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    Honte_OshiCP

    熱が赴くままに書いたもの達の保管庫

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    Honte_OshiCP

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    マジラン主従楽しいです。
    ジーニーに出会う前の二人に夢を見ていますが、見返すとかなりお互いに甘すぎる気がしますね。

     ざらついた風に混じったガラムマサラの匂いが鼻をつく。長い道中の終わりが見えるようで、アシームの頬が緩んだ。街に着いたらひとまず、スパイスのよく効いたラップサンドでも頬張りたいところである。
     腹の虫が目を覚ます中、アシームは今日のショーを思い返す。満員御礼も過言でない賑わいと喝采の大きさは嘘偽りなく、マジックの出来への賛辞を物語っていた。目立った粗もなく演目を終えた頃には、すっかり得意げに胸を張る主ことシャバーンの姿があった。流麗にマジックをこなせた事に加え、シャバーンの饒舌で調子のよい語り口も功を奏したのだろう。客の反応は、マジック抜きにしても上々であった。
    「お疲れさまでした、シャバーン様! 次の街にはもう移動しますか?」
    「ああ、明日のショーは早いからな。さっさと荷物をまとめるぞ。晩飯も次の街に着いてからだ」
     片付けがてらそんな言葉を交わしたのが、二時間ほど前の出来事である。やや肉付きの薄いロバの背に揺られ続け、ようやく、料理の匂いが砂塵の合間をぬって二人に届いていた。

     街はずれとはいえ、人影自体は多い土地であった。素焼きの皿と洗ったヒジャブが視界を彩る。道すがら売られる干し肉を横目に、アシームはロバの背から退く。数歩先では、シャバーンがラクダの手綱を引いていた。
    「宿を決めるぞ。うろうろするな、あと荷物から目を離すな」
     はい、と強張った声で返事を寄越し、アシームはふっくりとした指先で、荷をまとめる紐を確と握った。そこそこに身なりの綺麗な二人をじっと舐め上げる、不躾な視線がちらちらと覗いていた。少しでも注意を怠れば、商売道具や投げ銭がすぐにひったくられる。そんな治安であることは察するに難くない。絶えず剣呑な目つきに晒されながら、ぼろ布の目立つ市場を進んだ。
     薄暗い市場を抜けると、ようやく二人は安堵から肩の力を抜いた。街の中心部はより栄えており、路傍では行商人がテントを広げて品々を掲げている。
    「先に泊まる場所を決めておきませんか。店先に荷物とラクダを置いておくのもちょっと不安ですし…」
    「ふむ。これだけの荷物を持って歩くのも重いからな、早いところ宿に急ぐか。お前にしては良い案だ」
     慣れた調子で繰り出される言葉がピリッと辛い。とはいえ、アシームにとってはなんてことないのだ。これが主の常日頃から変わらぬ、憎めない辛辣と相応の褒め言葉である。ありがとうございますと返して、宿の目印を探し出した。
    やがて、二人と二頭の先で、ひときわ目立つランタンが灯っていた。グラス細工越しのあたたかな火が揺れる。
    「待っていろ。主人に聞いてくる」
     ラクダの手綱を近くの柱に結び付け、シャバーンは宿屋の門扉をくぐる。おおかた部屋の空きだけでなく、値段の交渉でもしてくるのだろう。アシームは積み荷から目を離すことなく、主人の帰りを待つ。中の声は聞こえない。彼はロバの背に身体を預けた。その間にも、街角のケバブ屋から香ばしい匂いが漂ってくる。焼ける肉とナツメグの芳しさに喉が鳴った。
     十分が経つ頃、シャバーンはようやくアシームの前に戻ってきた。にんまりと笑って出てきたのを見るに、値切りが成功したのだろう。
    「アシーム、今日の宿はここだ! とっとと荷物を置いて街に繰り出すぞ!」
    「ありがとうございます! あーお腹すいた…」
    「わしも腹が減って仕方ない、ほらすぐ行くぞ」
     荷を下ろした彼らは、主人に通されるがまま部屋へと急いだ。色の褪せたペルシャ絨毯や少々ほつれた刺繍クッションで飾られてはいるが、掃除は行き届いた室内であった。貴重品以外を隅にまとめると、途端に二人は顔を見合わせ、早足で宿から飛び出した。
    「「晩飯/夜ごはん だ~!」」

