こんなシュウピも見たい。「派手すぎない?」
「これくらいの方が顔の記憶は散らせるでござるよ」
「ああ…確かに。服に目が行っちゃうか」
宵の口もかなり過ぎた繁華街。
その更に裏通りを進んだ道の先に向かいながら、ピーニャは隣を歩く友人を見た。
「シュウメイ黒マスク似合うよね」
見慣れた忍者装束ではなく、色彩鮮やかなオーバーサイズのTシャツに真っ赤なサルエルパンツ、厳ついハイカットスニーカーを履きこなしたシュウメイは綺麗な金色に染まった髪の下の目をピーニャに向けた。カラーコンタクトまでつけているようで、その目はミントグリーンに変わっている。
「この格好の中で褒めるのがそこだとは」
「あ、いや、全部似合ってるんだけど」
慌てたように掌を振るピーニャに笑って、シュウメイは感慨深く頷いた。
「確かに本来忍びとは闇に紛れ夜に溶ける漆黒の存在。その黒が似合うと言われて悪い気はしないでござるな」
「…喜んでたんだ」
わかりにくいよ、と頭を振ったピーニャは僅かにずれた眼鏡を指先で戻した。黒縁に黄緑のラインが入った眼鏡はフェイクだ。髪も頭の上の方で結ばれカラフルなエクステが足されて揺れている。
一面に様々な色と言語で過激な言葉が書かれた白地のロングTシャツにゴールドのアクセサリーを重ねづけして、ダメージが目立つゆるいデニムをアーミーブーツに押し込んでいる。
軽く袖をまくった両手をポケットに入れて歩く姿は身長も相まってなかなかの迫力なのだが、その中身を知っているシュウメイにはただひたすらに「ギャップ萌え」というオタク歓喜の要素を提供されているだけだ。
「ピーニャ殿も立派なワルでござるな」
「いやこれ、その国の人が見たら普通に殺されるレベルの事書いてんだけど…」
「この辺りにそんな教養のある連中などおらぬよ」
「シュウメイって結構毒吐くよね」
「どくタイプの使い手でござる故」
「わあ勉強熱心なことで」
「ユーには負けるでござるよ」
他愛もないことを話しながら歩く2人は躊躇う事なく道を進んでいく。
目が霞むほどの煙や何処から聞こえてくる重低音がここが表とは全く異なる世界だと伝えて来るが、2人が足を止めることはなかった。
「ここ?」
「のようでござるな」
「表から行く?」
「然程広さもなかろう、逃げられる心配もなし」
「おっけ」
短い会話が彼らの「作戦」の打ち合わせだとは誰も思わなかっただろう。
メッキが剥げた玉虫色のドアノブに手をかけたピーニャが、一度シュウメイと視線を合わせる。
「行くよ」
「付き合わせてかたじけない」
「良いよ。お互い様っしょ」
がらん、と鈍い鐘の音を鳴らしてドアを開き、中に踏み込む。
シュウメイが言ったように狭く薄暗い店内は視界が悪く空気も最悪だった。
中にいた見るからにガラの悪そうな客や店員の視線が2人に集まる。その中に一人だけ、驚愕に真っ赤な目を見開く顔があった。
「なんだ、てめぇら」
「邪魔する」
「用事終えたらすぐ帰るので」
「…あ?」
顔色の悪い男が隆起した二の腕を見せつけるように拳を握りしめながら近付いてくるのを黙って見ているような配慮は2人共持ち合わせていなかった。
がしゃあんとガラスの砕ける音が響き、シュウメイが蹴ってひっくり返したバーテーブルがそこに乗っていたボトルやグラスもろとも床に倒れ込む。
「っち、なに…ガッ!?」
飛び散る破片に怯んだ男が足を止めた瞬間、倒れたテーブルを超えてガラス片を踏み潰したピーニャの振り上げた脚が男のこめかみを撃つ。
その光景に辺りがざわつくより速く、カウンターに飛び乗って店の奥まで一気に駆けたシュウメイがソファに固まって座っていたグループの眼の前に降り立つ。
「はっ、?」
「ちょっと失礼」
「え、」
その中で青い顔で慄えていた少年の腕を取る。
唖然とした顔で見ていた少年は、それからはっと気付いたように口を開きかけた。
「ボ、」
「話は後で」
し、とマスク越しの口元に人指し指を当て少年を促す。
「オイッ、待ててめえら何処の奴らだ?!」
「待てやぶっ殺す!!」
突然の蛮行にいきり立った客たちが怒鳴り声を上げて立ち上がる。
少年を体の後ろに庇うように下がらせ、彼らが就いていたテーブルに載っているボトルを手に取った。
「御免」
ずしりと重みのあるボトルを一度くるりと手の内で転がしたシュウメイは、それを躊躇いもなく目の前の男の頭に振り下ろす。
ごつ、と重い音が響き崩れたスーツを身にまとった男の目がくるりと揺れる。昏倒には至らなかったか、と判断してその鳩尾を蹴って後ろに倒す。
「てめっ、」
それを見た男の仲間らしき2人が懐を漁るように手を差し入れた。
そこから出て来るのは刃物か飛び道具が、と呑気に考えながら身を屈めて頭を下げた。
下げたシュウメイの頭上を風が切っていく。
「ぐっ、!」
「ぅ!!?」
先程シュウメイが蹴り倒した背の高いラウンドテーブルが横向きに飛んできて男達の顔面に当たる。男たちが漏らしたうめき声を待たずに背を向けて店の入口まで少年の手を引いて走った。
ひらりと手を振るピーニャがドアを開くのを見て口角が上がる。
床に転がる最初の男を飛び越えて空気の悪い店内から飛び出した。
吸い込んだ空気は夜特有の湿度と冷気を孕んでいて、肺いっぱいに取り入れたそれを開いた口から思い切り吐き出した。
「取り敢えず、ミッション達成?」
「任務完了でござる」
少年を連れてチームシーまで戻って来た2人は、シュウメイのテントで手にしたサイダーの瓶を打ち合った。
「大丈夫そうだったね、あの子」
「連れて行かれたのは夕方ということだった故、さほど時間も経っていなかったのであろう」
「パイプ役って校内にいたんだった?」
「会う時は制服を着て校内で、であったそうだが実際に生徒かどうかは不確かでござる」
「ふーん」
ぱちぱちと涼やかに音を立てる液体を傾けながら相槌を打つピーニャに、シュウメイは満足気に頬杖をついて笑った。
「今宵の変装は我ながらなかなかの傑作でござるな」
「…なに、改めて」
「ピーニャ殿の陰と陽の雰囲気を上手く引き出せたと全我が喝采をあげているでござる」
「証拠残せないから処分するんでしょ?」
「左様。その一夜限りの儚さもまた一興」
「そういうもん?」
「そういうもんでござるよ」
へえ、と興味なさげに返したピーニャにくすりと目を細める。
「なので、今晩はこのピーニャ殿を堪能させてほしいでござる」
ピーニャの首にかけられた存在感のあるゴールドのネックレスを手にしてさらりと揺らす。
サイダーを飲み込んでぱちりと瞬いたピーニャは、それから少し困ったように笑い返した。
「…明日早いから、ほどほどにね」
「…ほどほどって言ったよね?」
「所詮明日には捨てるものと思えばいくら汚しても良かろうと…」
「いやそういうことじゃなくて…立てないんだけど…」
「すまぬ。ああ、服については心配無用。皆が起き出す前に我がきっちりそれと分からぬように処分する故」
「うん。そうじゃない…そこじゃないんだって…」
終わり