全年齢パート 世界は広い。そんなことわざわざ言われずとも分かってることだけど、実際それを意識する機会はあまりなかった。
思い起こせば、身の回りのことでいっぱいいっぱいな人生だった。手の届くモノを大事にして、持っているモノで勝負する。
だからこそ、スラム街でも生き延びて、運良くナイトレイブンカレッジに入れたあともやりくりできているのだ。
やれることが日に日に増えていくことは、嬉しい。
自分が使える手札が増えていくことは、楽しい。
この数年過ごしただけで増えていく人生の選択肢に期待をするなという方が無茶な話だ。
ラギーのいるこの世界は広い。途方もないほどに。
しかしその根底には一匹のライオンが常に寝そべっていた。ラギーの打算を受け入れて、存在を利益と捉えて、利用する男。
正直、ラギーの身についていた癖や性格は由緒正しい学園に相応しいモノではない。それでも、使い方によっては立派な武器になると、有用だと、評価されれば勝手に頬は弛んでしまう。嫌いな王族のはずなのに、使われるのが嬉しいなんて、本当に人生どう転ぶかわからないものだ。
仕事があって、報酬がある。
今まで培ってきたものが役に立っている。利益になる。
そんな経験ができるなら、学園生活も悪くはない。学校なんて無駄だと思っていたが、あながちそうでもないのかもしれない。
広い世界の中で、選ばれて、レオナと出会って、ラギーの世界はどんどん形を変えていく。色も、匂いも、アップデートされていく。それに対する期待感は、まさしく希望と名付けるのが相応しいだろう。
「……あれ?」
おかしいな、と思ったのは、絶対的なボスが王となった世界を目の当たりにした時だ。レオナが好きなように世界を作って、理想の国を作る夢。正直想像に難くなかった。俗物的な欲なんかよりスケールのでかい夢に感心したほどだ。
荒れた国、崩れていく夢、自暴自棄になる王。
その隣に、ハイエナの姿は、ない。
妙に納得したと同時にお腹の下あたりの感覚がなくなるのを感じた。やらなければいけないことは山ほどあるため、口も動くし足も動く。受け答えだってはっきりできるのに、ヤケに呼吸が苦しかった。
限りなく自由に作り出せる世界の中で、レオナの隣にラギーの場所は無い。その事実が何度振り払っても頭の中から消えず、こびりついていた。
王に反旗を翻す自分と同じ顔をした別人から目をそらし、足を動かす。どうして、どうしてそこなんだ。問いただしたいのに、夢の主は姿を消してしまった。どこからどう見ても役に立たなそうな木偶の坊を2人も連れて。
上手くいかなくなったら投げ出すタイプだとは思っていたが、見切りを付けた後、自暴自棄になるまでが呆気なさすぎて呆れてしまう。夢の中でまで険しい道を歩む姿は、安い物語のようにすら思えた。不器用なわけでも、馬鹿なわけでもない。むしろ、頭はよく、状況判断もできる。なのに、幸せなはずの世界で冠を得たレオナはその力を持て余していたし、満たされてもいなかった。
以前、その持つモノを砂に変える手に掴まれた首がチリッと痺れる。
レオナはラギーが認めたボスだ。裏切られても、殺されかけても、ついていきたいと思える群れのボス。
ラギーだけじゃない、寮生の多数がその背中を群れの象徴として慕っている。
そのことを忘れて、また孤独ぶって、勝手に破滅していくなんて、冗談じゃない。幸せな夢だったら、自分を慕う者たちに持ち上げられてふんぞりかえっていればいいのに。
ーーーまぁ、そうならないからこそ、その存在に惹かれるものは多いのだろう。
「散々だったッス」
監督生たちと別れて一足お先に学園へと戻ってきたラギーは、魔力ギリギリの体を投げ出して、冷たい床に頬をつけた。誰に訊かせるでもなく独り言を呟くと、傍にいたジャックから同意の返答が返ってくる。しかし、それに返答する気力も起きなくて、「ね」と短く相槌を打つだけにとどめた。
勝手に世界を作って、壊していったレオナ。それにモヤモヤしているラギーの身代わりとなって、闇に溶けていったレオナ。無事に帰ってきて、さっさと次の夢に行ってしまったレオナ。
次々と浮かんでは消えていくこの数時間のレオナの姿が、ラギーの頭の中を巡り巡る。どう消化していいかもわからず混乱するが、落ち着いて向き合えるほどの時間は与えられていない。自分の今後の行動に支障が出ると判断して、ラギーは一度、渦巻く感情を頭から追い出した。