     空がサファイア色に染まる時間となった。湯気と煙の混ざる街路で、二人はまだ食べる物を決めかねていた。スパイスでマリネした鶏肉と野菜を炭火で焼いたシシ・トゥク、こんがりと揚がったファラフェル、候補が上がってはキリがない。加えて、アシームは絶賛育ちざかり、齢十八にも満たない少年なのだ。大概の一品一皿程度では腹の底すら到底満たせない。もっとも、遠慮がちな謙虚の塊は、そんな事口が裂けても言えやしないのだろうが。
     それを悟っているシャバーンは、知られぬ程度のため息を吐き出した。
    「…アシーム、今日はお前が食いたいものを決めろ」
    「え、いいんですか? シャバーン様は…」
    「構わん。決めきれんからな、面倒くさいしお前が選べ」
     ぶっきらぼうに告げたシャバーンに構わず、アシームはぱぁっと顔を輝かせた。ひとしきり考えたのち、十字路に構えた店を指す。米と肉をスパイスと炊き上げたマチュブースに、香ばしいカレーとふっくらしたナンが評判らしい。街の住人が勧めた店だった。
     主がカレー好きだと鑑みての選択だとはすぐに分かった。少なからず気分がよく、シャバーンは何の気なしに、アシームの曲がった帽子を直してやった。

     品書きをひと通り眺めた二人は、鼻をひくつかせてうっとりとため息をついた。先ほどからずっと美味そうな匂いに囲まれているのだ。辛抱たまらない心地で店員を呼び、各々注文を伝える。店員が去ると、二人は料理を待つ間、明日の手筈について念入りに確認を行った。
    「頼むから、花は丈夫なものを用意しろ。今日、あげようとしたお嬢さんの隣の父親に睨まれたんだからな」
    「かしこまりました…丈夫な種を探します」
     縮こまる少年と腕を組む男、他の席からは訝し気な視線が注がれている。ひどく威圧的な雰囲気すらある席は、およそ和やかな食事の席とは程遠いのだから無理もない。少年を哀れむような目つきが散見される店内は、些か不安げな空気に包まれていた。
     しかしその空気を打ち破る存在が居たのだ。
    「はいお待ちどうさん、マチリカレーとマチュブース、あとフムスね」
     二人の空気感をものともせず現れた、ウエイターと料理である。テーブルに置かれた皿から、芳しい湯気が立ち上る。その匂いに解かれるように、二人の間の奇妙な緊張感がついと消えうせた。皿から薫る湯気の奥に、こぼれかけた涎を慌てて飲み込んだアシームと、ニカリと笑ったシャバーンが居た。
    「美味しそうですねシャバーンさま!」
    「打ち合わせは中止だ、冷めんうちに食うぞ!」
     取り皿を互いの前にトンと置き、フムスを分ける。ふんわりとしたひよこ豆のペーストから胡麻とオリーブの香ばしい匂いがしている。一緒につけられていたピタパンに乗せて頬張ったアシームの頬が、蕩ける。シャバーンの表情も、心なしか呆けたように緩んでいる。妙にあどけない顔つきは、彼が安堵した時のくせだ。食卓となると、主従も関係なく心が解れるのかもしれない。
     先にフムスをたいらげたのはアシームだった。未だに口元をむぐむぐさせながらスプーンを手に取る。やや大盛のマチュブースを前に、元より血色の良い頬が赤らんだ。炊き上げた米と肉が、木製スプーンの上でほろりと崩れた。ややスパイシーではあるが、今日一日の労働で疲労した体には深くまで染み渡った。
     その目の前では、シャバーンが好物のカレーに舌鼓を打っていた。魚を使ったマチリカレー、この店ではブリの切り身が入っているらしい。身の柔らかい魚とココナッツミルクの独特な風味は相性が良い。ナンの焼き具合もほどよく、なるほど土地の民に愛される店なのも納得だと、シャバーンは一人頷いた。
    「美味いな」
     誰に言うでもなく彼は呟いたが、すぐ目の前から、すごくおいしいですよね、と弾んだ声が返ってくる。あてもない言葉すら受け取る存在に緩んだ口元は、無視をする事にした。
    「おいアシーム、これ食うか」
     五分の三程度残った魚の切り身を目線で示すシャバーンに、少年は首を傾げる。彼の皿は、もうあとほんの少しにまで片付いていた。食べ盛りの年頃は伊達ではないらしい。事実、顔の前で遠慮がちに手を振りつつも、その視線はじっとカレーの魚を見つめている。食べても食べても食べ足りない時期だというのはシャバーンも承知の上だ。視線ひとつ誤魔化せないのに一丁前に遠慮するアシームに、これ見よがしにため息をついた。
    「…あのなぁ、お前は」
     食いたいのがバレバレだ、と単刀直入に言おうとして、口を結んだ。変なところでまじめで繊細で、やたら気を遣いがちな弟子のことだ。また自分の挙動を恥じ入るに違いない。こんなところで気を遣ってやるような大人じゃないはずなのだ。いつから自分はこんなに丸くなったのだろうと思いながら、シャバーンは咳ばらいをひとつして再度アシームをたしなめる。
    「…お前は分からんだろうがなぁ、わしぐらいの年になるとこの量でもハラワタにくるもんなの。食えるうちに食っときゃいいんだ。ほら早く」
    「本当にいいんですか?」
    「早くしろ。ここまで油分を吸った魚、わしはもう食えん」
     吐き捨てるような口調で言った彼に、アシームは分かりやすく嬉しそうに頷いた。皿の空いたスペースに切り身を持っていき、ほぐほぐと食む。
    「柔らかいし、味が染みてて美味しいです!」
     いっとう歓喜をたたえてアシームはブリをあっという間にたいらげた。残りのマチュブースも食べ終えるまで、シャバーンはじっと黙って、食事に没頭するアシームを見ていた。

