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    hujino_05

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    hujino_05

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    コンビニ店員伏×リーマン五(未満)小話

     伏黒恵はコンビニでバイトをしている。
     理由は一人暮らしをしているアパートから近かったからである。それ以外の理由などない。伏黒は愛嬌があるタイプではないが、(昔はヤンチャもしたが)どちらかと言えば真面目な方である。遅刻もせずにきっちり働き、品出しを任せれば美しく棚が整える。レジではすこし不愛想に見える時もあるが、稀に浮かべるほほえみが一部の客にウケて人気にすらなっているし、たいていの客も伏黒の顔に笑顔が浮かんでいないことよりも、手際がよく礼儀正しいところを評価した。そうやって、伏黒はそのコンビニに、好意的に受け入れられていった。
     その日の伏黒は、先輩の代わりとして初めて夜勤に入っていた。日付が変わった直後のそのコンビニには、客はめったにこない。品出しや掃除、賞味期限のチェックも終わり、発注に関してももう一人のバイトが率先して行ってくれたおかげで、すっかり仕事は終わっていた。ホワイト思考な店長のおかげでワンオペは無く、必ず二人はいるのがこの店舗の良いところではあるが、今に限って言えば「良い」と言い切れないところがあった。つまりは暇だった。伏黒恵は暇をしているのである。暇すぎて、もうひとりのバイトとの会話も早々に下火になり、互いに黙っているのも気まずくなり、ふらふらと用もなくレジに立ちに出て来てしまったぐらいには暇だった。バックヤードでは上着をきていたが、空調の効いた店内ではすこし暑い。上着をバックヤードの入り口脇に畳んで置き、意味もなく店内を眺める。そんな時だった。入口に人影が見え、入店のメロディが聞こえてきたのは。
    「いらっしゃいませ」
     入ってきたのは男だった。ドアと比べてもかなり身長が高い。髪は白くあちこちに跳ねているが、伏黒の髪と比べるとふんわりとやわらかいように見えた。男は出入口横、ガラス張りの壁に沿って置かれた雑誌コーナーを通り過ぎ、曲がり、冷蔵棚の前で立ち止まる。棚と棚の間から見えたのは、お茶と水の棚に手をのばしかけ、止め、迷うような動きを見せてから歩き出す姿だった。酒コーナーは素通り。また曲がる。総菜コーナーの前で立ち止まるが、あきらかに総菜に興味はない様子で、今度は来た道を戻る。男がしゃがみこんだのはエナジードリンクや栄養ドリンクの棚だ。そこから立ち上がったかと思えばけっこうな勢いで歩きだし、ほとんど棚を見ずになにかのドリンクを取って、レジまで来た。ちなみに、伏黒がここまではっきり男の動作が分かったのは、男がデカすぎて棚から余裕ではみでていたからである。
    「お預かりします。袋はおつけしますか」
    「おねがい」
    「はい」
     男が持ってきたのは、某有名メーカーのエナジードリンク、ウコンドリンク、そしてミルクティーだった。伏黒はぼんやりと「こんなに飲み物ばかり飲んで腹壊さないんだろうか」と思いながら、カウンターの下からビニール袋を取り出す。バーコードを通し袋詰めをする最中に、男がカウンターに手をついたのが見えた。やたら高そうな腕時計と、それとは対照的にくたびれたスーツ。ウコンドリンクの存在を思えば、飲み会帰りのリーマンかもしれない、と伏黒は考えた。
    「683円です」
    「はいはい」
     そういえば近所に居酒屋があった、どちらかといえば高級そうな外観で、大学生の身としては入る勇気もないが、有名店らしい…と、伏黒は考え事をしながら男が会計をするのを待っていた。レジはセルフなので、男が現金を入れるのを眺めるだけの時間である。だが、男は現金を入れ始めてすこししてからギクリと体を固めて動かなくなってしまった。どうかしたかと男の顔を覗き込もうとした伏黒は、カウンターについたままの男の手がこわばっていることに気がついた。
    「…大丈夫ですか?」
    「ああ…ちょっと…頭痛くて…」
     ほとんど唸るようにそう言った後、男はもう片方の手で額をおおって俯いてしまう。伏黒はとりあえず、とバックヤードにいるバイトに声をかけてからレジから出て、男の肩に手をそえた。そういえば気温のわりに男は薄着で、ジャケットもなくワイシャツとスラックスしか身に着けていない。それなのに触れた肩はやや熱いのだから、伏黒は顔をしかめた。
    「イートインスペースに椅子がありますから、そこで休んでください」
    「いや…大丈夫、そこまでじゃないから」
    「立ててないのにですか?」
    「けっこうはっきり言うね、キミ?」
     苦笑のようなものをもらした男が、サングラスの隙間から伏黒を見た。伏黒はその時初めて男の顔を見たが(接客業なんてものをしていると、いちいち客の顔を見なくなるものだ)、驚くほど美しい男だった。こんなにも目、鼻、口が整った形で、整った位置におさまることがあるのか。そう思うほどの顔立ちの中で、髪と同じ白いまつげがだるそうにまばたきをするのを間近で見てしまい、一瞬思考が停止した伏黒だったが、男が「ごめんやっぱ連れてって」とうめいたので我に返った。驚いた顔をして出てきたバイトにレジを頼むと、男に肩をかす形でイートインまで移動する。男が長い足をおりたたんで椅子に座ったのを確認してからレジに戻り、バイトに手短に説明した。彼は、伏黒が初めての夜勤だと知って負担にならないようにとあれこれ率先して動いてくれたぐらいには良い人である。客の体調不良にも心配そうな顔をして「ついてあげて」と言ってくれた。伏黒はバックヤードから自分の上着をとると、レジに戻り、男がいつの間にか落としていたらしい財布を拾う。現金は入れ終わっておりあとはボタンを押して釣りを受け取るだけだった。釣りと、男の買った商品、それに自分の上着を持った伏黒は、イートインに向かう。レジのすぐ脇にあるイートインスペースは、ガラス張りの壁もあってやたらと寒く、男はテーブルに肘をついてうつむき、肩をさすっていた。
    「商品と、おつりです。あと財布も…」
    「ああ、ありがと」
     男はぱっと顔をあげ、はっきりと言った。その声色はさきほどと比べればかなり良くなっていたが、顔色はまだ悪い、と伏黒は思った。その肩に、あきらかにサイズが足りていない伏黒の上着をかけてやると、男はぱちぱちと何度か瞬きをした後、じいと伏黒を見つめる。それに何故か居心地が悪くなってきた伏黒は、何もなかったかのように会話を続けることにした、
    「…あの、どなたか迎えに来てくれる方とか、いませんか。そういう方に連絡とかしたほうが…」
    「ええ? そこまでじゃないって。あのね、恥ずかしい話だけどこれ、ただ酔ってるだけだから…」
    「酔ってるだけでもなんでも、危ないですよ。歩いてる途中にさっきみたいになったらどうするんですか」
    「まあ…」
    「誰もいないんですか」
    「いるっちゃいるけど…」
    「電話してください」
     伏黒は、自分でも妙に押しが強いなと思った。普段であれば、客に対してこんなふうに自分の意思を通そうとすることはないし、そもそももっと丁寧に話す。なんだかんだいって、混乱しているのかもしれない、と伏黒は思った。初めての夜勤。客の体調不良。バイトふたりと酔っ払い(らしい)しかいない店内。自分でどうにかしなければという責任感に、焦りでも加わっているのだろう、と伏黒は自己評価を下した。
     男は伏黒の圧に負けたのか、しぶしぶとスマートフォンをとりだす。どこかに電話をかけはじめたのを見た伏黒は、肩にかかった伏黒の上着をにぎる男の手が妙に気になって、意図せずそこばかり見ていた。