結局何を思ったとしても、この現実世界がマレウスによって壊されてしまえば、終わる。今は他にやることがある。そう、頭をシフトチェンジして、「よし」と、形だけ気合を入れる掛け声をあげて、重い体を持ち上げた。
魔力切れでうまく動かない体が、少し軽くなったように感じた。
ーーーーー
目を逸らしてきた感情を無視できなくなったのは、世界規模に広がった事件の終息を祝すパーティーが開催された日のことだった。
形だけでもと、半ば強制的にパーティーに参加させられたレオナが、帰りの馬車の中でラギーの体をかき抱いたのだ。騒動からバタバタしていてようやく訪れたそういう時間の到来に、ラギーの心臓は驚きに跳ねる。跳ねるだけではか飽き足らず、期待に激しく鼓動し始めた。
背中に感じる体温と、体を締める腕の強さが、ラギーの体温を上げていく。うなじに熱い息がかかって、渇いた唇が表皮を軽く喰んだ。
反射的に顎がわずかに上を向く。
腹に回された手のひらが下腹部を覆うように広げられ、軽く押さえる。それだけで、腹の奥がずし、と重くなったような気がした。
久しぶりに浴びた欲を隠しもしない素振りに、これから身に起こることを危惧して呼吸が浅くなる。このまま抱かれるんだろうと予感したところで、ラギーの顎をとらえた手が、横を向くよう誘導してきた。
視線の先で、静かに伏せられた瞳が動くのが分かった。長いまつ毛の先がラギーの肌をかすめる。丁寧にキスから始めようとするのは、こんなことに付き合わせているラギーへの贖罪なのだろうか。
夢を、見せているのだろうか、ラギーに。
そこまで考えたところで、全身に寒気が走った。
気づけば、肘で胸板を押して、無理やり体を離していた。狭い馬車の中なので、勢い余って突き当たりの壁に肩からぶつかる。馬車が大きく揺れた。痛みで反射的に涙が滲むが、この涙の理由は痛みだと言い聞かせ、引き攣った音を立てながら息を吸った。
「……やっぱり割に合わないっす!遊びなら他当たってください!」
あれ、言葉間違えた?
いや、間違ってないのか?
混乱したまま置き去りにされた感情が、勢いのまま形作られ、口から飛び出した。さっきまで色気たっぷりにラギーを襲っていたレオナは何が起こったのかよくわかっていないといった表情で、ラギーを見下ろしていた。見開かれた目が複数回瞬きを繰り返し、気を取り直したのか静かに細められた。
目の動きだけで、感情の変化が痛いほどわかる。これは、まずいやつだ。
「ぁ?」
「ッ調子に乗りました!!すんません!」
もしかしたら聞こえていないかも、なんて期待したが、治安の悪すぎる相槌によって一蹴された。名前を呼ばれただけなのに、そのトーンの低さに身の危険を感じて体を縮こませる。
改めて状況を考えればここは馬車の中で、よく言えば2人っきりの空間。悪く言えば密室だ。逃げ道がないのである。いつものラギーだったらこんな逃げるところのない状況で相手を煽るような言葉は言わない。それほどまでに、感情に振り回されてしまうほどに、余裕がなかった。
反射的に謝罪をして目を瞑る。レオナの顔が見られない。一発殴られることを危惧して肩をすくめるが、想定とは裏腹に存外優しい手つきで手を取られ、衝撃に備えて瞑っていた瞳をゆっくりと開いた。
開くと、こちらを捉える新緑の瞳とかちあう。その奥にギラギラと燻る圧にあてられて、すぐに視線を彼方にそらした。
「あ、あの、えーー…」
「聞かなかったことにしてやろうか」
「っ……」
「はっ、馬鹿にしてんのか?」
答えられないラギーにしびれを切らしたのか、斜め上を向いていた顎を強く掴まれて、避けた視線を真っ向で受け止めさせられた。喉が狭くなったかのように呼吸が苦しい。迂闊な自分を殴りたくなったが、口を突いて出た言葉は嘘偽りない真実そのもので、咄嗟に否定しても尚、後悔の念は浮かんでこなかった。
ぎぃぎぃと車輪が軋む。心なしか揺れもおさまってきたように感じる。もしかしてもう少しで学園に着くのだろうか。それは、この場から逃れられるという一点においてはありがたいことなのかもしれないが、状況の好転には一切至らないことは馬鹿でも分かることだ。
