揺籃のばら「それ、どうするの?燃やしちゃうの?」
声をかけられて手を止める。顔を上げると屋敷の坊ちゃんがすっかり枝葉を落として裸になった薔薇の木を心配げに見下ろしていた。
冬支度のために全部葉をむしって、要らない枝を切り落としたところだった。春が来ればまた新しい花をつけるようになるが、幼い彼には枯れ木にしか見えないだろう。
「フランシスは……」コートの襟の内側で曖昧に名を呼ばれる。続きを待っていると少年はちらりとこちらを見、はふ、と白い息だけを吐いた。
「どうしましたかな? ウォーロック坊ちゃん」
庭師はぱっぱっと手に着いた泥を払って作業の手を完全に止めた。しゃがんだままウォーロックに向き直ると、大きな目が探るようにみつめてくる。
「どんなに小さな虫でも、生きものはみんなきょうだいだよって言ったでしょ?」
「ええ、そうですとも。ですからみんなに優しくしなくてはね」
「死んだらどうなるの?優しくしなくてもいいの?」
ひんやりとした空気が、黙っているとそれだけ二人の間に積もっていくようだった。霙を重たく抱き込んだ雲がそのまま落っこちてきそうな、静かだが暗い空模様の夕方だ。
「坊ちゃんはなかなか、難しいことを考えていらっしゃいますな」
茶化されたと思ったのか、ウォーロックがむっと眉を寄せる。「ああ、違う、違いますよ、私もなんてお答えすればいいのかわからないくらい、あなた方にとって切迫した、真剣な話題ですから…」庭師が取り繕うと今度は難しげに首を傾げる。フランシスはううむ、と唸ってから慎重に言葉を選んで続けた。
「坊ちゃんはここの薔薇が全部なくなってしまっても、ここに薔薇があったなあ、きれいだったなあと思い出すことができますでしょう?」
「うん、夏にみんなで写真も撮った」
「そう、坊ちゃんのお誕生日にね。写真にも残ってる。いなくなったものは……それまで通り、同じ方法では難しいかもしれませんが、変わらず愛することができます。ですから、そうですね……死んでしまったり、いなくなってしまったものにも変わらず優しくすべきです」
うん……と神妙に頷く少年がまだ少し不安げに見えたので、フランシスはわざと明るく笑ってウォーロックの手を取った。もこもこのミトンに包まれた小さな手は風邪をひかないよう悪魔の優しい呪いに守られている。
「それに、坊ちゃん、ここの薔薇はみんな死んでしまった訳ではないんですよ。眠っているだけ。今私が彼らをしっかり眠らせるための手伝いをしていますから、春になったらまたきれいに花をつけますよ」
「そうなの?」上目遣いに問うてくる声に少し子どもらしい響きが戻ってきた。
「そうですとも。冬の間、眠っている最中も坊ちゃんの愛はきっと彼らに伝わりますからね。春になったらきれいに咲くんだよと声をかけてあげてください……ところで坊ちゃん、ナニーはどうしました? 一人で庭を探検しにいらしたんですか?」
ウォーロックと話をしていると必ず割って入って邪魔してくる彼女の姿が見えないことに庭師はやっと気がついた。ウォーロックはふふんと笑って、フランシスの耳元に屈んで告げ口をする。
「本当は部屋で宿題をやってたんだけど、アシュトレスったら居眠りしちゃったから、抜け出して遊びに来たんだ」
「あら!」
二人とも仕方のないことだ。フランシスは剪定した枝を手元で素早くまとめてから土の着いたエプロンを脱いで、坊ちゃんをお部屋までお送りすることにした。
坊ちゃんの密告通り、アシュトレスは勉強机の隣りに置いた椅子でゆらゆらと船をこいでいる。雪の気配を感じたのだろうか。かれは寒さに弱いから、冬の間はうっかりするとこんなふうに寝こけてしまうのだ。
起こすでもなく眺めていると、「眠っている間も愛は伝わるから?」と斜め下からませた声がからかってくる。
「そうですとも、坊ちゃん。そしてたとえ伝わらなくても、愛したっていいのですよ」