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    Touno_hiragi12

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    Touno_hiragi12

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    🐺ショタリ×🐉ヌ

    #リオヌヴィ
    #Wriolette

    蒼天を泳ぐ この世界には人と、人ならざる存在がいる。
    人は自分達とは違い驚異的な力を持つ異形を恐れ、人ならざるものは数の暴力を持って害を与えてくる人を恐れていた。
    互いを受け入れる事が出来ない二つのいきものは次第に埋められない溝を産み落としていく。
    多くの血が流れ、終わりの見えない争いに疲れ果てた異形達は次第に人が立ち入れぬ険しい土地へと住処を移すようになった。
    こうして人と人ならざるものの関わりは絶たれた……と、思われたのだが。やはり険しい土地というのは選ばれた存在だけを抱擁するもの。
    過酷な環境に適応出来なかった種は未だに、恐るべき人類の隣人として密やかに住み続けているのだったーー。

    はっ、はっ…と息を切らしながら少年は鬱蒼とした森の中を駆ける。
    その顔は絶望に塗れ、身体中の傷からボタボタと血を流していた。
    痛くて痛くて、苦しくて仕方がない。けれど、無我夢中で手足を動かさなければ。
    遠くの音までよく聞こえる耳が、遥か後方から自分を探す人間達の声を聞きとる。
    気力を振り絞り、もつれそうになる足を走らせ、少年は少しでも距離を離そうとがむしゃらに前に進む。
    「(どうしてこうなったんだろう……?)」
    失血と酸欠でクラクラする頭で考える。
    自分はただ、人間に迷惑をかけないように家族や仲間達と静かに森で暮らしていたはずなのに。
    それなのに。人間達は自分達の住処を踏み荒らし、怪物だと非難しながら刃を持ち出してきた。
    親も、兄弟も、同じ集落の仲間達も。皆、人間の魔の手にかかって物言わぬ肉塊と化した。
    そして今、自分も同じものに成り果てようとしている。
    怖くて恐ろしくて、どうしようもない気持ちを抱えながらどれくらい走ったのだろう。
    微かに水の気配と香りがする。この森の周辺には川が流れ、程近い海へと流れ込んでいるのを知っているのできっとその川が近いのだ。
    気がつけば人間達の怒声も聞こえない。
    少しだけ歩みを止めて、水を飲みたい。……そう思った瞬間、がくりと体の力が抜け、川辺に倒れ込む。
    体に張り巡らされていた緊張が抜けたからか、はたまた血を流しすぎた故か。
    朦朧としだした視界の端に、透けるような白を見た。

    ーー深い眠りから目覚めた時、一番に飛び込んできたのは青い、蒼い星空。
    きらきらと光が差し、濃紺と蒼白が絶妙なコントラストを生み出している。
    蒼天はどこまでもひろがり、揺らめく星々が波に揺られ影が泳ぐ。
    ……そこまで観察し、はっと気がついた。これは、空では無い。
    これは、『海』だ。水面の動きを今、自分は見ている。
    まだ夢の中なのだろうか?それともここが天国?
