乳母日傘の鐘音煩悩の数だけ鳴るという鐘の音が遠くから聞こえてくる。
テーブルで開いたパソコンの画面を眺めながら聞くともなしにその音を聞いていると、とすりと左肩に温かな重みが加わった。
横を見れば、さっきまで眠そうな目を擦りながらみかんの皮を向いていたピーニャがこちらに頭を預けて穏やかな寝息を立てていた。
テーブルに載せられたままの小さな手には丁寧にアルベドまで剥かれたみかんの房が収まっている。
「ここに栄養があるんですよ」と口を尖らせるピーニャに「栄養はキミのご飯で充分頂いていますので」と主張すればなんとも言えない顔を僅かに染めて渋々剥き始めた。
年明け早々に研究会での講演を急遽頼まれたジニアの原稿制作を隣で見守りながら、ぽんぽんと口にみかんを運んでくれていたが限界が来たらしい。
折角の年越しだと言うのに仕事を詰まらせたジニアに「大変ですね」と気遣いつつも、せっせと豪華な夕飯や年越しそばで準備してくれていた。
心身ともに子供であるピーニャにとっては夜更けまで起きているのはただでさえ大変だっただろうに。
「先生と一緒に1年の終わりと始まりが過ごせるなんて、うれしいです」と、嘘偽り無き眼と高揚した頬で言われては「先に寝ていてください」とも言いにくい。
ジニアの肩に頭を付けてすうすうと寝息を立てるピーニャのまろやかな頬が視界に入る。
除夜の鐘は続いている。
掌に残された小さな房を起こさないように慎重な手付きで摘み、口にいれる。
舌触りの良い、甘酸っぱく瑞々しい果実が口の中で解けて爆ぜた。
「ん………、せん、せ」
微睡みに沈んだ小さな声が転がるように薄く開かれた唇から零れ落ちる。
鐘の音はまだ終わらない。
いつのまにか越していた新しい年1年を、どんなものになるだろうかなどと考えたことなどなかった。
だらしなく上体を傾けてテーブルに頬杖を付いていたジニアは、身動きが取れなくなった左肩に視線を送って笑った。
朝が明けたら、また2人で食卓を囲もう。
I wish you a Happy New Year