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    かずへちゃん

    時期が過ぎた桜の季節のかずへ【その共鳴は心地良く】



     楓原万葉という男は、出会って以来本当にかけがいのない、無二の存在だと思っている。きっとこれからの人生においても、彼以上に気の合う相手には出会えまい、そう思うくらいには気心も知れて、隣にいるのが心地良い存在だ。
     自分にとっての彼が何だと聞かれたら、友人、親友、相棒と、近しい存在である事を伝えると思う。でも最近ふと思うのだ、そんな関係をより上回るこの感情を、何と表現すれば良いのかと。



    「今日も賑わっているでござるな」
    「花見の時期は短いからね、天気が良いならなおさらだよ」
     季節は春、稲妻の誇る桜が一斉に開花する時期がやってきた。あちこちに咲き乱れる桃色の花弁は毎年目にしているにも関わらず、思わず目を奪われる美しさだ。桜が咲く時期は非常に短く、それがまた良いのだと万葉は言うが、とにかくこの時期は花見の客が城下町にも溢れ返る。今年はまた鎖国が解かれたばかりという事もあり、他国からの観光客も増えたせいで連日花見スポットは人でごった返していた。そうなると現れるのが、性質の悪い連中である。
    「……平蔵」
    「了解、団子屋の前だね」
     阿吽の呼吸だな、なんて北斗さんに笑われた事もあるが、まさにその通りだと思う。万葉の視線の動きで全てを察し、団子屋の前で商品を眺めている外国人に音もなく近づく。正確には、その後ろからそっと荷物に手を伸ばす卑劣な輩に。
    「おやおや、花見の席でのおいたは見逃せないね?」
    「っ……!?」
     後ろからふいにかけられた声に、ビクリと男の肩が跳ね上がる。その右手に握られた財布に鋭い視線を向けた瞬間、男は素早く身を翻し。
    「いっ……いててててて!!」
    「残念だったね、君の花見会場は奉行所の特等席だよ」
     万葉に足をかけられ見事に転倒した男を、取り押さえるのなんて赤子の手を捻るようなものだった訳で。



    「今日だけですでに五人目かぁ。これ以上騒ぎを起こす奴がいない事を願うけどね」
    「まぁこれほどの人手であるからにはな」
     本日何度目かの検挙に軽く溜息を吐き、再び万葉と並んで花見会場へと向かう。花見で賑わうのは精々一週間程度だが、その期間の人の出入りがとにかく半端ないのだ。今年は稲妻に慣れない観光客が増えたせいで、例年よりもスリやひったくりが頻発している。おかげで奉行所の人員も巡回に駆り出され、こうして花見がてらに悪党どもを検挙して回っているのだが。
    「万葉は良かったの? 僕の仕事に付き合ってくれちゃって」
    「今日は予定もないでござるからな。それに、元々平蔵と花見をしようかと思っていた故」
    「それはまた効率の良い事だ」
    「花見も出来るし平蔵の手伝いも出来るとあらば」
    「後で何か美味しいものでも奢るよ」
     ああもう本当にこういう所だ、彼の隣が心地良いと感じてしまうのは。後で評判の良い屋台の食べ物を奢らないと、そんな事を考えながら再び人で賑わう大通りへと足を向ける。
     そこで耳に飛び込んできたのは、本日何度目か分からない揉め事の声だった。
    「ほんっとにごめんなさい! 後で絶対に払うから!」
    「そうは言っても兄ちゃん、持ち合わせないんだろう?」
    「うう……昨日調子に乗って稲妻のお酒飲み過ぎて……。旅人~今すぐボクにモラを届けてくれないかなぁ」
     聞こえた声におやおや、と思う。今、聞き違いでなければ確かに旅人に助けを求めていなかったか? という事は旅人……空の知り合いという事だろうか。
     思わず足を止めて万葉に視線を向けると、同じ事を思ったのか無言でこくりと頷かれる。声の方に足を向ければ、視界に入り込んできたのは外国の……恐らくモンドからの旅行者と思しき、緑色の服を纏った一人の少年で。
     焼き魚を売っていた店の店主に困ったような顔を向ける姿を見て、とりあえず助けてやるかと一歩足を踏み出した。