    あんなにも酷い怪我だったのだから、きっと後者だろう。
    身体中に走っていたはずの痛みもすっかり無くなってーー…。
    「あら!目が覚めたのね?」
    「っ……!?」
    ぴょこりと見知らぬ女の子が視界に映り込んできた。
    水色の髪の毛に紛れるように生えた大きな耳から察するに、彼女は種は違えど自分と同じ人ならざる存在らしい。
    同胞らしい女の子は「ちょっと待ってて欲しいのよ〜」と告げると、大きな声で誰かを呼びに行ってしまった。
    どういう事か飲み込めず、とりあえず身を起こして周囲を見渡してみることに。
    自分が寝かされていたのはどうやら寝室のようで、大きくて柔らかなベッドにこれまた大きなクローゼット。テーブルや椅子も一目見ただけで高級そうな雰囲気を醸し出している。
    今までの短い生の中で初めて見る風景に少年は警戒を高めていく。
    徐々に大きな耳が下がっていき、ボサボサの尻尾も膨張してボサボサ度が増した。
    もしかしたら危ないところかもしれない。
    そう考えてベッドから抜け出そうとしたその時、タイミング悪く先程の女の子とこれまた見知らぬ男性が戻ってきた。
    「あら、ダメよー?キミは重病人なんだからもっと寝てないと!」
    あっという間に駆けて来た女の子にグイグイと押され、少年はベッドに戻されてしまった。
    「後一週間は安静なのよ!」
    「うむ。シグウィンの言う通りだ。私が見つけた時、君は体に流れる血の殆どを失っていて命の危機に瀕していた。もう少し休んでいなさい。」
    「ヌヴィレットさんがいなかったら本当に死んでたのよ?良かったわね、たまたまヌヴィレットさんが見つけてくれて。」
    にこりと笑う女の子に「ヌヴィレットさん」と呼ばれた男は静かに少年のすぐ側に腰掛けた。
    シーツと同じくらい白くて艶やかなカーテンが少年の体に影を落とす。
    「君、名前は?」
    「リオセスリ……。」
    「どうしてあのようなことに?」
    「…わかんない。でも、あんた達も俺と同じ存在なら分かるだろ?」
    「…………嘆かわしい事だ。」
    男は悲痛な面持ちで瞼を伏せ、溜息を一つ吐いた。
    天井に映る波がざぶんと揺れ動いた気がした。
    「ヌヴィレットさん、だっけ?なんで俺を助けたんだ。死にかけの、見ず知らずの子供なんか……。」
    俯き、絞り出した声は震えている。
    固く閉ざした瞼の裏に、目の前で冷たくなっていく家族や仲間達の姿がチラついた。
    あの時は奪われることへの恐怖で頭がいっぱいで本能的に生きようとしていたが、幼い自分だけが独り生き残ってなんになるのだろうか。
    あの時、自分も一緒に……。
    「そう思い詰めなくても良い。」
    思考を遮るようにぽんっと頭に置かれた手が優しく髪の毛を梳き、耳元を擽った。
    「先程の質問だが、君を助けたのは……そう、君のような子を放っておけなかったからだ。」
    空いている手で女の子を手招きし、その腕の中に抱く。
    甘えるように抱きつき頬を擦り寄せる女の子を愛おしそうに見やり、彼は柔らかく少年にも微笑みかけた。
    「見ての通り私はこの子のような若い眷属の面倒を見ている。それ故に、君のような年頃の子が死にかけているのを見過ごせなかった。」
    こちらを見下ろす夢色をした瞳が慈愛の形に緩められ、拾い上げた子供が目覚めてくれたのに安堵している事を伝えてくる。
    その眼差しに、喪った温もりを思い出す。
    体の奥底から込み上げてくる熱いものが抑えきれなくなって、ぽたりぽたりと塩辛い雨が頬を伝って落ちた。
    「悲しいのならば我慢せずに泣きなさい。大切な者を喪った辛さというのは、我慢できるものではないだろう?」
    「自分の気持ちを我慢するのは体にも良くないのよ。今は沢山泣いて、自分の気持ちをスッキリさせましょう?」
    ヌヴィレットは少年の頭をそっと胸元へ抱き寄せ、女の子は悲しみで震える小さな手に自分のものを重ねて包み込んだ。
    「うぅ……、ひぐっ…うぁあああんっ!!」
    二つの暖かな存在に寄り添われながら、生き残ってしまった子狼は泣きじゃくる。
    奪われてしまったものを心に焼き付けるように。

