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    ue_no_yuka

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    ue_no_yuka

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    参拾弐

    タカは飢えても穂を摘まず 上「二度とお前には運転させない。」
    「右に同じです。」
    なんとか無事屋敷に戻った後、よろけながら車から降りた鷹山と美鶴は、揃ってチベスナ顔でアリョールに言った。
    「ウルセー!お前が運転しろって言ったんだろヨーザン!」
    アリョールは猫が威嚇するように鷹山を睨みつけた。そんなアリョールをよそに鷹山は、足元をふらつかせた美鶴の肩を抱き留めて言った。
    「怪我はないか?美鶴…」
    「ありがとうございます…ようちゃんこそ…」
    美鶴は肩にある鷹山の手に自分の手を重ねて、鷹山を見つめた。二人の世界に入っていこうとする鷹山と美鶴の間に勢いよく手刀を入れてアリョールは怒鳴り散らした。
    「オメーら、オレの前でイチャつくんじゃネー!!」
    暴れるアリョールの頭を片手で抑えながら、鷹山は車の後部座席に目を向け、眉間に皺を寄せた。
    「あの禍々しい刀をどうにかしないとな…。」


    鷹山は詠削を屋敷の二階の一番奥の部屋で、刀掛けに置いて純白の布をかけた。
    「折らねーのカヨ?」
    アリョールは一階に降りてきた鷹山を訝しげな顔で見ながら尋ねた。美鶴も些か心配そうな表情で鷹山を見ていた。鷹山はそんな二人を見て、しばらく沈黙した後、静かに頷いて口を開いた。
    「折らない。俺は雪齋を作ることにした。」
    鷹山の言葉に美鶴とアリョールは驚いて目を見開いた。アリョールは声を荒あげて鷹山に詰め寄った。
    「エンショーも言ってたダロ!!雪齋を作るのは不可能だ!!…オマエが壊さねえなら、オレがやってやる…!!」
    二階へ向かおうとするアリョールの腕を掴んで、鷹山はアリョールを力強く睨みつけた。
    「あれを壊す気なら、腕を折る。」
    「あぁ!?やってみやがれ!!」
    美鶴は今にも殴りかかっていきそうなアリョールを抑えながら、鷹山の腕を抑えて言った。
    「二人ともやめてください!…ようちゃん、奥の間で何かあったんですね?」
    真剣な眼差しで尋ねる美鶴の目を真っ直ぐ見て、鷹山は頷いた。
    「ああ。俺は詠削の記憶を見た。」
    美鶴は少し驚いたように小さく息を飲み、何か察した様子で口を結んだ。一方のアリョールは更に苛立ちをつのらせながら、腕を掴んでいた鷹山の手を勢いよく振りほどいて言った。
    「だから何だってんだよ?オレは…」
    「分かりました。」
    美鶴はアリョールが言い終わらないうちにそう言った。美鶴の表情はいつもの笑顔だった。
    「ようちゃんがそう決めたのなら、僕は協力します。」
    鷹山はそんな美鶴を見て、小さく笑みをこぼして言った。
    「…すまん。」
    アリョールは呆気に取られて言葉を失っていた。そして眉間に皺を寄せ、癖のある髪をわしゃわしゃと掻き回すと、大きくため息をついて言った。
    「っ分かったよ…!ヨーザン、オマエがそこまで言うならオレも協力してやる。」
    「お前は別にいい。」
    鷹山はチベスナ顔で冷たく言い放った。
    「あぁ?!」
    再び苛立ちを顕にするアリョールの肩に手を置いて美鶴が言った。
    「ようちゃん、彼はこんな感じですが、鍛刀には覚えがあるそうですよ。彼ほど心強い味方はいないかと。」
    「おいミツル、こんなカンジって何だ。」
    アリョールの言葉を無視して、美鶴は微笑んだ。鷹山も美鶴がそう言うならと頷いた。アリョールは二人の態度に苛立ち、再び怒鳴り散らした。今だかつてないほど、鍜冶屋敷は賑やかだった。