    「いや~助かったよ! 君達はボクの恩人だ。これも空のお導きかなぁ」
    「それはどうか分からないけど、モラの所持額はちゃんと把握しておくんだよ?」
    「うんうん、今度から気をつけるね」
     えへへ、と笑う顔は自分達と同年代か少し下にも見える。
     先ほど助け舟を出した少年の名はウェンティと言うらしい。話を聞いた所やはり空の友人だそうで、職業はモンドの吟遊詩人との事だった。屋台で焼き魚を買って食べたのは良かったが、モラを払おうとしたら何と所持金がまさかの12モラしかなく、危うく同心を呼ばれる所だったらしい。何でも昨夜、花見をしながら飲んでいたらその美味しさに予定外の出費をしていたらしく、モラが底をつきそうな事に気づかなかったそうだ。童顔の割に中々の酒豪らしい。
     とまぁ、これが初対面の彼に対する一般的な印象と情報ではあるのだが。
    「……どう思う?」
    「平蔵もか?」
     端的な言葉をのみを返し、万葉が微かに首を傾げる。
    やはり、万葉も感じているらしい。目の前の少年から感じる、なんとも言えぬ違和感……いや、不思議な感覚を。
     決して、嫌なものではない。それはおそらく、万葉も同じ意見だろう。感じるのはただただ直観。モンドの吟遊詩人を名乗る少年の、決して凡人とは言い難い奇妙な……いや、心地良い気配。これまでに、こんな気配を発する人間に会った事はない。もしかして、外見こそ普通の少年ではあるが、モンドに存在する稲妻で言うところの妖怪、のような存在なのだろうか。
     目と目で暫く意思疎通をしていた自分達を、ウェンティは何故か嬉しそうににこにこと眺めている。そしてふいに何を思ったのか、すっとその手を持ち上げたかと思うと。
    「君達、二人とも風属性の子なんだね。どうりで心地良い風が吹いてると思ったよ。……風神様の、ご加護がありますように」
    「……」
    「……」
     思わず言葉を失ったのは、自分だけではなかったようだ。恐らく見た目的には同い年くらいであろう少年に、まさか頭を撫でられるとは。しかもその事に対して屈辱やら羞恥やらを感じることはなく、それどころか安堵すら覚えてしまうなんて。
     きっとそれは、彼の顔に浮かぶ何とも言い難い慈愛の笑みのせいかのか。
    「ええと……」
    「その……ウェンティ、って不思議な気配がするよね」
    「うーん、さすが風属性の子、鋭いねぇ」
     ぱっと手を放し、はぐらかすように笑う様子にこれは追及しても無駄だと悟る。そう、これも直感だ。きっとどれほど問い詰めようと、彼に話す気がなければ情報の断片すら掴めないだろう、と。
    「ねぇねぇ、それより二人は何をしていたんだい? 平蔵の恰好を見る限り、お仕事中?」
    「まぁそうだね、半分お花見、半分お仕事。こういった場所に紛れ込む悪者を、見つける為に巡回中だよ」
    「大物も出るかもしれぬ故にな」
    「……」
     あえてそんな情報を口にする万葉は、ウェンティを試しているのだろうか。
     万葉を付き合わせての巡回には、勿論大きな目的がある。捕まえたいのは小物ではなく、万葉が口にした大物だ。
     目利きの長次、と呼ばれるスリや引ったくりの大元締めがここ最近稲妻の治安を乱している。相当腕利きの悪党らしく、下っ端をまとめ上げるだけでなく自らもこういった祭りの場に足を運んでは、次々金目の物を盗んで消える、指名手配犯だ。そんな輩が、この絶好の狩場を見逃すはずがない。だからこそ、万葉の力を借りて今回こそは、と会場を歩き回っていたのだが。
    「大物かぁ。……確かに、そこかしこから嫌な風が吹いては消えているね」
     じっと周囲に視線を巡らせ、ふと真顔になったウェンティがほんの少し目を細める。
     ……ただそれだけで、酷く人間離れして見えるのはなぜなのだろう。こんな感覚を覚えるのは自分……自分達だけ、なのだろうかそれとも。
    「ないっ……さっきまで絶対あったんだ! おかしいだろ!」
    「もしかして……スリか!?」
    「嘘っ、私の財布も!!」
     後方から上がった声に、万葉と同時に振り返る。動揺と驚愕はあっという間に伝播して、瞬時にどよめく人込みから次々に声が上がって行く。
     少なくとも十数人、財布がないと声を上げる人々の声に、桜並木は軽くパニック状態に陥っていた。慌てて荷物を探る者、犯人は誰だとがなり立てる者、警戒して周囲を見渡す者とで視界と聴覚が阻害されて行く。
    「万葉っ、何か気配感じる!?」
    「すまぬ、こうも騒ぎが大きくては……!」
     気配も風もぐちゃぐちゃになって、どんどん犯人の手がかりがもみ消されてしまう。きっとこれも想定の内で、この隙に逃げおおせようとしている輩がいるのだ。それがわかっているというのに、このパニックの中ではどうする事も。

