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    ゆーや

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    ゆーや

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    うめひい出来て間もない2人






    名前を呼ばれるのは心地良い。
    商店街の人達からの呼び名も、仲間たちからの呼び名も、名前を呼ばれるという事はその人たちが俺のことを見てくれているということだ。
    そして必ず思い出すのは両親の笑顔と俺の名前を呼ぶ2人の声だった。

    胸が締め付けられるような苦しさと同時に嬉しさを感じるそれを思い浮かべながら静かな屋上でソファに寝そべり腹の上で手を組み目を閉じて周りの音に耳を澄ませる。
    この時間が好きだ。
    湿った暑さでじわじわと汗が吹き出してくるのを感じながら、風の音だったり苗が揺れる音を聞いていると落ち着くし、放課後のグラウンドからは賑やかな声が届いてくる。
    元気だなぁ、良いことだ、と微笑ましく思っていれば何か忘れてる気がして思い出そうとしたところで屋上の入り口から足音が聞こえてくる。

    足早で苛立ったような足音に目を瞑っていても誰が来ているのかが分かって思わず口元が緩む。
    俺は名前を呼ばれるのが好きだ。
    心地が良いし俺という存在を感じられるから。
    そして、その中でも一等好きな声がある。

    「梅宮!」

    苛立ちの混じったその声は拳の代わりに俺へと向けられ、足音が近寄ってきたのに合わせてふわりと微かに香水の匂いが香ってくる。
    思い付きで寝たふりをしていれば、俺からの返事が無いことに気付いたのか側に立つ男から怪訝そうな雰囲気を感じて内心でくつくつと笑ってしまう。
    無理矢理起こさないところに優しさを感じ、柊らしいなと思っていれば小さく舌打ちが聞こえてくる。

    「ンだってこんなあちぃところで寝てんだよお前は…」

    はぁーっと大きな溜息と呆れたような声が聞こえる。
    不機嫌極まりない男はソファの端に座ったのか、ぎしっと音を立ててソファが少しだけ沈み込む。
    そういえば今日は見回りが終わったら一緒に帰ろうって言ったな、俺。なんて呑気に思い出していればそよそよと柔らかい風が顔に当たり気持ち良さに身体の力が抜ける。
    どこか規則正しいリズムで吹いてくる風は時折ぱたぱたと音を立てて、ん?と違和感を感じる。
    その音が何度か続いて、ああ、仰いでくれてるのか、と答えに辿り着く。
    机の上に商店街で貰ったうちわを置いていた気がする。
    緩みそうになる口元を引き締めながら、寝たふりをしたのは良いけどいつバラそうかとワクワクしながら考えていればまた大きな溜息が聞こえてくる。

    「梅宮?」

    唐突に呼ばれた名前にどきりとしてもしかしてバレてるのかと冷や汗が流れる。
    俺は寝てる俺は寝てる、そう心の中で唱えていればぎしっとソファがきしめいて溜息も、名前を呼ぶ声も近くなりカッと身体が熱くなるのを感じる。
    ひいらぎ〜…近すぎるだろ〜
    本当に勘弁してくれ。
    直ぐそこにいるだろう柊の存在に心臓はドキドキと高鳴って、妹たちの読む少女漫画に出てくるシーンを思い出す。
    もしかしてキスとかしちゃったりして?と少しの期待を持っていれば、バチッと音を立てて顔面に乾いた痛みが走る。

    「っ?!」
    「ふはっ、いつまで寝たふりしてんだおめぇは」

    呆れたような小さな笑い声が聞こえて観念して目を開けば口端を少しだけ上げて笑う柊が直ぐそばにいて、眉間に皺のないその表情にきゅっと心臓が締め付けられる。
    うちわで俺の顔を叩いたのか、柊は手に持つうちわをひらひらと動かして優雅に自分を煽いでいる。
    余裕そうな柊に一泡吹かせたくて腹筋に力を入れて勢い良く起き上がれば、一気に距離が詰まり目を丸める柊の顎を逃げないように掴み頬にキスをしようと顔を寄せればすかさず俺と柊の間にうちわが立てられる。