    三人は囲炉裏を囲んで座り、アリョールが雪齋について語るのを聞いた。アリョールは灰均しで囲炉裏の灰を盛り上げながら言った。
    「雪齋の鍛刀に使われたとされているのはコイツ、黒雲母だ。」
    アリョールはポケットから黒い鉱物を取り出して二人に見せた。美鶴はそれを受け取ってまじまじと見つめながら言った。
    「雲母…って花崗岩などに含まれる鉱物のことですよね。」
    美鶴の言葉に鷹山は頷いて言った。
    「ああ。黒雲母は特に火成岩に含まれる鉱物で、鉄をより多く含んでいる。ほかの雲母より伝導性が高く加熱しやすいから、フライパンに使われていたりする。詠削に使われていたポルサイトと比べればどこでも手に入る代物だな。」
    アリョールは灰均しを置いて、右手の親指を立てて言った。
    「まずはソイツを細かく砕いてフンマツジョーにする。そんで皮鉄(かわがね、刀の芯となる心鉄に対し、刃の部分になる外側の鉄)に混ぜる。そこからが大変なんだ。黒雲母はさっきヨーザンが言ったように加熱しやすい。だが一気に加熱すると、本来不純物である黒雲母は分離しちまう。だから低温で鍛冶する必要があるんだ。」
    鷹山は顎に手を当て、考え込むように俯いて呟いた。
    「黒雲母を分離させないようにしつつ、刀として機能するよう折り返し鍛錬の回数を増やすといったところか…。しかし、肝心な玉鋼はどうする?いつも刀を作る時は依頼主に購入させているからいいものの、自費でとなると相当金がかかるぞ。あれは貴重だからな。」
    美鶴は眉間に皺を寄せて頭を悩ませる鷹山を見、自分の貯金額を思い出して頷くと、財布係に志願しようと身を乗り出した。すると、再び灰均しを手に取って盛り上げた灰山に登山道を作り始めながらアリョールが言った。
    「きっとエンショーが、チューランが使ったのと同じのを持ってる。」
    鷹山と美鶴は驚いてアリョールを見た。
    「本当ですか?」
    アリョールは頷いて言った。
    「ああ。村を出る前、兄貴にしつこく頼み込んでるの見たからな。破壊がどうしても上手くいかなかった時は最終手段として、ソイツを使って雪齋を作るつもりだったんだろう。」
    それを聞いて鷹山の表情が陰った。鷹山は俯いて、どこか寂しげな表情で言った。
    「師匠はいつもそうだな。俺には何も教えてくれない。」
    そんな鷹山を見て、アリョールは鼻でため息をついて言った。
    「な、分かるだロ。相手をタイセツに思うなら、素直に心の内を打ち明けるべきだ。それがケッキョクお互いのためになる。」
    アリョールは美鶴を見ていたずらな笑みを浮かべた。美鶴は苦笑しながら頷いた。鷹山は二人がいつの間に仲良くなったのかと首を傾げた。