    リオセスリ少年を助けた男……ヌヴィレットは人類未踏の海を支配する水龍王だと明かし、彼に付き添っていた女の子(シグウィンというらしい)は水龍王の眷属たる龍種だとも教えてくれた。
    彼女が「ウチはキミよりも遥かに歳上なのよ?」と言われた時は少し信じられなかったが、彼女の蓄えられた医学の知識から察するに本当のことらしい。
    心優しい水龍王であるヌヴィレットは行く宛てのないリオセスリに「君さえ良ければ」と自身の城に住むことを勧め、ずっと寝かされていた寝室をリオセスリのものにしていいとまで言い放つ。
    最初こそ遠慮と戸惑いで辞退しようと思っていたのだが、あの時感じた温もりが忘れられず悩んでいる内に、気が付けば水龍王の庇護下で暮らす事になっていたのだった。
    決まってしまったのなら仕方ない、とリオセスリは気持ちを切り替え、海の底の楽園で新しい生活をスタートさせることに。
    自分の保護者となったヌヴィレットや姉のような立場になったシグウィンに手を引かれながら水龍の国を知り、拾ってくれた恩義に報いる為に子供の身で出来ることを進んで買って出た。
    そうやって働く度、善良な心を持っているらしい水龍の眷属である『メリュジーヌ』達は偉い偉いと褒めそやした。
    普段は城に籠り、なにかの仕事に打ち込んでいるヌヴィレットも可愛らしい眷属達からの報告を聞いているのか、リオセスリに会う度に「良い子だ」と優しく頭を撫でて微笑みかけてくれる。
    そうされる度にリオセスリの心の中にむず痒いものが生まれ、浮き足立つ気持ちから尻尾がパタパタと左右に動いてしまう。
    可愛らしい幼子の仕草に麗しい水龍がくすりと笑えば、子狼の胸もどきどきと脈打つ。
    「ーーこれって病気なのか?」
    城内に設けられた医務室で、シグウィンへ疑問を投げかける。
    とても真剣な様子のリオセスリに対し、姉であり医療のプロフェッショナルであるシグウィンはにこにことした態度を見せていた。
    「なんで笑ってるんだよ?」
    「ごめんなさい、キミがあんまりにも可愛いこと言うから…!」
    「可愛い…って、そう思われるようなこと何も無かっただろ。」
    「ふふ、じゃあこれはウチの秘密ね。なんで可愛いって思われたのかは、自分で気が付かなきゃダメなのよ。」
    もみじの手で口元を押さえて笑う相手に、少年は不思議そうに首を傾げる。
    頭の動きに合わせてふよんっと揺れる三角の耳を見て彼女は更にふくふくと笑った。
    「ふふふっ!そうそう、安心して。病気でも何でもないのよ。」
    「……病気じゃないなら、別にいい。」
    ずっと笑われて不機嫌になってしまったのだろう。 不服そうに尻尾の先が床を叩いている。
    まだ幼いが故の素直な表現に、姉は微笑ましい気持ちになった。
    「ヌヴィレットさんの事がそんなに気になるなら、傍でお世話すればいいじゃない。あの人、少し抜けてるところがあるから、手先が器用で力のあるキミがいてくれたら安心なのよ。」
    シグウィンはそれだけ言うと、他のメリュジーヌに呼ばれたとか何とかで弟を置いて行ってしまった。
    医務室に残されたリオセスリは、とりあえず体に支障がないならいいか…と若干腑に落ちない気持ちを切り替え、自然とヌヴィレットの部屋へ足を進める。
    シグウィンに言われるまでもなく、王として多忙であるかの人を手伝おうとは前々から思っていたのだ。
    コンコン。
    扉をノックして待てばすぐに中から「どうぞ」と反応が返って来る。
    そおっと扉に隙間を作り室内を覗き込めば、ヌヴィレットが書類の山に埋もれているのが見えた。
    「リオセスリくんだったか。何か用かね?」
    書類に落としていた視線が上がり、あの甘やかな夢色がこちらに向けられる。
    その瞳に見つめられることに未だ慣れていないリオセスリの尻尾がそわそわと揺れ動く。
    「えと、その。ヌヴィレットさんって、お仕事沢山で大変そう…だから、」
    「手伝いに来てくれた、ということだろうか?」
    こくこくと大袈裟に頷けば、かの人はふむ…と考え込む。
    「……邪魔だったか?」
    「いや、そんなことは無い。見ての通り私の机は少々散らかっているのでな、片付けて貰えると助かる。」
