政府のちょぎちょぎ、万事屋デート「ねえ、凛。今から少し時間はあるかな?」
そう問いかけるは時の政府に所属する山姥切長義、個体名サブマリン。政府内では誰もが知る倫理観のバグった山姥切長義だ。彼が話しかける相手は凛、もとい山姥切長義…だが通常より髪が少し長く、服装もストールではなく肩掛けのマントのようにしている。彼は突飛押しもないサブマリンからの一言に右手のペンを走らせる手を止め、彼の方を見た。
「また突然だねサブマリン。今日はどう言った風の吹き回しかな?」
「そう大したことでもないさ、今から俺と」
「万事屋にデートしに行こうよ」
二振りは政府から少し離れた越中国サーバーの万事屋へ来ていた。本来は政府の中にもこういったショッピングモール的なものはあるのだが良い意味でも悪い意味でもこの二振りは有名で、そんなところで歩こうものなら注目を浴び翌日にはあちこちで憶測が飛び交うことは簡単に予想がつく。
二人の関係性は恋人、だが特に公言することなくかと言って隠すことはしておらず1部の職員や政府刀達が察していたり付き合っているのではないかという噂がまことしやかに囁かれている。だがそれを肯定も否定もしていないだけだ。理由なんてない、ただ言うとしたら“二振りとも面倒だから”だけである。
だが、いくら政府から離れたとて周りに歩くは変わらず様々な本丸の審神者や刀剣男士たち。そのほとんどが審神者の護衛だろう近侍と仲睦まじそうに歩いていたり、同じ本丸の仲間同士でワイワイと買い物を楽しんでいる様子だった。周りを見渡せど彼らのような『同位体二振りで歩いている』という状況は滅多に見られるものでは無い。つまり、目立っている。しかもそれが山姥切長義、さらに片方は通常とは異なる容姿をしているのだから。好奇の目に晒されながらサブマリンはそんな視線など気にすることもなく、凛の手を引いて万事屋街を歩いていく。
凛はサブマリンに手を引かれながらふと、ある店の前で足を止める。その店は赤、青、白、色とりどりの花々が咲いており、花屋であることが分かる。彼はじっと花を見つめているとサブマリンも何事かと足を止めて同じように見つめる。
そして何を思ったのか凛は1つの赤い花を手に取るとそのままレジへと持っていき会計を済ませた。サブマリンは彼が何の花を購入したのか、パッと見ただけでは分からなかったが特に気にすることもなくまた彼の手を引いて大通りへと進んでいく。
しばらく通りを進むと今度はサブマリンがあるお店を指差す。看板を見れば『宝石アクセサリー』と書かれている。へぇ、と眺める凛をサブマリンは店内へと引っ張っていく。中に入ればショーウィンドウに展示されている宝石があしらわれたイアリングやネックレス、リングなど様々なアクセサリーが所狭しと並んでいた。
凛はショーウィンドウに並べられている宝石のアクセサリーを物珍しげに眺めている。なにせ彼らは職場ではオシャレにとんと縁がない。むしろ政府からほとんど外に出ず事務作業ばかりやっている凛は今日初めてこういったものを目にするのではないか。サブマリンも同じくショーウィンドウを眺めながらアクセサリーを眺める。彼はふと、隣の凛の方へ目をやる。彼は相変わらず指輪やイアリングを眺めているが先程と違ってそれはまるで幼子が新しいおもちゃを買ってもらった時のような輝いた目をしていた。そんな様子をサブマリンは微笑ましく思いながらも、ある一つの商品を指さす。それは桃色の珊瑚の形をしたイヤリングだった。
「これ、俺みたいだろう?俺は今になっては『サブマリン』だなんて呼ばれているが、元はと言えば君が俺に付けてくれた『マリン』が元になっている。マリンは海、海と言えば珊瑚。覚えているかな?君が最初にそう言ってくれたこと」
そう言いながら彼は店員に一言声をかけ、その珊瑚のイアリングを手に取り凛の耳朶にかざす。
「うん、俺の凛って感じがしていいな」
サブマリンはうんうんと満足げに頷く。そんな彼の様子に目をぱちくりさせていた凛だが、薄く笑みを浮かべるとその横に飾られていた水色の雫型のイアリングを手に取った。
「それなら君にはこれを。俺の『凛』は冷たい水に触れて心身から引き締まる状況を示した漢字。このイアリングにはアクアマリンと呼ばれる石が使われている。『水』と『海』、まるで俺たちのようだね」
凛はそう言うと先程サブマリンがしたのと同じように彼の右耳にイアリングをかざす。
「ふふ、やっぱり似合う」
その一言にサブマリンも満足そうに微笑み返すと、お互いにイアリングを購入し店を後にした。その耳には購入したものを贈りあったイアリングがゆらゆらと揺れていた。
「ねえ、サブマリン」
「ん?」
「……ありがとう、俺を選んでくれて」
凛はサブマリンから贈られたイアリングを手で触りながら微笑む。この笑顔を見てしまえば彼の選択に間違いなどなかった、そう強く思うだろう。サブマリンもそんな笑顔を向けられて悪い気はしなかったのかふわりと笑みを返すと再び彼の手を取る。
「それはこちらのセリフだよ、凛」
