サンクスデー 雨彦さんが実家の清掃会社と事務所の間に借りている寝泊まり用のワンルームに、仄甘い香りが広がる。
昨日のうちに、昨日までに事務所に届いていたチョコを運び込んでいたせいだ。僕の分もいったん置かせてもらっている。僕は自分宛の箱の中から板チョコ――海外製のもので、猫の絵が描かれているパッケージ――を取り出し、雨彦さんに「これ、今からどうですかー?」と訊ねた。Bitter、と書いてあるのが読める。
「ひとかけら。ホットミルクに入れると、ホットチョコレートドリンクになるんですよー」
「へえ、いいじゃないか」
じゃあマグカップを用意しよう、と動き出す彼の背を追いながら、今日という日について思いを馳せていた。
世間は華やぐバレンタインデー。日本ではチョコレートを贈る風習がある――ここ数年は、祭典が盛況のようだけれど。多分に漏れず僕らアイドル宛てにも、事務所に大量のチョコレートが届いていた。今目の前にあるのは、ほんの一部に過ぎない。
1912