手足の話「コマタナ」
「ナ」
自分の一言で理解を示してくれる相棒は有り難い。
その目がどう見ても「またかお前」と言っているのはこの際見なかったことにしてあげよう。
「合図はバッチリ?」
「ナッタタ!」
ビシ、と突きつけられた腕の刃にニヤリと返す。
「オッケー、じゃあ、スタンバイお願いね!」
自分の容姿が優れているとは思っていない。
ほぼ毎日顔を合わせる仲間たちが軒並み整いすぎているせいもあるし、思い浮かべる顔がピーニャにとってこの世で一番「カッコイイ」ものなのだから仕方ない。
客観的に言っても、せいぜいが平均的、目付きの悪さなどを含めれば相手に不快に思われる可能性も十分にあることは充分に理解している。
その上で、経験上ピーニャは知っているのだ。
「はっ、お前のその顔、最高だな」
髪を捕まれ上を向かされる。眉を寄せて痛みを訴えるように唸り声を上げれば、下品な笑いを浮かべた男がこちらを見下ろした。
「本当は、あのクソ生意気な坊っちゃんをぐちゃぐちゃにしてやろうと思ってたんだけどなぁ」
「…オルティガのこと?」
地面に付いた膝に載せられた男の靴底が、ぐりぐりと嬲るように踏み締めてくる。
両腕を纏めるように巻き付いたポケモンの蔓がギチリ、と鳴った。
「ああ、そうだよ。あのガキ、オレに向かって『弱いくせに声だけ大きくてだっさいね』とか抜かしやがった!」
「あは、言いそう」
「んだと?!」
顔を歪めた男の足が腹を蹴る。
げほ、と眉を寄せて咳き込めば、また満足そうに鼻を鳴らした。
「呼び出してぼこぼこにしてやろうと思ったのに、会長が来るとはな。あのガキビビって逃げ出したのかよ」
「違うよ。さっき言ったじゃん。間違ってボクのとこに連絡が来たんだってば」
「チ、…まあ良いよ。てめえもムカついてたからな」
「ボクキミのこと知らないんだけど」
「うるせえな!ウゼえ校則作りやがって!」
「ああ、それか。…キミ、ひとりでオルティガのことボコそうと思ってたの?」
「あ?そうだよ。あのクソガキなんぞオレひとりで十分だろ」
「キミ、つるんでる仲間とかいないわけ?」
「はぁあ?舐めんな、いるっつーの」
「でも、ひとりじゃん。…友達いない感じ?」
はっ、と馬鹿にしたように笑うピーニャに、男の額に青筋が浮かんだ。
「ざけんなよてめぇ?!待ってろ今すぐ全員招集して死ぬまで可愛がってやるよ!!」
飛び上がった男のスマホロトムに、ピーニャは「どうせ集まって数人でしょ?」と追い打ちをかける。
怒鳴り声を上げた男が拳を振り上げながら電話越しに「全員連れてこい」と叫んだのを、目を閉じて聞いた。
「コマ」
パタパタと着ていた制服を払いながら声をかければ、腕を「引き抜いた」コマタナが初めてこちらを振り向いた。
この合図も随分身に付いたようだ。
「ちゃんと生かしてる?」
「ナ」
「そ」
伸びかけの髪を結んでいたゴムを外して軽く頭を降る。
久しぶりに着た制服はもう随分動きづらく感じられて、不思議な気分だった。
早くこの窮屈なブレザーを脱いで、シュウメイが作ってくれたいつもの上着を着たい。
ととと、と足元に駆け寄ってきたコマタナがじー、と顔を見上げてくる。
「何?」
「コナ」
赤く染まった手をこちらに向けてきたコマタナの視線を受けて顔に触れれば先程殴られた頬がつきりと痛んだ。
「ああ、これ?まあ…なんか適当に誤魔化すよ」
「ナナー?」
「んー…あ、コマタナ、ちょっとこの近く斬ってくんない?」
「コマ?」
首を傾げるコマタナの目の前に屈んで、熱を持っている頬を向ける。
「キミとバトったことにしよ」
「ナー…」
じと、とした目を向けるコマタナだったが、「ほら」と頬を寄せればはあ、と大きなため息を吐いて首を振られた。随分と感情豊かになったものだとおかしくなる。
「コママ」
「あ、ちょっとコラ」
仕方ない、というように手についた血をピーニャの制服で拭ったコマタナに抗議の声を上げたが素知らぬ顔でピカピカになった手を眺めてからそれを振り上げた。
「もー…ほら、頼むよ」
む、と口を尖らせて頬を向ければ、しゅ、と風を切る音がして頬にぴりりとした鋭い痛みが走った。
「ふふ、サンキュ」
そこを指で辿れば指先に血が付く。これで良し。
「じゃあ帰ろっか」
「コマ!」
「お腹すいた?」
「タ!」
「じゃーなんか買って帰ろう」
「タナタナ!!」
動かない塊を踏まないように軽く飛び越えて、ピーニャとコマタナは明るいネオンの光る街へと向かっていった。
「そうだ。あのさあ、飛び出してくる時ボクの頭踏み台にするのは止めてくんないかな?」
「ナーナ」
終わり