しかたない。ねこはかわいい。「は?」
リオセスリは、アビスの魔術師の足元を見て、目を逸らし、そして二度見した。
「……猫、だ」
猫がいた。それも、北地ショートヘアが。
『そう、ヌヴィレットが』
フリーナの声が蘇る。まさか。いやまさか。そんなことはあるはずがない。とは言い切れないのがこの状況。
「にゃ……」
ずんぐり、もっちり、ふわふわ。銀色の毛玉から発せられたのは、少々大きめの図体からは考えられないような、珠を転がすような可愛らしい鳴き声だった。
「カワッ………………!!!!!」
思わず漏れた声を抑える。距離があったためか、アビスの魔術師には聞こえなかったのが不幸中の幸いである。動悸が激しい。鼓動がうるさい。どっちも同じ意味だ。わなわなと震えながら、岩にもたれかかる。
「(カッ……かわいっ……! かわいい!? いやちょっとまて、まだあの猫がヌヴィレットさんと決まったわけじゃない。だが……あれは……あれは反則だ……!)」
こういう感情を何というのか。理知的で優秀な頭脳がそれを言語化すべく、知識のプールと記憶の図書館を探った。そして今の状況を端的に言い表す言葉に行きつく。
これは、ギャップ萌えだ。
例えあの猫がヌヴィレットではなかったとしても。あの大きな猫から甲高い鳴き声が聞こえてくるのは、それだけで人の理性を刺激する。
犬や猫を飼いたいと思っていても、要塞が望ましくない環境故に実行しない。それがリオセスリだ。それだけ動物が好きな男が、愛らしく首を傾げる猫を前にして、悶えない方がおかしい。