    この人の場合、散らかっていると言うよりはやるべき事が積み重なっている様にしか思えないが、本人がそういうのならそうなのだろう。
    「右側に置いてあるファイル達をあちらの棚に片してほしい。」
    指さした先にはファイルの山がそびえ立っており、机の右側を堂々と占領していた。
    「片付けねばと思いつつも、中々手がつけられず……。」
    何だか気恥ずかしそうに呟く水龍王の姿に、先程聞いたシグウィンの『少し抜けている』という言葉を思い返す。
    また胸がきゅうっとなったのには気付かないふりをして、「任せてくれ!」とファイル山の開拓に乗り出した。
    ずっしりしたファイルを二、三冊ずつ抱えては棚へ収めていく途中、何箇所かファイルの並びが乱雑になっている部分が目につく。
    あの忙しさと発言を鑑みるに、ゆっくりと片していく時間が圧倒的に足りないのだろうな。と、そう思いお節介な心が顔をのぞかせる。
    リオセスリはこう見えて結構な几帳面なのだ。
    ファイルの頭文字をAから順に揃えて並べ替え、更には一緒にラベリングされている年代でも振り分けていく。
    後ろでヌヴィレットが仕事に夢中になっているように、リオセスリもファイルの並べ替えに熱心になっていた。
    全てやり終えた後、ファイル達は満足行く形に整列しており少年は大いに満足する。
    自慢げに自身の成果を報告すると、ヌヴィレットは驚いたように目を丸くした。
    「これを全部君が?」
    「ああ。こっちの方が分かりやすくなるかなって。」
    「そうか……、君は本当に良い子だな。」
    嬉しそうに頬を緩め、自分の思っていた以上の仕事をやり遂げた子供を抱きしめる。
    小さな体でここまでやるのは疲れただろうに頑張ってくれた。それを労りたくて、やわらかく頭を撫でながら耳元をこしょこしょと擽った。
    大好きな撫で方に子狼も幸せそうに喉を鳴らし、しっぽをぱたぱたと大きく振りまくる。
    この子の子供らしく可愛らしい一面にヌヴィレットも大層癒され、仕事で溜まっていた疲労感が無くなっていく。
    目の前の相手がこれが人の世界で噂に聞くアニマルセラピーなのだろうか、なんて考えていることも露知らずリオセスリはドキドキする気持ちを強めていた。
    密着すればするほど強く鼻先を掠めるいい匂いに、心地いい温かさ。
    相手は男性で、保護者なのに感じてしまうむずむずした何か。
    これ以上くっついているともっと変になりそうだったので、何とか腕の中から抜け出せば相手が残念そうな顔を浮かべた…気がする。
    「む……。」
    「ちょ、ちょっと苦しかったから…!」
    「そうだったのか。すまない。」
    「イヤ、ダイジョウブ……。」
    やや様子のおかしいリオセスリに「?」を浮かべたが、直ぐにまだ環境に慣れていなくて緊張しているのかもしれないと解釈し、勝手に納得した。
    「またリオセスリくんに手伝いを頼んでも構わないかね?」
    君の力が必要なのだ、という期待を込めた眼差しを送れば、子狼の耳が激しく縦に揺れた。

    「ねぇさん、お願いだからこの事はヌヴィレットさんには内緒で……!」
    「ハイハイ、そんなに言わなくても分かってるのよ〜。」
    ある日の朝。洗濯場でリオセスリとシグウィンが何やらヒソヒソと話していた。
    姉は洗濯カゴを抱えていて、弟は下着をぎゅっと握りしめている。
    「そんなに恥ずかしがる事も無いのよ?年頃の男の子はみーんな夢精を経験するんだから。」
    「うぐっ……。」
    ヌヴィレットが地上から頂いてきたという洗濯用の機械に洗濯物を投入しながらやれやれと首を振る。
    彼女がここに来るよりも早くに洗濯場に居た少年は、どうやら初めての夢精を経験したらしい。
    白くべっとりとしたもので汚してしまった下着を、どうにか内密で処理できないかとここで洗っていたようだ。
    そこに本日の洗濯当番であるシグウィンが訪れ、運悪く鉢合わせした。
    そして、事情を洗いざらい吐かせてしまったのが今の状況になる。
    「リオセスリくん、キミは大人に一歩近づいたの。これは良い兆候よ。ああ、それとも……別に恥ずかしいって思うことがあるのかしら?」
    ギクリとリオセスリの体が強ばった。