    「ひいらぎ〜」
    「あっちぃんだよ…離れろ」

    ググッと肩を押されてそれに抵抗してみれば苛立ったように眉を吊り上げて、梅宮!と咎める声で名前が呼ばれる。
    何故こうも心地良いのか…、顔を怒らせて抵抗してくる柊にじゃれつくように両手を伸ばせば今度は両手を掴まれ阻止される。
    つれない態度を見せる柊に悪戯心を刺激されて、無防備になった頬へとキスを落とせば一瞬驚いたように目を見開いた柊から拳骨が落とされる。

    「ぐっ」
    「っー!お前、っ、なぁ!」
    「あっはは!柊、顔真っ赤じゃないか」

    何かを堪えるように言葉を詰まらせた柊の顔が紅く染まり耳先まで紅くなったのをみれば、俺を意識してくれているんだと嬉しくなる。
    きっとこんなにも赤面する男を見ることが出来るのは自分以外に居ないだろうし、こんなことをして拳骨の一つ二つで済むのも俺以外に居ないだろう。
    じわりじわりと満たされる気持ちに目を細めて、見るな!と毛を逆立てた猫みたいに俺のことを睨んでくる柊が可愛くて、両手で嫌がる柊の頬を挟み込みジッと見つめれば柊の視線が面白いくらいにうろうろと彷徨い始める。
    ああ…堪らなく愛おしいな。
    さっきまでのそよいだように穏やかだった柊の変わりようが楽しくて、両手を外そうと躍起になっている男に力を入れて抵抗しながら良く動く表情を楽しむ。
    普段後輩たちに見せる先輩然とした凛々しく頼り甲斐のある男の姿はここには無くてころころと表情を変えて俺に振り回されてくれる姿に優越感を感じる。
    良いだろ、今この瞬間だけは俺のだ。
    誰に言うでも無く心の中で自慢しながら、柊を慕う弟たちを思い浮かべる。

    「ッー、梅宮!もう良いだろ、離せ」
    「えー、もうちょっとだけ良いだろ?」
    「お前の手、あちぃんだよ…」

    柊は抵抗しても俺が離れない事に観念したのか、何度目かの深い溜息を吐いた後にだらりと力を抜いて照れたように呟く。
    少しだけ唇を尖らせて落とされたその言葉にごくりと喉が鳴りそうになる。
    茹ってぼんやりとする頭で俺も熱いよ、と内心で同意しながら引き寄せられるように顔を寄せればすかさず柊の手根が下から顎を捉え上へと押し上げられる。

    「ぐっぅ」
    「気が済んだならさっさと帰るぞ」

    情けない声を上げる俺をちらりと横目に見ながら立ち上がった柊はさっさと踵を返して屋上を下りようとする。
    それを名前を呼んで引き留めながらあせあせと脱いでいた上着を手に取り追いかける。

    「梅宮!」
    「今行く!」

    暑さからなのか、照れてるのか、ぶっきらぼうに呼ばれる名前すら嬉しくて置いていく素振りだけできちんと待ってくれる相手の性格と優しさがじわりと沁みて、持て余す愛情をどうやって相手へ伝えようかとうずうずする。
    施設の家族や商店街の人達、風鈴の弟達へ向ける愛情とは異なる気持ちだと言うことは理解しているし、もっと柊にも分かって欲しい。
    このまま勢い良く抱き締めてやりたい気持ちを抑えながら肩をぶつけて隣へと寄れば柊はぐちぐちと小言を並べながら階段を下りていく。
    その小言全てが俺に向けられた愛だと思えば全く痛くないし普段愛情表現の乏しい柊からのものであれば嬉しくないはずがない。

    「おい、聞いてんのか?」
    「んー?もちろん!ぜーんぶ、ちゃんと聞いてるぜ」
    「…はぁ」

    横をみれば怪訝そうに眉間に寄せた柊の溜息が聞こえてきてゴソゴソと胃薬を出し噛み砕く。
    毎度胃薬を噛み砕く柊を見るたびに今キスしたら苦そうだなと思うし、梶に的確なアドバイスをする割には自分は胃が荒れるようなモノを飲むんだからなーもう、なんてのも思う。

    「柊」
    「ん?」

    名前を呼べば直ぐに反応して俺のことを見てくれる。
    当然のことなのかも知れないけれど、柊の瞳の中に映る俺を見ると気分が上がる。

    「今日も暑かったなー」
    「夏だからな」
    「もう少しで茄子が取れそうなんだよなー」
    「お、じゃあ焼くか?」
    「バーベキューセットってどこやった?」
    「確か体育館だろ」

