甘い花の夢 どういう流れでそうなったのか、イファにもまったく理解できていなかった。
ナタでのお祭りの余興だとか、近所の子供が言い出した遊びだとか、そんな話だったはずが──気づけば「眠れる森の美女」の劇が始まっていたのだ。
問題は、姫役である。
周りには演じても様になりそうな女性陣が何人もいたにもかかわらず、なぜか寝台の上に横たわることになったのは、褐色肌に白い髪、ミントグリーンの瞳を持つ男(ここ重要)のイファだった。
「……いや、おかしいだろ」
本人は当然ながら抵抗したのだが、押し切られる形で横たわらされ、周囲は「おお、似合う似合う」と盛り上がっている。
やがて劇は進み、城を覆う茨をかき分け、姫を助けに現れた王子と従者の登場。
舞台袖から現れたのは、オロルン(従者)と、マントをなびかせ小さな王冠をちょこんとのせたカクーク(王子)だった。
「……なんでお前らが従者と王子なんだ」
寝そべったままイファが呟くと、オロルンはにこっと微笑んで顔を近づける。
思わずイファは身をすくめ、耳まで熱を帯びた。
「きょうだい、まじかよ」
「……カクーク、どうした?」
「イファをおこすのはおれのやくめだ、きょうだい」
「カクーク、すまないが、この役目だけは譲れない」
「え、ちょ、まって……おまえ(従者)がキスすんの!?」
なぜか真剣な空気を纏い始める両者。
観客たちも「どっちがキスするんだ?」と囃し立てる。
……いや、ほんとにキスなんかしないよな?
イファは内心で焦りを覚えた。さすがに茶番で口づけは──。
だが、その願いは虚しく散る。
気づいた時には、オロルンの影が覆いかぶさっていた。
「ちょ──」と制止の声を上げる間もなく、唇に柔らかな感触がして、心臓が飛び跳ねる。
花の蜜を溶かしたように、甘ったるい香りがした。
「……っ!」
「あっ、ずるいぞきょうだい!」
悔しそうにカクークがオロルンの頭をつつく。
場は大いに沸き、イファは顔を赤くしながら目を閉じるしかなかった。
──そして。
次に瞼を開いた時、視界は花々の色彩に覆われていた。
身体じゅう、髪にも服にも、ありとあらゆるところに花が差し込まれている。
「……ん、花……?」
寝ぼけ眼で思わず声が漏れる。
すぐ傍らで、オロルンとカクークが満面の笑みを浮かべていた。
「おはよう、イファ」
「おきたか、きょうだい」
「……なんか……へんな夢みた……って、なんだこれ!?」
「うん、野原にいっぱい咲いてたから飾ったんだ」
オロルンは嬉しそうに頷き、指先でイファの髪に挿した花を整える。
「この間イファが子供たちに読み聞かせていた童謡のお姫様みたいだ。似合ってる」
「にあってるぞ、きょうだい」
カクークは大きな一輪の花をくちばしに咥え、イファに渡した。
その花を受け取り、イファは呆れと恥ずかしさで耳まで熱を帯びながら、花に覆われた自分の姿を見下ろした。
……あんな夢見て、欲求不満かよ俺。
花びらの香りと、まだ唇に残る甘い余韻が、イファをますます気まずくさせた。