    そして、その体の動きをシグウィンはしっかりとその目に捉えていた。
    「図星ね!きっと理由はヌヴィレットさんに関係するのよね?となると……あらあら、うふふ!」
    「へ、変な事考えるなよ…!」
    「ウチは何も言ってないのよー。」
    「うぐぐ……!」
    彼女が予想した事は的中しており、弟は何も言い返せずに顔中真っ赤にして俯いてしまう。
    それでも下着を洗う手は止めず、じゃぶじゃぶと水が泡立つ音が響く。
    このやり取りで聡い方々は気が付いているだろうがリオセスリが夢精した理由は、ヌヴィレットに関するいやらしい夢を見たからだ。
    それはもう、健全な青少年には刺激が強すぎるものを。
    目覚めた直後は夢の内容でドキドキが止まらなかったし、その後すぐに下着の中がぐちゃぐちゃなのを感じ取り青ざめてしまった。
    急いで下着を履き替え、洗濯場に急ぐ中で彼は今までヌヴィレットに対して感じていた妙なむず痒さの正体を悟る。
    ーー自分はヌヴィレットに惚れていたらしい、と。
    「……いいのか?」
    「んー?何がかしら?」
    ごうんごうんと機械が作動している音が鳴る中、リオセスリは小さな姉の背中を見つめた。
    「ヌヴィレットさんはあんた達の親みたいなものだろ?」
    「確かにそうだけれど、誰かを愛し愛される事に親かどうかなんて関係ないのよ。むしろ、ウチ達以外であの人を愛してくれる人が現れて安心してるのよ!」
    見慣れてしまった明るい笑顔に、なんだか力が抜けていく。
    おおらかな性格の水龍王の眷属もまた、おおらかな性格のようだ。
    「ウチ達はキミの恋路を応援してるのよ!だから頑張って!」
    「ヌヴィレットさんはとってもにぶちんさんだから苦労すると思うけど、めげないでね!」
    「お手伝いが必要ならウチ達が全面協力するのよ〜!」
    矢継ぎ早に、ぐいぐいと、前のめりに協力を申し出てくれた姉の勢いに押され、子狼はブンブンと頷いた。
    弟の元気のいい返事にご機嫌なシグウィンは丁度よく洗濯の終わった衣服たちをカゴに詰め直していく。
    水を吸って重いだろう衣服の詰まったカゴを難なく抱きあげれば、「干すの手伝って欲しいのよ」と先に部屋から出ていってしまった。
    慌ててその背中を追いかけ、中庭に出るとシグウィンの他に数人のメリュジーヌ達が集まっている。
    手分けして洗濯物を干している輪にリオセスリも混じり、あっという間にカゴの中身は空っぽになった。
    遥か頭上の海面から差す光は強く、本日は洗濯日和な事を教えてくれる。
    「今日はいい天気で良かったねー」なんて会話もチラホラ聞こえてくるくらいだ。
    のほほんとした姉達と暖かい日差しを浴びていると、そこに遅れて大きな人影が訪れた。
    「御機嫌よう、皆。今日は良い天気のようだな。」
    「ヌヴィレットさん!」
    いつもより軽装で現れたヌヴィレットの周りに可愛い娘達が群がっていく。
    順番に頭を優しく撫でてやる父性溢れるその姿を直視出来ない者がひとり。
    まだ夢の内容が頭から離れられていないのに……と、リオセスリは懸命に陽の光に透けそうな白シャツから目を逸らす。
    ……そんな青少年の身に起きた大事件など知る由もないヌヴィレットは彼の眼前へと近づいた。
    「リオセスリくん?」
    「ぅわぁ!?」
    すぐ近くで聞こえる美しいテノール。
    視界の端で風に揺られる純白。
    光のカーテンに包まれた麗しい姿をはっきりと瞳に映した瞬間。
    リオセスリはショートしてしまったように顔を真っ赤にして倒れてしまった。
    「だ、大丈夫かね!?」
    白い麗人の膝で介抱される子狼は、なんだか安らかな顔で鼻血を垂れ流していたという……。

    可愛い子狼の鼻血事件から数週間後。
    己の恋心を自覚し、気持ちの整理もきちんとつけられたリオセスリはあの時とは一変した。
    自分のやれる事を最大限に生かし、あの手この手でヌヴィレットにアピールをしているのだ。
    例えばお手伝いするという名目で自分が頼りになる男である、という事を伝えようとしたり。