     食事を終えて宿に帰る道中も、二人は打ち合わせ──といいながら九割がたアシームに対する小言である──をしながら歩いていた。砂利を踏みしめ、声をかける商人をいなして帰っていく。
    「それとだ、お前は細かい手筈を忘れがちになるのを何とかしろ。また小道具の準備を怠って手間取ったんだからな」
    「はい…すみません」
    「あぁあと、もう少し舞台上で堂々と振る舞え」
    「はい、気をつけます…」
     道すがらの小言にも慣れたもので、アシームはコクコクと頷いて大人しくシャバーンの言葉に耳を傾けている。一から九ほどまでくだらない文句で埋められているような言の葉だ。しかしその内に、確かなマジシャンとしての矜持が見え隠れする。簡素な舞台にひとり立ち続けたシャバーンが得た精神性は、年端もいかない少年にもひしひしと伝わる。
     いつかの夜に聞いたひと言が、アシームの脳裏によみがえるのだ。
    「天賦の才なんてのは、奇跡でも起きない限り今更手に入らないもんだ。だったら足りない物を補わにゃならん。簡単なものでも手品の手数を増やせ、話術を磨け、名の売れるマジシャンってのはどれか一つでも秀でてるもんだ。お前も分かってるだろアシーム」
     本当に時たま見せる、シャバーンの真面目くさった一面だ。妙なほど真剣にそう語った彼は、確かその時、ひどく強い酒を呷った後であった。それでも口先だけの出まかせには思えないほど端正な横顔を、アシームは未だに覚えている。彼も手品で食いつなぐ一端のマジシャンなのだと思い知らされた一幕だった。あの姿を知ってから、アシームはシャバーンの言葉を真摯に己に取り込んでいる。
     そうして歩くうち、視界の奥に宿が見えてきた。部屋の扉をくぐるまで終わらないであろう小言ももう恒例のようなもので、実際、アシームもそのつもりでいた。しかしその矢先、不意にシャバーンの言葉が止まった。シャバーンさま、と訝りながら主を見上げる。頭一つ高いところにある目がまっすぐ己を見下ろしている事に気付いて、アシームは慌てて目線を逸らす。自分の行動がまた不興を買ったのだろうかと不安が襲う。