    バーベキューするなら野菜だけってのも味けないよな?と問い掛ければどこか歯痒くなるような柔らかい目を向けられて商店街に買い出し行く組と準備組で分けるか提案される。
    包丁なんて握った事もないような奴ばっかだろうし慣れた奴が準備に回らなねぇとなと、苦笑いしながら言う柊にいっそのこと練習させるか?と提案すればすぐさま危ねぇだろうが、と却下される。
    それもそうかと納得しながらあーでもないこーでもないと2人で話しながら帰ればあっという間に別れ道へと差し掛かり、手を上げる。

    「じゃ、また明日な〜」
    「おう」

    軽く手を上げてさっさと歩き出す柊の背中を眺めながら、この少しの寂しさをいつか感じなくなれればいいなと思う。楽しい時間が多いほど長いほどその後の寂しさはことさら冷たく感じる。
    なんと無く寂しい気持ちを持て余し施設へ戻ろうとしていた足をそのままポトスへと向ける。

    「なぁ〜!こ、と、は〜!聞いてくれよ〜」
    「なに、また来たの?」

    勢い良くベルを鳴らしながら店の扉を開けば洗い物をしながら肩を竦めた彼女はなんだかんだと言いながら話を聞いてくれる。
    家族のことや風鈴のこと、そうして柊のこと。
    沢山伝えたいことがあってネタに尽きない生活が色鮮やかでみんなにお裾分けしたくなる。

    「もー、あんましつこいと嫌われるよー?」
    「ざーんねん、それがもう嫌われてんだよなー」

    カウンター越しの声が呆れを含んでいて、その言葉に橋の上で柊に声をかけた時のことを思い出す。
    第一印象から嫌われてたなら、それ以上嫌われることはないんじゃないか?
    大きく笑い飛ばした俺の言葉に綺麗な眉を顰めてよく分からないなと不思議そうな表情を浮かべる妹は大抵柊の味方をする。
    ことはに味方された柊は俺を詰めるでもなく、見捨てるでも無く、向こうが折れて手を差し伸べてくれる。
    それでもきっと、あの時俺が頼んだ言葉を守ってくれるだろう優しい男はこの3年で胃を痛めつけてしまっていて、申し訳ないとは思いながらも今更手放してやれそうにない。

    卒業してからのことなんてその時になってみないと分からない。
    ただ一つ確実に言えることは、俺は柊の隣に立ち続けていたいということで、それを許してくれるかは柊だけが知っている。

    「大好きなんだよなあ〜」

    溜まった気持ちを吐き出すように呟いてぐでっとカウンターのテーブルに手を伸ばしながら伏せればくつくつと笑い声が降って来る。

    「きっと分かってるよ」
    「ん、そーだよな」

    もっともっと溢れんばかりに気持ちを伝えたいけれど、そうするには俺も柊も立場がある。
    卒業したいとは思わない。けれど、いつかは必ず卒業しなければならない。
    卒業すれば自ずと立場や関係も変わってしまうし、そんな変化に対して不安がないわけでもない。
    柊にはずっと変わらず俺の隣で名前を呼んで欲しい。
    贅沢な願いだけれど譲れない願いだ。

    「ほらほら、もう片付けるから帰った帰った」
    「なー、ことは、もう遅いし一緒に帰るなんてどうだ?」

    しんっと静まった店内で雑に追い払われるように帰宅を促されてしまい、寂しさを感じながら後ろ髪を引かれるように提案してみれば、腰に片手を当ててひらひらと無言の笑みで手を振られる。
    そうなれば仕方なく1人で家路につかなければならいない。
    ことはにフラれてはぁーと大きく息を吐いて肩を落としながら店を出れば、夏の陽射しはまだ少し周囲を照らしていてじんわりと蒸し暑さに息苦しさを感じる。
    時間的には柊が隣を歩いていた時の方が暑かった筈なのに1人の方が暑く感じる。
    あっついなー
    なんて独り言に律儀に言葉を返してくれる存在も既に帰宅してしまっている。
    明日柊に会ったら商店街の人達もバーベキューに誘ってみないか聞いてみよう。
    きっと楽しいだろうな!
    一年生の紹介も出来るし仲も深まるだろうし!
    クラスの垣根を超えて友情を深められる!
    いい事だらけだな名案が浮かんだとわくわくする。

    ああ、また明日が待ち遠しい!


    end.
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