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    ue_no_yuka

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    POIPOI 97

    ue_no_yuka

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    参拾捌

    次回、たぶん最終話

    呪いはひよこの如くねぐらに舞い戻る 下 何もない真っ白な空間に一人佇んだ鷹山は、ゆっくり息をついてから、その空間に向かって言った。
    「…詠削、いるのか?」
    すると、どこからともなく声が聞こえてきた。

    …主の吾子よ……これは雪齋ではない………

    その声に鷹山は頷いて言った。
    「ああ。その刀は俺が作ったからな。本物の雪齋ではない。」

    ………雪齋は…主は…戻ってこぬのか………

    「…ああ。戻ってこない。」
    鷹山の言葉に声の主は沈黙した。声の主の姿は見えないが、それはどこか寂しげな沈黙だった。しかし鷹山は小さく微笑んで言った。
    「だがお前はもう孤独ではないだろう。これからはそいつと一緒に、花雫を守っていってくれ。」
    再び沈黙が流れてから声は答えた。

    ……これに、私の力を抑えられると言うのか……

    その声色は少し不安げだった。鷹山は目を瞑って頷きながら言った。
    「ああ。きっとお前の支えになってくれる。」

    ………また…いなくなったりせぬか………

    未だ不安げなその声に、鷹山は自信を持った表情で言った。
    「大丈夫だ。そいつは雪齋よりも強く作ったつもりだ。皮鉄を二種類に分け、棟の表面に黒雲母を含んだ皮鉄を使い、刃の部分は折り返し鍛錬を極限まで行った精度の高い丈夫な鋼を使った。心鉄も炭素量の少ないものを厳選し、より衝撃を吸収しやすいようにした。当時には無かった新々刀の作刀技術と、今の俺にできる限界を尽くした。と言っても、忠蘭ならばその程度施していたかもしれんがな。」
    つかの間の沈黙の後、声は響いた。

    ……あいわかった………我が主の吾子よ…お前の望み通りこれからも主の吾子達を守り続けよう……お前の打ったこやつと共に……

    その声色には、もう不安や寂しさは感じられず、心做しか明るくなった気がした。鷹山は嬉しそうに微笑んで言った。
    「ありがとう詠削。……そいつは雪齋ではないから別の名前が必要だな。」
    鷹山は顎に手を当ててしばらく考え込んだ後、思いついたように顔を上げ、真っ白い空間に向かって言った。
    「雪洞(ぼんぼり)、なんてどうだ?」
    同じ玉鋼に同じ黒雲母で、雪齋の役割を果たすために作った「ほんのり」雪齋のような存在。人間離れしたあの忠蘭が作った雪齋には遠く及ばないかもしれないが、込めた思いやその強さはきっと負けない。鷹山はそう思っていた。

