微睡みの祝福「おや、ピーニャ殿」
昼休みのグラウンド。思い思いに楽しむ生徒の声が響くその外れ。花壇の近くに置かれたベンチに見慣れた後ろ姿を見かけたシュウメイは、軽い気持ちで声をかけた。
「あ。シュウメイ。おつかれー」
「うむ。……む?」
ベンチ越しに首だけで振り向いたピーニャに頷き返したところで、その存在に気付いてぱちりと瞬きをした。
そよそよと気持ちのいい風に、淡い桃色が揺れている。
「なんか、昨日徹夜したみたいで」
シュウメイの視線を受けて苦笑いを浮かべたピーニャは、それからふっと俯いた。
目を伏せて、自分の膝に乗る頭を見る目は酷く柔らかだ。
彼は、自分がどんな顔をしているか分かっているのだろうか。
「…満腹でござる」
「?昼食そんなに食べたんだ?」
「………そうでござるな」
「珍しいね?」
「一寸想定外の甘味に遭遇した故」
「そうなんだ?」
いつもハキハキとよく通る声で話すピーニャの囁くような声には妙な艶っぽさがあって、余計に見てはいけないものを見てしまったような気分にさせる。
「随分とぐっすりでござるな」
小声とはいえこれだけ話しても起きないとは。とベンチの正面に回ってグラウンド側を向いているその顔を覗き込む。
「起こさないでよ。折角休んでるんだから」
「…熟睡のようだから大丈夫であろう」
「なら良いけど」
そう呟いたピーニャの手が、柔らかそうな髪を優しく撫でる。
「邪魔ではござらんか?」
動きにくかろう、と腕を組んで訊ねたシュウメイに「全然」と不思議そうに目を開いて首を振った。
「…実を言うとさ、嬉しいんだよ」
「ほう」
「オルティガって結構意地っ張りっていうか…子供扱い嫌いじゃん?」
「所作は悉く子供であれど、そうでござるな」
「ふふ。…そんなオルティガがさ、こうやって、甘え?みたいなことしてくれると、さ」
さらさらと滑らかな髪を滑る手は止まらない。
言葉通り嬉しそうに口元を緩めるピーニャは、甘く解けるような声で言った。
「オルティガの恋人になれて良かったなあ、て思うんだ」
温かな陽光に照らされたベンチが、酷く神聖な場所のように感じられた。
「……もう満腹だと申したでござるよ」
「ん?どういうこと?」
「否」
ため息を吐きながら首を振ったシュウメイにきょとんとした目が向けられる。
それに答えるつもりも起きず、校舎に取り付けられた時計に視線を移す。
「我は次の授業がある故、失礼仕る」
「あ、うん。ガンバってね」
「応」
これ以上の惚気は聞いていられない、と踵を返しかけたシュウメイはふと思いたって足を止めた。
「時に」
「うん?」
「今の言はオルティガ殿に直接伝えたりはしないでござるか?」
ほんの悪戯心だ。
「え、しないよ」
「何故?」
独り身に対して過分な砂糖を振りまいたことへの、小さな意趣返し。
「だって恥ずかしいじゃん」
照れたように笑ったピーニャに、頭巾の下でにんまりと笑ってみせた。
「成程」
「うん。だから、オルティガには内緒にしててよ」
「了解した」
「あ、この状態見られたってわかっただけでも暴れそうだから、そっちもね」
「…承知」
話しながらも頭を撫でる手を止めないピーニャに手を振って、今度こそ校舎に戻る。
その際、ちらりと視線をその大人しい膝の上に向ける。
真っ赤に染まった顔が、うっすらと眼を開けてこちらを睨みつけていた。
「馳走でござった」
口元を隠す布を引き下ろし、これ見よがしに口にして背を向ける。
起きるに起きれなくなったオルティガが、この後どうやって「目覚めたフリ」をするのかを見れないのは残念だが、ここは邪魔者は去るべきだろう。
「いやはや、青春でござるなあ」
いささか年寄りじみた台詞を吐きながら、眩しい光景を背に校舎へと向かった。
「あ、オルティガおはよう!」
「…………オハヨウ…」
「よく眠れた?」
「…おう」
「それは良かった!この後授業あるっしょ?一緒に途中まで」
「ピーニャ」
「ん?」
「………きゅ、急に、どうしたの…?」
「いや、なんか、凄まじくしたくなって」
「そ、そう…」
「うん…」
「…………あの、さ」
「なに」
「もう一回……しない?」
「…………………する」
END.