「話は寮で聞く」
そう言い残したレオナがラギーの顎から手を離し、反対側の窓の方へ顔を背けた。その表情は読み取れないが、苛立ちを隠さないように組まれた脚が小刻みに震え、ラギーの二の腕を掴む力は万力のように強い。
(……どうしよう)
とっさに口に出た言葉の収拾がつかない。
レオナが描いた理想の世界に必要とされなかった事実を前に、守られたことと求められたことがすべて安っぽく感じて、咄嗟に拒否をした。弱いと、非力だと、体を使うしか価値がないと、暗に示されているようでただただ悔しい。
だからといって離れたいのかと言うと、そうだと言い切れない自分も嫌だ。
「あー……、くそ」
おかしい。世界は救われて、面倒くさいことにもならなくて、同級生もその家族も幸せに終わった筈なのに。どうしてもラギーの中で物語が完結しない。奥底の燻りから目を逸らして生活するメリットと、言葉にするデメリットも分かっているはずなのに、ラギーの中で渦巻く矛盾と葛藤がか細い悪態に変化して惨めに空気を揺らした。
ラギーの悪態はレオナの耳にも届いている筈なのに、その視線はこちらに向くことはなかった。
その後はささくれ立った空気とは裏腹に、無事に馬車は学園に到着した。他にも馬車を使った生徒が校門前でざわついている。先に降りたレオナに手を引かれ、ラギーも後に続いて降りる。側から見たら手を繋いでいるように見えなくもないが、特に注目されることもなかった。
中には見知った生徒もいたが「ラギーおやすみな〜」だの「明日遅刻しないでよ」だの、言及されることもない。
騒ぎになられても困るので適当に返事をして、さっさとその場を後にした。
「レオナさん」
まっすぐ寮に向かっていく背中を見て、なんとなしに名前を呼ぶと「なんだ」と、そっけない返事が聞こえた。無視されると思っていたので少しびっくりしつつも、若干空気が和らいだような気がして、足早にレオナの背後から横に移動する。
「オレ、別れたいとかじゃないんスけど…」
「んなタマじゃねぇだろ。分かってる」
「え?」
まるで、ラギーの思惑など筒抜けだと言わんばかりにあっさりとした返答だった。拍子抜けした声が漏れるが、特に話は続かず、石畳の道を抜け、鏡をくぐり、乾いた空気の尞を進む。
革靴の底と木が擦れる音が静まり返った夜中のサバナクローに響き渡り、目的の部屋に辿り着いた。レオナの自室、寮長室の扉が開くと、目前には開放的なバルコニーから風が吹き込む見慣れた部屋。
帰ってきたことを実感して大きく息をつく。無意識に緊張していたラギーの体から、ふ、と、力が抜けた。
ーー瞬間、掴まれていた腕が解放され、勢いよく肩を扉に押し付けられた。
「ぅあっ?!」
「……不貞腐れるのは勝手だが」
「レオナさん…?話するんスよね…?」
ただならぬ雰囲気に、馬車でのレオナの言葉を思い返して問いかけた。話をすると確かに言っていたが、ラギーを見下ろすその表情はおおよそ話の場にふさわしいものではない。
「侮られるのは違ぇよなァ?」
問いかけを無視してレオナの独白は続く。そして、それを聞いたラギーの口端は引き攣った。逃げようにももう遅い。ここはライオンの縄張り内。寮に向かう道で、空気が和らいだように見えたのはわざとだったらしい。
「話!先に話しましょう!ね!」
「うるせぇ、余計なことばっか考えやがる頭を躾け直してからだ」
ラギーの決死の説得も一蹴された。
そんな馬鹿な話があるかと反論を続けようとしたが、全てレオナの口に塞がれたことによって物理的にキャンセルされてしまう。
こんな流れで抱かれるのはよくない。ただでさえもう深夜なのに、明日の授業に出られない。懸念事項は列をなしてラギーの脳内を駆け巡るのに、唇をなぞるレオナの舌の熱さに全てがどうでもよくなってしまった。
ただでさえ、くだんの事件から落ち着いてそういう時間をとることができなかった。健全な高校生であるラギーにだって欲はあり、散々抱かれ慣れている体は久しぶりの性の兆しに期待を止められない。
考える間も与えられず無理矢理スイッチを入れられて、抵抗の文字が脳裏に浮かぶ前に霧散していく。分厚い舌を咥内に迎え入れて、応えようと自分のそれを絡めていた。レオナの舌のざらつきがラギーの舌体を擦って、尻尾から背筋までがぞくぞくと震える。