    「…まぁ、お前は拾った頃よりデカくなったしな。それなりに期待も信頼もしてやるって事だ」

     降ってきた言葉を、一度では咀嚼できなかった。目を丸くして、アシームはぴたりと足を止めた。反対に、シャバーンの歩みはどんどん速くなり、今にも通りの奥に消えてしまいそうまであった。
    「ちょっと腹ごなしに散歩してくる! お前は部屋に戻って寝てろ!」
     照れくささを振り切るように歩くシャバーンが、叫ぶようにアシームに言いつけた。困惑と喜びをかみしめながら承諾し、アシームは大人しく宿に引っ込む。荷ほどきやらの支度をあらかた終わらせながら思う。案外、シャバーンは自分の事をよく見ているし、それなりに信頼を置いてくれているらしい。食卓で向けられた視線を思い出す。育ち盛り、言い換えればそれなりに金のかかる時期の自分だ。それをこうして手元に置いてくれているのが、あのシャバーンである。いけ好かない、意地が悪い、と評される事もある彼がである。
    「…可愛がってくれてるってことで良いのかな」
     自惚れではないと信じたい。一つしかない寝台は未だ帰らない主人に譲り、アシームはいつにない安らぎのなか眠りについた。


     ──また変なところで気を遣っている。
     胸中の忙しない散歩から帰ってきたシャバーンの目に飛び込んだものは、部屋の隅の小さなソファで寝息を立てるアシームであった。何年も共に暮らしてきた彼の思考回路などおおかた予想がつく。寝床を譲ろうなどという妙な謙虚さの成れの果てに違いない。
    「アシスタントの役割がどれほど重要か分かってないのか、この小僧」
     マジックの補助はやることが多い。シャバーンの演目を支えるにあたって、円滑な補助は必要不可欠だというのに、この少年は妙なところで眠って身体を痛める懸念も出来ないのだろうか。叩き起こしても構わないのだろうが、既にぐっすりと眠っている。髭を撫でて暫し考えた後、シャバーンは眠るアシームに静かに歩み寄った。肩と膝の下に手を通すと、揺すらないように抱え上げて寝台へ運んでやる。そうあくまで、これは明日のアシスタント業に支障を出さない為なのだ。
     抱えてふと、手に伝わる重みとほど良い肉付きに気付いた。ひょろっこい栄養不足の時分は、ほとんど浮くように抱え上げられた身体だ。薪でも持ったような硬さだった腕は、指先が柔く食い込んでいる。長らく寝食を共にしてきた時間の賜物か。くすぐったい気分がいったい何故こみ上げるのか、シャバーンには分からない。
     クッションの山の中に横たえても、アシームは身じろぎひとつしない。こんなにもむず痒さで身悶えしそうになっているのに、目の前の少年は呑気に眠っている。少々身勝手な苛立ちがふつふつ煮えた。そういう大人げない男なのだ、シャバーンという人間は。
     生憎と、代わりに狭苦しいソファで眠ってやろうなどとは思っていない。それに、この部屋にあるのは案外広いベッドなのだ。これよりも狭い寝床でぎゅうぎゅうと身を寄せて眠った事もあるのだから、平気なはずである。そんな言い訳をしながら、シャバーンはせっせとアシームの隣のスペースからクッションを退けていく。明日のショーを停滞と醜態のアラベスクにしたくなければ、睡眠環境は何よりも優先すべきである。
     既に顔を覗かせる眠気に抗えない。シャバーンはまだ終わりきっていない支度もそのままに、アシームの隣に身を放る。なんとなしにアシームのほうへ顔を向けると、寝返りでそのあどけない寝顔がシャバーンのほうを向いた。ホオズキにも似た紅色が差す頬に、麦色の髪がひたりと寝そべっている。
     眠る直前の景色にしては悪くないと思ったのは、彼のちょっとした秘め事である。
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    hiromu_mix

    DONEアイスクリームパレット:ラムレーズン(淡い思い出 / 異物 / 背伸びをする)
    あの日、大人になりたかったから部屋に備え付けの戸棚の引き出しを開けると、救急セットや常備薬に混ざって、奥の方。それだけぽつんと異物みたいに、封を切った煙草の箱がコロンと置いてあって、俺は、こんなとこにあったんだなと苦笑した。以前は鞄の奥底に仕舞い込んでいたが、うっかり見つかったらヤバいかも、とさすがに持ち歩かなくなった。それを持っていてもいい年になった今、懐かしい気持ちで俺はそれを見つめ、手に取った。中身はすっかり湿気って、きっともう吸えないだろうけど。
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