こういう話が見たいシリーズ②(シュウピ) 見晴らしのいい場所は好きだ。
どんな憂鬱なこともちっぽけに見えるから。
――などという感傷的な話ではない。
単純に自分にとって厄介なものがすぐに目に入る。さっさとその場を立ち去ってしまえば、面倒に巻き込まれることも大きな不利益を被ることもない。
更に言えば、学校の屋上などというベタな場所は逆に人が寄り付かない。漫画のように不良が溜まることも無く、基本的に施錠され立ち入りができないのだから当然だろう。
だから、この場所はシュウメイにとっては数少ない「安息の地」だった。
それが破られたのは、夏の気配が少しずつ消え始めた頃だった。
「落ちたら痛いよ」
突如背中にかけられた声に、シュウメイは驚いて背後を振り仰ぐ。
転落防止というには頼りない高さの柵に頬杖をついた男が、目を細めてこちらを見下ろしていた。
白いフラットキャップに、黒地にラインを載せた上着。よく見れば中に着ているのはアカデミーの制服だが、原型が残っているのはその部分だけ。
どう見ても穏やかそうには見えない風貌の男は、鋭い目をシュウメイに投げかけたままもう一度口を開いた。
「止めた方がいい感じ?」
「……否」
男の言いたいことはわかった。
それに対する短い返事を返して立ち上がったシュウメイは、男が肘をついている柵の隣に手をついて身軽に飛び上がった。
柵を飛び越え音もなく真横に着地したシュウメイに、男はにかりと笑って手を叩く。
「クールじゃん!流石忍者ってやつ?」
「いやこれは……む?」
褒められて悪い気はしないが、正体のわからない相手に対しては反応に困る。それに、男の言葉はシュウメイに妙な感覚を与えた。
「我とユーは何処かで出会ったことが…?」
「え?」
隣に立ってみれば、男はシュウメイよりも数センチ高いところに目線がある。
そして彼の着ている改造された制服は、今ひとつ面白味に欠ける(とシュウメイは思っている)指定の制服をベースに、その高身長とスタイルをしっかりと活かした丁寧な作りをしていると分かる。有り体に言えば「センスが良い」。
こんな服を着ていれば決して忘れないだろう。しかしシュウメイにはこの軽薄そうな男についての記憶はない。
けれど、男はどこか自分を知っているような口ぶりに感じた。
彼とは違い、指定の制服を着ているシュウメイ相手に「流石忍者」という賞賛などそうやすやすと浮ぶものではない。先ほどの動きにしたって、もっと他に適切な言葉選びはあっただろう。
シュウメイが生粋の忍者オタクだということは、数少ない同朋だけが知っているのだ。彼がこの男と知り合いで自分のことを教えたとは考えにくい。
シュウメイの言葉に軽く首を傾げた男は、少し考えるように間を置いてから小さく頭を振った。
「さあ、どうだろう?覚えてないんだよね」
「どういう意味でござるか?」
「うーん」
見た目の割に穏やかな話し方をする。
顎に手を置いて空を見た男の顔をまじまじと見つめていると、どことなく「既視感」を覚えた。何処かで見たような気がする。でも、分からない。
しかし、その僅かな手掛かりもぱっと向けられたあっけらかんとした笑顔とそれにそぐわない台詞で掻き消されてしまった。
「ボクさあ、おばけなんだよね!」
「…………さらば」
「あー待って待って!ヤバい奴とか、そういうんじゃないからマジで!!」
片手を上げて早足で隣をすり抜けたシュウメイに、男は慌てたような苦笑いを浮かべて追い縋る。躊躇いなく伸ばされた手はシュウメイの腕を捉え、それほど強くない力で引き戻された。
触れるじゃないか、と一瞬考えた。「おばけ」という馬鹿げた言葉を信じた訳では無いが、設定作りが甘いな、とどうでもいい感想が浮かんだ。
「ほんとなんだよ、信じてくれない?」
「それでおいそれと信じられる輩はなかなかおらぬのでは…?」
「うーーん、じゃあさ、ほら、見てよ」
何かを思いついたような男がシュウメイから手を離す。その手が随分冷たかったな、とその時に気づいたシュウメイは、目の前の光景に目を瞠った。
「ほら、これで信じてくれる?」
シュウメイより幾分か背が高かったはずの男が、遥か頭上から見下ろしている。
「…………は?」
ふわふわと、まるでしゃぼん玉のようにそこに浮かんでいる男は白いブーツの裏をこちらに向けるように足を伸ばして「どう?」と訊ねた。
「これでボクがおばけだって信じてくれるっしょ?」
にっ、とどう見ても陽キャのそれな笑顔を向けて笑った男に、シュウメイは数秒の沈黙の後ばっ、と両手を広げた。
「ん?」
「天蓬」
「え?」
パン、と音を立てて両手を合わせ人差し指を立てたシュウメイは、やけに眼光鋭い目を男に向けてかっぴらいた。
「天内天衝天輔天禽天心天柱天任天英。清陽は天なり濁陰は地なり」
「ちょ、なになになに怖い怖い」
「伏して願わくば守護諸神加護哀愍したまえ、急」
「ストップストップ!何やってんの???」
突然つらつらと何かを呟き出したシュウメイに、男が慌てて目の前に降り立って顔の前で手を振る。その様子にむ、と眉を寄せたシュウメイが口を尖らせる。
「勿論、怨霊を祓おうと」
「え、お祓いしてたの?!なんで知ってんの!!」
「この様な術式はオタクの必須科目である故」
「そ、そうなの…?…いや、ていうかボク怨霊じゃないし」
「そんなにはっきりしっかり姿を現して喋ることのできる霊は力の強い悪霊だと我の読んだ本には記されていたでござるよ」
「いや、だから…」
もー、と呆れたように肩を落とした男は、ぽりぽりと後ろ頭を掻きながら言った。
「あのね、ボクのこと見えたのも声が聞こえたのも、キミが初めてなんだよ」
「ぬ?」
「ねえ、…お願いがあるんだけど」
どこをどう見ても自分と同じ年の頃の「人間」にしか見えない男が、どこか遠くを見るように笑った。
「ボクが『誰』なのか調べるの、手伝ってくれないかな?」
屋上の眼下では、厳しい生徒会長が誰かを叱責する声が響いていた。
シュウピニャ『思い出すのは、未来の君』