     三十分ほど後、コンビニの入り口をくぐってやってきたのはパンツスーツ姿の女性だった。男は女性を「しょーこ」と呼び、軽いチョップを肩にうけていた。
    「すまないね、迷惑をかけてしまっただろう」
    「いえ…あの、そちらの方、大丈夫なんでしょうか」
    「うん、まあ。極端な下戸で酒を飲むと体調が悪くなるんだが、今日はどうしても外せない席でね。ノンアルを頼んでたはずなんだが、間違えたんだか誰かがいたずらしたんだか、酒を飲んでしまったみたいで…」
     酔っているだけ、という自己申告は間違っていなかったらしい。自分の意思で飲んでいない上、体調を崩している以上、「だけ」とは言えないような気もした伏黒は、すこし顔をしかめたが。
    「とりあえず家まで送るよ。ありがとう。後日こいつにも礼をさせるから」
    「いえそんな」
    「ほら五条。おまえ、一人で帰れるとか言ってこのザマか。下戸が無理するんじゃない」
    「うん…」
     どうも男は五条と言うらしい。五条がゆっくり立ち上がろうとするのをとっさに支えた伏黒は、また、五条の顔を間近で見るはめになってしまった。五条はさきほどよりも水っぽく、重たげに伏せられた青い目で伏黒を上から眺め、胸についている名札を見つけると、ひとさしゆびでつつく。その指が狙いから外れかすかに制服ごしに伏黒の体に触れた瞬間、ドッ、と体内で音をたてたものが何なのか、伏黒にはさっぱりわからなかった。
    「なんて読むの? ふし…くろ?」
    「…ふしぐろです」
    「ふしぐろくん」
     からからに乾いた喉でなんとか返事をし、五条のやけに色づいて赤っぽいくちびるから自分の苗字の音がこぼれ落ちるのを、伏黒はただ眺めていた。後ろから女性の「おい五条、そういうのパワハラ…いやモラハラ…ちがうな…カスタマーハラスメント? かなんかだぞ、やめろ」という声が聞こえたが、五条は何がおかしいのかけらけらと笑うだけだ。
     伏黒の手を借りてなんとか立ち上がった五条は、ビニール袋を片手に伏黒に手をふりながら女性が呼んだタクシーに乗って帰っていった。それを駐車場で見送った伏黒は、ふと、上着を貸したままだということに気がついたが、妙に体がほてってあたたかったので、上着はなくてもいいか、とぼんやり思った。思考がいまいちまとまらない。まだ混乱しているんだろうか? 責任感に酔っているとか? いや、そうではない気がする。そういった感情は確かにあった。だけどもそこに他の感情が上乗せされた気がするのだ。そう、男の、五条の指が触れた時から妙に…ああそうか。
    あの音は。心臓の音だ。
     伏黒はバイトが声をかけにくるまで、深夜の駐車場でぼんやりとタクシーが去っていった道を眺めていた。
     これはもしかしたら、恋というやつなのかもしれない、と思いながら。
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