Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    Honte_OshiCP

    熱が赴くままに書いたもの達の保管庫

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 8

    Honte_OshiCP

    ☆quiet follow

    まさかの📸🎩平和if、続きました(絶望)
    気が抜けるような話を書きたいし多分まだ書き続けたいんだよ~~~許してクレメンス

     朝目を覚ましたベンが部屋を見渡すと、どこにも昨晩の影は見当たらなかった。起きた瞬間はドクドクと心臓が鳴りだしたが、ソファにもクランプの杖は掛かっておらず、あの派手な足音も聞こえてこない。ほっと安堵のため息をつき、ベンは顔を洗いにのそのそとベッドから這い出た。目を擦りながらバスルームのドアに手をかける。
    「随分とゆったり起きてきたじゃないか」
     手を滑らせかけ、ドアに背を預ける形で体勢を崩したベンは、慌てて声のしたほうを見る。
     部屋の隅にあるスツールに、マントを膝に置いたクランプが優雅に腰掛けていた。ゆったりと足を組み、呑気にも本のページを捲っている。
    「夢じゃなかったのか…」
    「そんなに残念かね。眠りを妨げてはいないんだがな」
     ふっと笑って、クランプは手にした本を閉じる。手にしていた本は、カポーティの名著『ティファニーで朝食を』であった。
    「随分と俗人的なものも読むのだな、ベン。君はてっきり、隣の本棚にある妙な学術誌ばかり読んでいるものかと」
     彼の言葉に反論をしかけたベンだが、クランプの手にある本のタイトルを脳が理解した途端、ぐっと言葉を呑みこむ。微かに目線を逸らした彼を、クランプは怪訝そうに見つめていた。
    「…それは俺の持ち物じゃない。彼女のだ」
     ぽつりとこぼしたベンを前に、クランプは顔色ひとつ変えず、そうか、とだけ返した。静かに小説を棚に戻す。そんな彼を横目に、ベンは今度こそバスルームへ消えた。

     顔を洗って出てくると、クランプは既にスツールから離れた後だった。先ほどまでの落ち着き払った読書中の姿とは裏腹に、キッチンのトースターやレンジを前にきょろきょろしている。
    「それにしてもだ。今世は随分と利便性が上がったものだな。私の生きた時代にこんなものは無かった」
     興味深そうに家電類を観察するクランプをよそに、ベンは冷蔵庫から引っ張りだしたヨーグルトをココットに移し、ブルーベリーのジャムを添えた。そうしてレンジを観察し続けるクランプを軽く押しのけ、隣のトースターに一枚食パンを突っ込んで焼き上がりを待つ。が、結局は香ばしい匂いが漂う前にそいつを引っ張りだしてしまった。まだバターが溶けきらぬうちに、トーストにかじりつく。いつの間にやら隣に来ていたクランプは、その様子をじっと見ていた。
    「まだ焼けていないだろうに。少しくらい待っても良さそうなものだが」
    「そんなに時間が無いんだよ。大学についてから講義の準備が、今日はちょっと多いからな」
     忙しなくトーストを腹に収め、ヨーグルトを口に運ぶベンを前に、クランプは肩をすくめて顔を逸らした。咀嚼する音を、ごくりと喉が鳴る音を、聞き流しながらどこを見るでもなく頬杖をつく。
     味わうのもそこそこに、ベンは食器を片付け、身支度を整える。ジャケットを羽織って、鞄を抱えると玄関へ走った。背後でソファの軋む音を聴き、一度だけ振り返った。視界の先に、キッチンへ向かおうとするクランプの後ろ姿を見留める。
    「おい、ひとつだけ言っとくぞ。頼むから家電を乱暴に扱うなよ。壊れたらシャレにならないんだ」
     分かっているのか分かっていないのか、クランプが、あぁ、と生返事を返す。引っかかりを感じながらも、ベンは家から飛び出した。


     昼食の時間が来た。
     普段なら、適当にカフェにでも入るか大学のカフェテリアに行くかで早々に食事をとるのだが、どうにも自宅のことが気になって、ベンは一度学校を抜けた。いやな予感が拭えないのだ。興味津々な様子の前時代貴族様が、あのままじっとしているとも思えない。どうにも急く思いで、本来なら夕時に辿るはずの帰路を急ぐ。
     ドアに手をかけた時、家の中は静まり返っていた。ほんの一瞬、再びクランプは居なくなってくれたのでは、などという期待がこみ上げた。せっつかれるままに扉を開けた途端、その希望は粉々に打ち砕かれることになるのだが。

