ほしにねがう「コマタナのかたなをとぐときは、きをつけてくださいね」
ちいさいけど、とてもするどくて、きれいにきれちゃうので。
「キミでないと砥がせてくれませんよ」と伝えると、にこにこと笑って「うん。できるまではします」と返ってきた。
到底「人間」が耐え得ることではなかった、と結論付けてしまうのはあまりに無責任だった。
耐えたではないか、彼は。
あの時、確かに彼の目に光る意志を見た。
少しずつ、本当にゆっくりだけれど、再び回り始めた彼の思考を追うのは好きだった。
何もかも壊されてしまっても、それでも濁ることのなかった目で見るこの残酷な世界を、「きれい」だと言った彼の心は確かにそこにあった。
「かわいい。だいすき。ボクのコマタナ」
1日数回だけ聞ける彼の声は、少しずつ少なくなっていく。
しがみつくように腕の中にいるコマタナだって、きっと気付いているのだろう。
眠り続ける彼のそばを決して離れないのは、分かっているからだ。
彼という存在が、掌に乗せた水のようにさらさらと流れ落ちていっている。
「じにあさん」
今、この世界で彼が知る名前は2つだけだ。
きっと、もう訊ねても自分の名前も分からない。
「どうしましたかあ?」
頭を撫でると、気持ちよさそうに細くなる目。
その目がうとうとと重く閉じられていくのを、勿体無い気持ちで見詰める。
ああ、もう少しだけ。
「…眠たいですか?」
「うん」
「そう…横になってていいですよ」
「ん…」
すうと目を閉じた彼の声がきけるのは、あとどのくらいだろう。
名前を呼んでもらえるのは。
その目が自分を映すのは。
すやすやと穏やかに眠る顔を見れるのは。
「キミも、少しは寝たほうがいいですよ」
「マ」
「……ぼくは、もう少し起きています」
「タナナ」
「ずるくはないです」
「ゆめをみました」
嬉しそうに笑う顔は、あどけなく、曇りなく、晴れやかだった。
「どんな夢でしたかあ?」
「みんなといるゆめ」
「皆?」
「だいじなぼくのたからもの。その、みんな」
「宝物」
そこにいない何かを眩しそうに見つめて、幸せそうに。
「ほしがきれいで、きらきらしていました」
5つの星。彼らが描く、北天の星座。
何故、自分がそんな幻を見たのかわからなかった。
彼が見せてくれたのかもしれない。
「コマタナも、じにあさんも、いました」
膝の上で眠るコマタナを愛おしそうに撫でる手はやはり滑らかだ。
「楽しそうな夢ですねぇ」
つられるようにゆっくりと落ちていく瞼を、どうしても止めたかった。
けれど、
「しあわせでした」
嗚呼、と嗚咽にも似た声が漏れた。
撫でる手が止まったことに気が付いたのか、コマタナが目を覚ます。
「…コーマ?」
その顔は、言葉通り幸せそうで。
あんまりにも穏やかだから、まるで、
「コーマ」
まるで、次起きた時は初めて聞くほど元気な声が聞こえてきそうで。
「おやすみなさい、ピーニャくん」
どうか、彼の長い長い夢がいつまでも幸せであるように。
宝物に溢れた、優しいものであるように。
輝く星に、願いを託した。
終わり