    仕事中であっても中々うっかりというか、放っておけない雰囲気を出してはいたが、仕事外の気を許している時のドジっ子っぷりを知った時は驚いた。が、それはそれとして自分のアピールタイムが増えるので良しとする。
    つい先程も何も無いところでつまづいて転びかけたのを受け止めたばかりだ。
    リオセスリがすくすくと成長しているからなのか、抱き抱えたヌヴィレットは非常に軽くて少し心配になった。
    と、同時に「俺が守らねば…」という気持ちがどんどんと強まっていく。
    勿論、彼が水龍王という人ならざるものの中でも上位に属する存在なのは理解している。
    理解しているが、好きな相手を守りたいと思うのは雄としての性だ。
    それに伴って最近はシグウィンの監視の元、体を鍛えるトレーニングも始めていて『理想の逞しさ』を目指している。
    ……このように子供なりのアプローチを続けてはいるのだが、やはり天然でにぶちんな相手だ。
    ずっと親目線なのもあって伝わっている様子は見えない。
    いつまで経っても『良い子』扱いのままで、褒められるのは嬉しいが同じくらい不満も溜まる。
    ぽつりと姉達に「早く大人になりたい」と愚痴を漏らし、盛大に慰められたのは記憶に新しい。
    「リオセスリくんは可愛いもんね〜。」
    「ふわふわの耳と尻尾があるもの!」
    「ヌヴィレット様も同じことをおもってるのよ、きっと。」
    ……本当に早く大人になりたい。強く強く、少年は心に誓った。
    「はぁ…………。」
    当時の事を思い出し、深い溜息を思わず吐いた。
    隣に居たヌヴィレットはそんな子狼の様子に気遣わし気な目を向ける。
    「気分が優れないのか?私を受け止めた際に何処か怪我でも……?」
    「あ、いや。大丈夫。ただ、早く大人になりたいなあって思っただけで。」
    「ふむ……?」
    慌てて否定すると、相手は引っかかる所があったのかこてんと小首を傾げた。
    「君は一刻も早く大人になりたいと?」
    そう問いかけてくる顔には「今の可愛い状態を堪能したい」という親の気持ちがありありと書かれている。
    その表情に複雑な感情が沸き立ち、尻尾の動きとして出力されてしまう。
    少年は頬を軽くかき、視線を下に落とす。
    「……早く大きくなった方が、もっとあんたの役に立てると思って。」
    恋愛対象として意識されたいのは勿論あるが、この人の役にもっと立ちたいという気持ちも大きい。
    人だろうが異形だろうが、子供よりも大人の方があらゆる場面で優位に立てるのは違いないのだから。
    子狼が静かに漏らした言葉に、水龍は微かに眉をひそめる。
    この人が心を痛めている時に良くする顔。
    どうしてこんな顔をするのか分からず、キョトンと白皙のかんばせを見つめた。
    「私の役に立ちたい、という気持ちはとても嬉しい。けれど……。」
    手袋に包まれた手が、少年の柔らかなそれを包み込んだ。
    「私のいちばんの願いは、君が何事もなく健やかに育ってくれる事だ。恩義を返す為に、なんて考えなくてもいい。ただ元気に過ごしてくれれば、それで私は満足なのだから。」
    柔らかくて、酷く優しい声。
    いかに自分がこの人から大切に思われているのかを思い知らされ、何だか鼻の奥がツンとする。
    「もしかして、最近張り切って私の手伝いや世話をしてくれていたのも、私の役に立ちたいから?」
    「……うん。」
    「そうか。とても助かったし、嬉しかった。ありがとうリオセスリくん。」
    ふわりと微笑みかけられ、心臓がどくんと跳ねた。
    「でも、私の為にやろうなんて気負わないで欲しい。子供の頃というのはあっという間に過ぎ去ってしまうもの。今は大人の庇護下にある時分を楽しんでくれ。子供は、好きなだけ遊ぶのが仕事だ。」
    ぽんぽんと頭を撫でてから、「けれど君の気持ちも大切にしたい」と続ける。
    「初めて君に手伝いを頼んだ時のように、やって欲しい事が有る時は頼んでも構わないかね?」
    君の手伝いがある方が仕事が捗るので…と照れくさそうに教えてくれたヌヴィレットのきれいなはにかみに、より一層心が惹かれて行くのを感じ取った。
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