こういう話が見たいシリーズ③(ドドピニャ) それは閃光の彼方にあった。
「―――え、?」
眩しさに瞑っていた瞼を開いたピーニャは、目の前の光景に唖然とすることしかできなかった。
「………オマエ…」
「ピーニャ殿…?」
「うそ、」
驚いた様子で自分を見る少年少女達。その向こうに広がる雄大な大地。抜けるような空。
そして。
「……ド、…?」
陽光を受けて艷やかに光る体を持つ、異様な姿の怪物だった。
*****
「うわぁ?!何!!!?」
突然草むらから飛び出した生き物に飛び上がったピーニャは、それがやけに大きなバッタのような姿をしていることに気づいて「うわ」と目を開いた。
「え、何これ虫…バッタ?黒い…でか…うわああめっちゃ跳ぶじゃん!!」
びよん、と跳ねてどこかへ行ってしまったおかしなバッタを胸を押さえて眺めていたピーニャは、はあとひとつ大きなため息を吐いて後ろを振り返った。
「なにこの…ポケモン?てさあ、全体的に随分サイズ大きくない?この前の何だっけ…カニ…あれもさ、人間サイズだったじゃん」
「………ド」
「あんなのボクの世界にいたらニュースになるって。さっきのバッタだって、向こうじゃせいぜいこれくらいだしさあ」
これくらい、と親指と人差指を軽く開いて見せたピーニャに、後ろをついて進んでいたドドゲザンが首を傾げてつい、と近寄る。その距離に、「わ、」と声を上げたピーニャが一歩後退した。
「あっぶな…あの、キミさ、その刃…本物なんだよね?なんか草刈ってたもんね」
「ゲザ」
こくりと頷いたドドゲザンに、ピーニャはまた少し身を引きながら苦笑いを浮かべた。
「いやあの、こっちの『ボク』はどうだったか知らないけど、ボクまだキミとの距離感よく分かってないからさ…あんま近いと、ちょっと…」
ちら、とその目がドドゲザンの大刀を見る。
「……………」
す、と僅かに身を屈めて後ろに後退したドドゲザンに小さく息を吐き出して、またピーニャは歩き出した。
ピーニャが「この世界」に来て一週間ほどが経った。
何が何だか分からず、そして目の前の異形の存在にパニックを起こして放心していたピーニャにその場にいた「友人」達が説明をしてくれた。
ここは「ポケモン」という(ピーニャにとっては)不思議な生き物がいる世界。ピーニャの世界で言う犬や猫や鳥や虫たちのように、当たり前にポケモンたちが共生しているのだという。
しかし、ピーニャのいた世界と決定的に違うのは、その生き物たちは火を吹いたり電撃を出したりしながら互いに戦うことがあり、さらに人間が彼らを捕まえて使役して「バトル」を行うこともあるという。
ピーニャの世界で動物を使ってそんなことをすれば間違いなくなんらかの刑に引っかかるだろうし、どう考えても動物虐待の範疇だ。
やや引き気味にその話を聞いていたピーニャに、彼らは恐る恐ると言うように訊ねて来た。
『ていうか、オマエ、ピーニャ…だよな?』
派手なピンク頭の少年の言葉に、何故彼らが自分の名前を知っているのか驚いた。髪色も着ている服もまるでコスプレか何かのように奇抜な彼らに見覚えはなかった。知り合いがそういう衣装に扮しているのだろうかと思ったが、そんな趣味を持つ友達もいない。
『そ…うだけど、…え?キミらボクのこと知ってるの?』
全く現状が飲め込めないまま聞き返せば、彼らから返ってきたのは意味不明な答えだった。
『知ってるよ。オマエ、ここでずっとオレらと一緒に過ごしてただろ』
どうやら、この世界には自分と全く同じ姿をした「ピーニャ」がいたらしい。この世界で生き、ポケモンを捕まえ、彼らと戦っていた「ピーニャ」が。
彼らにしてみれば、いつもどおりだったはずの友達が突然「別の世界」の人間とすり替わって戸惑っている、ということだったのだろう。
一体何がどうなっているのか。何かを疑おうにも、何一つ理解し難いためにどれを疑えば良いのかもわからない。作り物にしては「良く出来すぎている」。
そんなわけで、仕方なくピーニャは「この世界」での時間を過ごすことになった。
この、「ピーニャの相棒」だというドドゲザンというポケモンと共に。
見た目怖すぎっしょ。
少し離れた後方から不思議な音を立てて付いてくるドドゲザンをわずかに振り返った。返ってきたのは鋭い視線で、慌てて前に向き直る。
あれが「相棒」?
全身から生えている鋭い刃は本物だ。あれを振りかざして他の「ポケモン」と戦うのだろうか。例えばさっきの妙にコミカルな顔をしたバッタをあれで斬りつければ、一溜まりもないだろう。戦わなければいけなくなったら、昨日見た青くて丸いぬいぐるみのような可愛らしいネズミにも、同じことをさせるのだろうか。自分が指示を出して?
できるわけがない。
「…………あのさあ」
この世界に慣れるため、と辺りを散歩していた足を止めて振り返ったピーニャは、同じ様にぴたりと止まったドドゲザンに向き直った。
「『ボク』がいる時は、バトル…だっけ、あれ無しね」
ピーニャの言葉に、何か考えるようにじっと黙り込んだドドゲザンは、やがてまたこくりとひとつ頷いた。
その目が何を伝えようとしているのか、「ピーニャ」にはまるでわからなかった。
ドドピニャ『貴方の背を追う』