Hard to say I'm lonely.通天教主には子どもがいた。
一見人間のように見えるが、頭に小さなツノが生えているので、きっと妖怪なんだろう。年頃は自分と同じくらいに見える。通天教主がその子を抱えて歩いているのを見かけた王奕は、しばらくして何事もなかったように手元の本に目を落とした。すると突然後ろから大きな腕に抱え上げられた。驚いて振り向くと、年の離れた兄弟子の聞仲だった。
「なんだよさわんなよ」王奕は怒って体をよじった。
「ハイハイハイ」聞仲はぜんぜん取り合わない。王奕はがんばって聞仲の腕から抜け出そうとしたが、相手が馬鹿力なせいでどうにもならない。
聞仲は王奕を抱いたまま、通天教主親子の方に近づいて行った。途中で「師父!」と呼びかける。大きな声に王奕は思わずびくっとしたが、気付いた通天教主が立ち止まってこちらを見た。その目の前に聞仲は、
「ハイ」
と両手で猫の子のように王奕を差し出した。都合4回目のハイであった。
ふしぎそうにまばたきする通天教主と、王奕は黙って見合うハメになった。口をへの字にしてうつむく。後ろから「師父、早く」と聞仲が催促した。聞仲よりがっしりした腕がとまどい気味に王奕を抱え取る。「楊戩、おいで」と聞仲が言った。
「どうかしたのか?」通天教主が王奕の顔を覗きこむ。
「…」王奕はますます口をへの字にする。
「少し具合が悪いようですよ」楊戩を抱いた聞仲が代わりに答える。
「どんな風に?」
「大事ではないようですが、しばらく見ていていただけますか」
「大丈夫?」訊いたのは楊戩だった。
王奕は全員の視線を一身に浴び、通天教主の腕の中で本を抱いて石のように固まった。
あくる日。
王奕のところにまた聞仲がやって来た。王奕はうっとうしそうな顔で見たが、聞仲の隣を歩いている手足の生えたでかい毛玉にぎょっとした。毛玉は大きな目玉でめずらしそうに王奕を見てきた。王奕は背中が少し粟立つ。そばまで来た聞仲がかがんで言った。
「師父はああいう所ホントにトンチキだから、言わないと永遠に伝わらないぞ」
王奕は毛玉が視界に入らないように顔を背けた。
「知らねえよ、何のことだよ」
「もっとワガママを言っていいということだよ」
おっとりと口を挟んだのは、どうやら毛玉である。
「そうそう」聞仲が相づちを打った。
毛玉が声に笑いを滲ませながら続けた。
「こいつは昔、自分が苦労したからわかるんだ」
「別に苦労してない」聞仲が素早く訂正した。
王奕はけげんな顔で二人を見た。不気味な毛玉は妖怪にちがいないのに、人間の聞仲と仲が良さそうである。毛玉は片手で聞仲を指し示し、まじめくさった様子で続けた。
「ホラな。これは苦労したと言う意味だ」
「なんでそうなるんだ!」聞仲が毛玉に向かって怒りだす。
王奕は思わず小さく笑ってしまった。
「人間は素直じゃないな」
そんな王奕と聞仲を見て、毛玉がふっと笑って感想を言った。