サブマリンはいつもより小さい声で、まるで秘密の話をするかのようにそう言った。普段、こうやって言葉にして表現することがない二振りにとってこのやり取りは慣れていないのか、お互いに目を合わせるのがなんだか気恥ずかしくなっていた。その時だ、サブマリンの端末が軽快な音が鳴る。確認すれば政府からの呼び出しであることに気づく。急いで出ようとすれば凛の右手がそれを阻止した。
「サブマリン、このまま気付かないふりをしてしまおうよ」
それは彼らしからぬ発言だった。サブマリンは、いつもは呼び出しに1コール以内に出る彼がこんなことをするなんて思いもよらなかった故に一瞬思考が停止した。
だが凛のいたずらっぽく笑うその顔を見て、もうどうでも良くなってしまった。
彼は未だ鳴り続く端末の音声を切り懐へとしまうと、そのまま大通りから少し外れた路地へ入っていく。そしてしばらく歩いていけばそこには小さな喫茶店があった。まだ昼時には少し早いが、少し小腹がすく時間だった。カランコロンとベルが鳴るドアを開けばカウンターに立っていた店主が彼らを一瞥し、こちらへどうぞと案内をする。
店内にはクラシックが流れており落ち着いた雰囲気だ。二人は一番奥の席に座るとメニュー表を開く。
「さて、何にしようかな」
サブマリンは凛にも見えるようにメニュー表を広げる。そこには美味しそうな食べ物、飲み物がずらりと並んでいた。彼はそれらをパラパラと捲りながら見ていると、あるページで手が止まる。そこには『季節のフルーツパフェ』と書かれていた。彼は目を輝かせてその写真を見つめる。そんな様子に気づいた凛がクスリと笑い、「それにしようか」と声をかける。
「いいのかい!?じゃあこれで…凛はどうするのかな?」
「俺は君をの1口貰えればそれで構わないよ」
「またそうやって…君も何か一つ頼んでみてはどうかな?」
そう言われ凛は「そう言われてしまったらね…」と言葉をこぼし再びメニュー表をパラパラとめくり『抹茶のムース』を指さした。
「相変わらず渋いね…」
「別にいいだろう?抹茶が好きなんだ」
そう凛が答えるとふぅん、とだけ言いサブマリンは早速注文をするべくベルを鳴らし、やってきた店員へ注文内容を伝える。店員商品名を繰り返し、間違いがないと分かるとそのままカウンターへと戻っていった。
二振りはそれから管轄内で起こった面白いことだとか、新イベントに伴う書類作業が面倒だとか他愛もない話をしながら注文したものが来るまでゆったりとした時間を過ごしていた。
程なくして注文したものが運ばれてくる。サブマリンの前に置かれたパフェには旬を迎えたメロンやスイカ、シャインマスカットなどを使ったフルーツ達がホイップクリームの上に所狭しと並べられていた。凛の前に運ばれてきたのは抹茶のムースに生クリームを乗せ黒蜜をかけたものだ。いただきます、と声をかけ2振りとも早速スプーンを手に取り食べ始める。
サブマリンはフルーツパフェをスプーンで掬い取り、一口食べればフルーツの甘みとホイップクリームの濃厚な味が口の中いっぱいに広がり幸福感で満たされる。甘いものが好きな彼にとって至福の時間だった。
そして、ふと視線を感じて顔をあげれば凛が抹茶のムースを掬い微笑みながらスプーンを差し出していた。それをサブマリンは躊躇いなくぱくり、と食べる。濃厚な甘さの中にもどこか苦味がありそれが逆に良いアクセントとなっている。まるで自分の食べているフルーツパフェと一緒に召し上がれと作られているようだっだ。
二振りともそれぞれ食べ進めていきあっという間に完食する。お会計を済ませて店を出ようとした時、そう言えばと思いサブマリンは端末の画面を見る。すると画面には先程の不在着信が一件のみでそれ以降メッセージが送られてきた痕跡はなかった。なんだ、大したことではなかったのかと内心安心しつつもあの場で凛に従って無視しておいて良かったと思った、職務怠慢になるのだが。彼は端末を懐にしまうと一足先に店を出ていた凛を駆け足で追いかけ、手を繋ぐ。
それから彼らはただぶらぶらと歩き続けた。人通りの少ない裏路地を歩いてみたり、途中で見かけた小物屋に立ち寄ってみたり。そんなことをしていれば時間はあっという間に過ぎていき、そろそろ帰ろうかという頃には日は傾き始めていた。そろそろ帰ろうかというその時、凛はひとつの栞を手渡す。それは朝に彼が買った赤い花を押し花にしたものだった。いつのまに加工していたのか、サブマリンは目を見開き、驚いた。
その花の名は“アネモネ”というらしい。アネモネ全般を指すの花言葉は、『儚い恋』など悲しい意味合いを持つ。その由来はギリシア神話に由来するもので、アネモネは神話において悲恋の題材になっているからなどと言われている。しかしそれに色が付けば意味合いはガラリと変わってくる。赤いアネモネの花言葉、それは“君を愛す”だ。
それをわざわざ口にしなくともサブマリンは意味を理解したのか、思わずと言った様子で凛を抱き締めた。その顔は彼の首元に隠れ、どんな表情をしていたか読み取ることは出来なかった。サブマリンが凛を抱き締めてから数秒、お互いの間に沈黙が流れる。だがそれは決して居心地の悪いものではなく、むしろ心地の良いものだった。そしてゆっくりと身体を離すと凛はサブマリンの手を取り、指を絡めた。二振りはお互いの顔を見ながら笑い合うとそのまま帰路へとついた。