    夕食と入浴を終え自室に戻ると、鷹山は机の横に置いてあった刀に関する本を手に取って読み始めた。鷹山は刀のことに関しては一度読めばその内容を一言一句覚えることができたので、読み終わった本は特に気に入ったものを除いて全て売りに出していた。そのため鷹山は今まで読んだ数に比べて、持っている数は極わずかだった。
    正直なところ鷹山は不安だった。十日寝ず飲まず食わずの鍛刀なんて想像もつかなかった。若くして一人前と呼ばれるまでになった鷹山だったが、人として経験が足りずまだ未熟であることは充分自覚していた。そんな自分が妖刀を作れるのか。もう既に内容を暗記している本を読むという行為はそんな不安を紛らわせるためでもあった。作れるのかではなく、作るのだ。鷹山はそう自分に言い聞かせながら、何度も読み返してボロボロになったそのページをめくった。すると、背後から襖をとんとんと叩く音がした。
    「ようちゃん、僕です。今入ってもよろしいですか?」
    鷹山は本を閉じて返事をした。
    「ああ」
    美鶴は襖を開けて入ってくると、どこか浮かない顔つきで鷹山の斜め後ろの少し離れたところに座った。鷹山は向き直って美鶴を見た。美鶴はしばらく言葉に迷ったように目を泳がせ、顔に影を落として俯いた。
    「…すみませんでした…」
    「なんで謝る。」
    鷹山は床に手をついて美鶴に近寄った。美鶴は膝に置いた手に力を入れて言った。
    「僕は…ようちゃんの気持ちを考えているつもりで、全く考えていませんでした……ようちゃんが支えを必要としている時に、僕はあなたを突き放すような言葉を言ってしまった……」
    美鶴の肩は僅かに震えていた。美鶴は苦しげに顔を歪め、下唇を噛んだ。鷹山はそんな美鶴を見て困ったように小さく微笑んで、そっと美鶴の頬に触れた。
    「…過ぎたことだ。それに、お前に何を言われようと俺の選択は決まっていた。何があっても、花雫は助けるし、お前も手放さない。だから気にしなくていい。」
    鷹山の言葉に美鶴は俯いたまま目を見開いて、膝の上で拳を強く握りしめた。
    「…っでも……ようちゃんのこと、傷付けました……」
    そんな美鶴の頬を優しく撫でて鷹山は言った。
    「いい……俺は、お前が花雫の屋敷に駆けつけてくれただけで十分だ。」
    美鶴は顔を上げて鷹山を見た。美鶴の薄茶色の瞳は今にもこぼれ落ちそうな雫で滲んでいた。鷹山は再び小さく微笑んで、自分の胸に美鶴の頭をもたれさせ、その柔らかい髪を撫でた。鷹山の服に滴り落ちた雫が滲んだ。美鶴は鷹山の服の裾に力無く触れて、震える声で言った。
    「…ごめんなさい……僕は…あなたのそばにいてもいいですか…?」
    鷹山は目を閉じてふっと笑って言った。
    「最初から言ってる。美鶴、ずっと俺のそばにいてくれ。俺にはお前が必要なんだ。」
    鷹山の言葉に美鶴は、鷹山の胸に頭をもたれさせたまま微笑んで言った。
    「はい…もちろん、喜んで……」
    鷹山は美鶴の頭を撫でながら窓の外に目をやった。その日も雪は静かに降り積もっていた。


    次の日、鷹山達は安全な美鶴の運転で、鳶翔のいる病院へ向かった。病室に入ると、朝食を終えた鳶翔が食器を下げに来たナースにデザートの甘味を要求しているところだった。鷹山達に気付くなり鳶翔は期待のこもった眼差しで言った。
    「おう、お前ら!なんか甘いもん持ってないか?」
    鷹山とアリョールは呆れた表情でため息をついた。美鶴もくすくす笑いながら、手に持っていた紙袋を差し出した。
    「そうおっしゃるかと思って、昨晩がんづき(醤油や味噌と黒糖で味付けし、上に胡麻と胡桃をのせた甘い蒸しパンのような東北の定番おやつ)を作ったので持ってきましたよ。」
    それを聞いて鳶翔は目を輝かせて言った。
    「おぉ、さっすが美鶴!気が利くぜ〜!まったく病院食ってのは味気なくてかなわねぇ。」
    鳶翔は美鶴から紙袋を受け取って、嬉しそうにがんづきを取り出した。ナースが部屋から出ていくと、鷹山達はベッドの脇に椅子を置いて腰を下ろした。
    「師匠、どうだ?傷の具合は。」
    「どってこたねぇよ。俺ぁ無駄に丈夫な身体がウリだからな。」
    「そうか…」
    機嫌良さげにがんづきをちぎってを口に運ぶ鳶翔を見ながら、鷹山は心做しか安心した様子だった。