「んぶ、……っん は 、ぁふ……」
肩を抑えていた手が腰に移動するのが分かった。太い腕が腰にまわり、脱力した体を叱咤するかのようにぐ、と、引き上げられる。バランスが崩れて、咄嗟に目の前の体にしがみついた。立っているのに押し倒されているような勢いで覆いかぶさられて、腰を支えられているとはいえ、落ちてしまうのではないかと危機感を覚える。
ごん、ごん、と扉にラギーの後頭部が断続的にぶつかる。その衝撃を感じない程のキスに言葉の通り溺れてしまいそうで、唇の隙間から空気を取り込もうと身を捩った。
「ん、ん、ん……っ、っ…ぅあ、っあ、ぶ……、っ」
とぎれとぎれの呼吸を繰り返し、酸欠で熱くなる体の主導権を手放さないように踏ん張っているラギー。その体はもう立つことさえできないのではないかと思うほど哀れに震えていたが、レオナの腕によって支えられているため、崩れ落ちることはなかった。崩れ落ちることはないが、解放されることもない。お互いの唾液が混ざりあい、重力にしたがってラギーの咥内に溜まっていく。呼吸をしながら、それらを飲み下して行くのは今のラギーには難しくて、口の端から流れ出しては、首筋を伝って襟首まで濡らした。
服ごしにレオナの猛りかけているモノをこすり付けられているのが分かる。硬い性器の感触を知らしめながら、しっかりと濃厚なキスをぶつけられて、腹の奥がじんじんと痛んでいく。
「……は、べたべたにしやがって」
「ぷは、っ!!……、!は、げほっ はぁ、…は」
最後に舌を強く吸われたことで、長いキスは終わりとなったが、キスだけでラギーの見た目は人前に出られるような状態では無くなってしまった。口と首周りは溢れた唾液でべとべとに濡れ、全身は赤く染まっている。目は酸欠でうるんで、散々荒らされた口は閉じることを忘れて、薄く開けられている。
身体も完全に脱力して、レオナに預けきっていた。ラギー自身、自分が今だらしない顔をしているという自覚はあるため、何とか顔だけを逸らして全身で呼吸をする。酸欠で馬鹿になった頭が、腰に当たる硬さだけを生々しく拾い上げるので、無意識に溢れる唾液を飲みこんだ。その音はレオナにも届いたのか、小さく鼻で笑われる。
腰に回っていた腕が上に上がって、体が大きく揺れた。持ち上げられたと気づく前に、指先に力を込めて、先程よりも強くレオナの体にしがみつく。鼻腔を抜けるシトラスと汗の混じった香りのエロさにあてられて、放り出されていた尻尾が惨めにも丸まっていくのが分かった。
向かった先はベッドメイキングもされていないキングサイズのベッドの上。
乱暴に転がされるかとも思ったが、レオナは、ベッドの端に腰かけるだけで、ラギーの体を太腿の上に座らせた。向かい合わせのような体勢が気恥ずかしくて、視線をうろつかせていると、ラギーの両脇に手が差し込まれてアッという間に向きを変えられてしまった。向き合う形から、背後から抱きしめられるような形になったのだ。「?」ラギーの頭には疑問符が浮かぶ。暗い寮長室が目前に広がり、ぼんやりとした頭で「あぁ、服が散らかってる」と状況に合わない感想を抱いた。
今日は後ろからの気分なのかな、とも思いつつ、顔が見られないことに少し安堵の気持ちも抱いていると、後ろから伸びてきた手に両ひざの裏を掴まれ、そのまま引き寄せられてしまう。
「ひぎゃっ!?」
必然的に上半身がずり下がって、レオナの上半身に体重を預けていた体が、両脚の間の空間に引き倒された。目を白黒させていると、視界には薄暗い天井と、こちらを覗き込むレオナ。そして、突き出された自分の尻と、縮こまる尻尾。
「ぁ……?…?あ?」
恥ずかしいなんてもんじゃない。無様過ぎる体勢に羞恥より先に疑問が浮かんだ。レオナがなにか間違えたのではと思って視線をレオナの方に向けるが、その口角はきれいに上がっている。意図的だ。と察する前にラギーのスラックスはパンツと一緒に引き下げられた。いや、この場合引き上げられたと言った方が正しいのか。
あ、これ、相当怒ってる。
ラギーはレオナの意図を見誤ったことを思い知った。
「星がきれいな良い夜だな。ラギー」
後悔してももう遅い。
きれいに笑うレオナごしに見えた空に星なんか一つも瞬いちゃいなかった。
あとは全部エロ!!