    …雪洞……腑抜けた響きだ……

    「雪齋の弟のようで良いだろう。」

    …ああ、腑抜けたあやつの、腑抜けた弟のようだ……

    声はどこか嬉しそうに聞こえた。いつの間にか声は聞こえなくなって、静まり返った空間で、鷹山は安らかに目を閉じた。




    どこからか、賑やかな声が聞こえる。美味しそうな食事の匂いが鼻をくすぐり、鷹山はゆっくりと目を開けた。そこには見慣れた鍜冶屋敷の天井があった。窓から見える空は青く晴れ渡っていて、暖かな日差しが窓辺に差し込んでいた。傍らを見ると、愛しい人がいつかと同じように、自分の手を握って正座したまま船を漕いでいた。鷹山は目を細めてフッと笑うと、柔らかい明るい色の髪に触れて、その名前を呼んだ。
    「…美鶴。」
    鷹山の声に美鶴はハッと目を覚ました。そして鷹山を見ると、美鶴の目にはじわじわと雫が溢れ出した。
    「ようちゃん…!良かった、目が覚めたんですね…!あれから丸三日も眠っていたんですよ…!」
    そう言って美鶴は両手で鷹山の手をぎゅっと握りしめた。
    「そんなに寝てたのか…」
    鷹山はゆっくりと身体を起こして、美鶴の頭を撫でた。すると襖が勢いよく開いて、ちゃんちゃんこを羽織ったアリョールがお粥をかきこみながら部屋に入ってきた。
    「ヨーザン!オレの方が先に起きたからオレの勝ちだ!」
    アリョールは口元に米粒つけて得意げに鼻を鳴らした。
    「お前も昨日起きたばっかりだろうが。」
    ドヤ顔で仁王立ちしているアリョールに、鳶翔は襖に寄りかかって腕を組みながら、呆れたように言った。鳶翔は鷹山を見ると、フッと鼻で息をついて微笑んで言った。
    「花雫の奴らはみんな無事だ。…なんだか、ずっと忘れていたことをいきなり思い出したとかで、親戚中混乱してるみてぇだけどな。」
    それを聞いて鷹山は遠い目をした。やはり、皆それぞれ失った記憶があったのだ。今頃、辛かった記憶や大事な人の記憶を思い出して、皆鷹山と同じように胸を締め付けられ、苦しい思いをしているだろう。だがしかし、そんな辛い気持ちを愛し合える人々と共に乗り越え、暗い過去も自分の一部として胸の内に抱えながら、それでも幸せを求めて生きていく、それが人として生きるということなのだ。
    「そうか…良かった…」
    鷹山はそう言ってはにかんだ。鳶翔もそんな鷹山を見て目を細めた。そして思い出したように言った。
    「そういや燕匁、お前の叔母さんが、お前が起きたら話をしたいと言ってたぞ。お前の母ちゃんのことを忘れていたせいで、お前を甥と思えず冷たい態度を取っていたことを謝りたいそうだ。」
    「ああ、分かった。」
    鷹山はそれを聞いて心做しか嬉しそうに頷いた。燕匁は年の離れた姉である鷹山の母のことをとても慕っていた。だから、姉が亡くなってから酷く落ち込んで、それまでは明るく活発だった燕匁はすっかり気力を失ってしまった。しかし、ある年を境に突然元気を取り戻したかと思えば、鷹山に対して冷たい態度を取るようになった。始めは困惑していた鷹山も、それから間もなくして母の記憶を失い、二人の関係はぎこちないものになっていった。そんなことを思い出して鷹山は、燕匁と早く和解して、母の話がしたいと思った。
    その時、鷹山の腹の虫が大きな音を立てて鳴いた。鷹山は恥ずかしそうに頭をかいた。美鶴はくすくすと笑うと、立ち上がって言った。
    「いきなり食べると死んじゃいますから、何か流し込めるものを用意してきますね。」
    台所に向かっていった美鶴の後について、アリョールは椀を差し出して言った。
    「ミツル!オレ、オカワリ!」
    「だからいきなり食べたら死んじゃいますってば!せっかく生きて帰れたのに死にたいんですか?」
    「真に受けるなヨ。ロシアンジョークだ。」
    じゃれ合う二人の背中を見て、鷹山と鳶翔は呆れたように笑った。鷹山は窓の外に目を向けると、眩しい日差しに目を細めて言った。
    「…師匠、全部終わったんだな。」
    鷹山の清々しい横顔を見て、鳶翔は小さく笑を零した。そして、両手を頭の後ろで組んで、息をつきながら言った。
    「ああ。やぁっとお前の爺さんの厄介な遺言から解放されるぜ。これで俺も心置きなくおっ死ねるってわけだ。」
    「縁起でもないこと言うな。」
    ジトリと鳶翔を睨みつけながらもどこか寂しそうな鷹山の頭をガシガシと撫でて、鳶翔はいつものようにカカといたずらに笑ってみせた。