    鳶翔ががんづきを平らげたところで、鷹山はおもむろに口を開いた。
    「師匠」
    「?なんだ。」
    「昨日、花雫の屋敷に行ってきた。」
    鳶翔は一瞬ピクリと反応したが、落ち着いた様子でがんづきの入っていた紙袋をたたみながら言った。
    「…そうか。」
    「奥の間に、入ったんだ。詠削をこの目で見て、触れた。」
    鷹山の言葉に鳶翔は手を止めて鷹山を見た。
    「……壊したのか?」
    鳶翔の問いかけに鷹山は首を横に振って言った。
    「いや、壊してない。」
    「そうか、お前でもダメだったか。」
    鳶翔は小さくため息をついて言った。鷹山は一呼吸おいて本題を口にした。
    「師匠…俺は、雪齋を作る。」
    その言葉に鳶翔の目の色が変わった。鳶翔は鷹山に視線を向けないまま、低い声で言った。
    「だめだ。危険だと言ったはずだ。」
    鷹山は真剣な眼差しで鳶翔を見つめて言った。
    「それでもやる。玉鋼を渡してくれ。」
    「何度言っても無駄だ。」
    鳶翔は頑なに首を横に振った。
    「忠蘭は一人だったが、俺は一人じゃない。あいつと一緒に作る。」
    鷹山は親指でアリョールを指して言った。鳶翔はそれを聞いて目を丸くして言った。
    「アリョールか?あいつは村でも一番出来がわr…」
    鳶翔が言いかけた瞬間、アリョールは大きく咳払いをしてニコッと笑って言った。
    「エンショー、だまれ。」
    そんな二人のやり取りに違和感を覚えつつも、鷹山はすぐさま鳶翔に向き直って言った。
    「…とにかく、俺はやる。俺は師匠の弟子だ。師匠の背中を見てなんでも学んできた。師匠がやるつもりだったなら俺がやる。」
    鷹山は鶸色の瞳を真っ直ぐ鳶翔に向けていた。そんな鷹山を見て、鳶翔は同じ目をした男のことを思い出した。その男の無茶振りにいつも付き合わされて、柄にもないことを沢山した。今でさえ、その男か今際の際に放った一言のおかげで苦労している。幼いうちに親元を離れ、家族の愛も知らずにふらふらと生きてきた自分が、親を失った七歳の子供を一人で育てていけるのか、正しく愛せるのか分からなかった。しかしその子供は、自分を姿を見て真似て、子供なりにこんな自分からも愛情を感じて、ここまで大きくなっていたようだった。鳶翔は言葉に詰まったように目を逸らし、拳を握りしめて言った。
    「…無茶だ。神々の時代でも、物語の中でもないんだ。妖刀を作るなんて、意図してできることじゃない。」
    鷹山はそれでも鳶翔の目を見て言った。
    「師匠、俺が言ってるのはできるできないの話じゃない。やるやらないの話だ。俺はやる。だから、玉鋼を渡してくれ。」
    「っ…」
    鷹山はただ黙って、鳶翔の目を見つめていた。鳶翔は苦しげに顔を歪めて沈黙した。そして暫くして、枕元から丈夫そうな巾着袋を一つ取り出すと、鷹山に差し出して言った。
    「無理はするな。死にそうになったら死ぬ前にやめろ。」
    鷹山は目を輝かせてそれを受け取った。中を見ると、玉虫色に輝く、今まで見たことがないほど見事な玉鋼が入っていた。鷹山は思わず息を飲んだ。これが神と呼ばれた刀工が使っていた玉鋼なのかと、鷹山の手元を覗き込んだ美鶴とアリョールも驚いた様子で見入っていた。言葉を失って眺めている鷹山に、鳶翔は咳払いをして言った。
    「分かったら返事。」
    鷹山は再び鳶翔を見て言った。
    「はい!…ありがとう、師匠。」
    鳶翔はそんな鷹山を見て困ったように微笑むと、いつものように鷹山の頭をガシガシと撫でた。




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