」
「お前と離れている間、ふと菓子屋が目に入るとお前が喜びそうだな、とか考えるようになってさ。あぁ、こういうことかって…」
お前は俺の話をどう思っているのだろうか、何も言わずにじっと聞いている。
「…母さんが、」
それでも、言葉があふれて止まらない。声が、少し掠れた。
「母さんが、菓子は会えない時間を埋める恋文だって言ってたんだ。今なら何となくそう思うよ。」
俺は、これから先もできる限りお前と一緒に菓子を食べながら、あーだこーだと他愛もない話をしたいと思うよ。
それから、たとえ会えなくなったとしても、お前に文を書くことが許されない時間が来ても俺はお前に菓子を贈るだろう。
どれだけ遠く離れたとしても、もう二度と顔を見ることが叶わなくなったとしても、お前と食べたい菓子を、一緒に食べた菓子を、それから俺がお前を思いながら食べた菓子をお前に贈るだろう。
だから、離れていたって平気だ。
菓子が俺とお前を繋いでくれる。
だから、どうか、許してくれ。
俺はお前に黙ってもう少しでこの屯所を去ることを…。