     ──調理台の前に佇むクランプに、胸のざわつきを覚えたのは確かだ。おい、とひと言声をかけたベンを、クランプはゆっくり振り返る。なんでもないような顔つきを前に、不穏を思わず忘れてしまった。それがいけなかった。
    「…ベン、この大きな鉄塊がうんともすんとも言わないのだが」


     結局、午後の講義は生徒に心配されるほどに、ベンは憔悴していた。きょとんとするクランプを突き飛ばし、大学に戻ってきてからというもの、彼はほとんど気もそぞろな様子で仕事を続けていた。彼の講義に熱心な生徒達にこれでもかと気遣いと心配の言葉をもらいつつ、彼は重い足取りで自宅へと戻ってくる。
     またあの男と顔を合わせなければならないのか。肩にのしかかる憂鬱で、鞄の肩紐がずるりと落ちる。時間を作って新しい電子レンジを探さなければならないし、クランプがまだ家に居続ける以上は行動を制御しなければならない。そうでなければ、壊されてはマズい物を隠しておかなければいけない。一挙に押し寄せた困難を前に、帰路の足取りがさらに重くなる。やはり、昨晩あの男は追い返さなければいけなかったのか。
     玄関前に立って深呼吸をした。ひょっとすると、部屋の中は余計にひどい有様になっているかもしれない。その覚悟を決め、とうとう扉を開けた。
     開けたすぐ先に、クランプは居た。キッチンから離れ、かといってソファに腰掛けるでもなく、帽子を深くかぶって顔を伏せていた。まさかほとんど目の前に居るとは予想していなかったせいで、小さく仰け反ってしまう。ほとんど反射的に、ただいま、と口走った。誰も居ない(まぁ実際は居ないも同然なのだが)家に、彼が久方ぶりに放った言葉だった。放ってから気付いた。
    「…何してんだ」
     どう話しかけたらよいかも分からず、ベンはそう尋ねるほか無かった。無愛想にもほどがある物言いにはなったが、致し方無いだろうとひとり言い訳じみた事をごちる。そんな彼を一瞥し、クランプはおずおずと切り出した。いつになく気まずそうで、歯切れが悪かった。
    「どうにか奮闘したのだが」
     そう言って、クランプがキッチンのほうを指さした。
     驚愕した。電子レンジの液晶に、数字が戻っていた。え、と素っ頓狂な声を上げて駆け寄り、ベンはレンジのボタンをくまなく押して確かめてみる。正常だ。
    「なんで直せた?なぁ、どうやって」
    「そんなもの私も知らんよ。かろうじて、鉄塊をどうにかするほどの妙な力が残っていたまでの事さ」
     そう言ったクランプの目つきは、いつになく気だるげな色を纏っていた。いまいち焦点の合わない目線とベンのそれがかち合う。心地悪い、とも言いきれない事が尚更心地悪かった。まだクランプが家に上がり込んでから二十四時間も経っていない。変なところで適応能力を発揮する己が、ベンはちょっぴり──否、とても憎い。
     ふと、クランプの体がゆらりと揺れた。かつん、と杖の音が響き、靄に包まれた身体が傾く。既視感を覚えたのは、まだベン自身の記憶に新しい昨晩の光景だ。
    「…休ませてくれ。“昼通し”の労力が堪える」
     妙な言葉まわしに一瞬首を傾げたベンだったが、そういえばこの男ならびにゴーストの領域は本来、真夜中だったという事を思い出す。ああ、とだけ返した。目の前の体が、ソファにしな垂れかかり動かなくなる。はぁ、はぁ、という疲れの滲んだ息遣いがだんだん速度を緩めて規則正しくなっていくのを聞き届けた自身に、ベンは二たび驚いた。
     自力で直そうと試みる程度には、あの男にも罪悪感がある事にも吃驚してしまう。凶悪で、恐ろしくて、高圧的。それ以外に述べることも無いような亡霊だと疑わなかった。それがどうだ。ぴ、と音を発して三分を表示するレンジを見て、ベンはため息をついた。
     この男、底が見えない。どうしたものか。
     そうしてひと段落ついた時、改めてベンは呟いた。

    「…いや、やっぱり出て行かないのかよ」
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ☺☺☺😭😍👏💴💴💴💴💴💴💴👏👏👏👏👏💴😭😍😍😍
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works