    それから一月後、鷹山もアリョールもすっかり回復した。あんな調子だったアリョールだが、最後まで刀作りができず倒れてしまったことに己の未熟さを感じていたようだった。一度故郷へ戻り、ミトロフ族の鍛刀技術を身につけて再び鍜冶屋敷に戻ってくると言い、最後まで悪態をつきながらロシアへ帰っていった。美鶴は本格的に日本でのプロジェクトが始動し、忙しい日々を送るようになった。屋敷を空けることも多くなり、鷹山と過ごす時間が減って美鶴は残念そうにしていたが、新しく花雫家の当主になった、夕依の父・武夫と協力して、プロジェクトは幸先のいい踏み出しを見せていた。武夫が当主になることにあれだけ反対していたはずの雲雀は、身体が回復してから鷹山と武夫に提案されると、以前の態度が嘘のようにあっさりと承諾した。雲雀の目は以前のような虚ろな目ではなく、蘇芳色の美しい目になっていて、表情も豊かになった。そんな雲雀の姿を見て鷹山は当主になる前の雲雀の姿はこんなふうであったことを思い出した。あの虚ろな目をした雲雀は、詠削の力に飲み込まれ、正気を失っていたのではないかと鷹山は思った。鳶翔は、今度はちゃんと鷹山に伝えてから、日本一周の旅に出ていった。鳶翔曰く旅に大きな目的は無く、ただ甘いものを食べてまわりたいだけということだった。
    そして鷹山はと言うと、長期戦になることを覚悟していた雲雀との交渉が思いがけずあっさり終わってしまい、早くも以前と同じような平穏な日々が戻ってきていた。以前と同じように、日の出前に起床し、沢で体を洗い、網にかかった魚と畑で野菜を収穫して朝餉を作る。食べ終わると握り飯を持って鍛冶場にこもり、一日中依頼をこなしたり、諸々の調合を研究をしたり、刀のことだけを考えて過ごす。空が橙色になると、朝と同じように夕餉を作り、たまに風呂をたいて湯に浸かり、日没と共に就寝する。しかし、以前と違うこともある。それは、両親に愛された記憶がちゃんと胸の内にあるということ。屋敷を留守にしている鳶翔の行方がちゃんと分かっているということ。そして、両親と鳶翔がいなくても、もう山奥の鍜冶屋敷にたった一人ではないということ。
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    eyeaifukamaki

    PROGRESS愛をみつける
    ②と③の間のケイside
    タイトルたまに見つけるになってる
    “みつける”が正解です
    ケイ君も深津さん大好きだけど、さぁきたや、ノアにはまだまだ魅力が及ばない、という感じで書いてます。
    これも誤字脱字確認用
    大好きな人がアメリカに来る。その通訳に俺が任命された。爺ちゃんから頼まれて、断る理由はなかった。ずっと憧れてた人。俺の高校時代にバスケで有名な山王工高のキャプテンだった一つ上の深津一成さん。バスケ好きの爺ちゃんのお陰で、俺も漏れなくバスケが好きだ。うちの爺ちゃんは、NBAの凄いプレーを見るよりは日本の高校生が切磋琢磨して頑張る姿が好きらしい。俺は爺ちゃんの娘である俺の母親とアメリカ人の父親の間にできた子だから、基本的にはアメリカに住んでるけど、爺ちゃんの影響と俺自身バスケをやってる事もあって、日本の高校生のプレーを見るのは好きだった。その中でも唯一、プレーは勿論、見た目もドストライクな人がいた。それが深津さんだ。俺はゲイかというとそうではない。好きな子はずっと女の子だった。深津さんは好きという言葉で表現していいのか分からない。最初から手の届かない人で、雲の上の存在。アイドルとかスーパースターを好きになるのと同じ。ファンや推しみたいな、そういう漠然とした感じの好きだった。会えるなんて思ってなかったし、せいぜい試合を見に行って出待ちして、姿が見れたら超ラッキー。話しかけて手を振ってくれたら大喜び。サインをもらえたら昇天するくらいの存在だ。深津さんを初めて見た時は、プレーじゃなく深津さん自身に惹かれた、目を奪われた、釘付けになった。どの言葉もしっくりくるし、当て嵌まる。それからはもう、虜だ。爺ちゃんもどうやらタイプは同じらしい。高校を卒業しても追いかけて、深津さんが大学に入ってすぐに、卒業したらうちの実業団にと既に声をかけていた。気に入ったら行動が早い。条件もあるが良い選手は早い者勝ちだ。アプローチするのは当然。その甲斐あってか、深津さんは爺ちゃんの会社を選んでくれた。深津さんのプレーを間近で見れるようになった俺は、もっと深津さんに心酔していった。一つ上なのになぜかすごく色気があって、でもどこかほっとけない雰囲気も醸し出していて、それがまた堪らない。深津さんのアメリカ行きの話が出て通訳を任された時は、そんなに長くない人生だけど、生きてきて一番喜んだ瞬間だった。こんな事があるなんて。爺ちゃんがお偉いさんでよかった。爺ちゃんの孫でよかった。俺は深津さんとは面識がない。ただ俺が一方的に心酔してるだけ。だから、深津さんの語尾がピョンというのも爺ちゃんから聞いた。深津さんは高校の時
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