    「————語り継がれし古い物語。詩人は歌い出す、神々がまだ俗世にいた時代、遥か昔の物語である」

     ……一瞬、何が起きたのか分からないくらい、それは不思議な現象だった。
     言葉にしてしまえばただ、『吟遊詩人が琴を手に歌い出した』だけ。ただ、それだけだ。
     なのに何故、パニック状態になっていた場が、一瞬にして静まり返るのか。爪弾かれる琴の音が、あまりにも美しく鼓膜を震わせるから? 静かに語りかけるような声が、あまりにも慈愛に満ちているから? 吹き抜ける風が、あまりにも心地良く不安を消し飛ばしてくれるから?
     その場の全ての人間の、視線と意識が一点に集中する。そんな中、軽く弦を弾いた彼が悪戯っ子のようにウインクをしてみせた瞬間、万葉と共に鋭く地を蹴っていた。
     聴衆の心を奪う天上の歌声から、こそこそと背を向ける気配が一つ。なんてことのない、普通の町人の姿恰好をしたその男は、こちらの気配に気づいたのか猛然と駆け出して。
    「僕らに見つかっておきながら」
    「逃げ切れると思ったか?」
    「っ……!?」
     風元素を身に纏い、高く跳躍した万葉が上空から勢い良く刃を振り下ろす。その一見大振りに見える一太刀をかろうじて避けた男が、逃げ切れる可能性を見出し口元に小さく笑みを浮かべた。
    「ナイス誘導、万葉」
    「んなっ……!?」
     ぎょっとしたように振り返ってももう遅い。万葉の一太刀は、最初から自分から意識を反らす為の囮。自分が少し走る軌道を変えただけで完璧に意図を理解してくれるその読みの深さには、相変わらず感服する。
    完全に背後を取られた男が驚愕の表情を浮かべているのが間近に見えた。そんな男ににこりと綺麗に笑ってみせると、握った拳に渾身の力を込めて。
    「君の特等席も、奉行所に用意しておいたからね。————嵐よ!!」
     打ちあがった男の懐から、零れ落ちる数多の財布。舞い落ちる桜の花びらに、混ざって落ちるモラの輝きがやけに綺麗に見えた。
    「っ、平蔵!」
    「……仲間が?」
     遠くから聞こえた小さな悲鳴に振り返れば、複数の男が散り散りに逃げようとする背中が見えた。騒ぎに気付いた下っ端共が、我先にと逃げ出したのだろう。さすがにこれでは一斉検挙は難しいか、そんな悔しい思いで拳を握りしめたその刹那。
    「かーぜだー!!」
     やけに楽し気な、少年の声が高らかに響き渡る。
     それはまるで、八重堂で読んだ小説に出てくるブラックホール、なんて呼ばれるもの。悲鳴を上げる男達を、凄まじい吸引力で拘束する風元素は、勿論ウェンティによるもので。
    「……本当に、何者なんでござろうな」
    「……相棒なら知ってるかもね」
     力なく笑いあうが、恐らく万葉も薄っすらとは気づいているのだろう。
     だって、目立つ位置につけられていたウェンティの神の目が。ただの硝子細工であった事は、互いに気付いているのだから。



    「へへっ、これで心置きなく花見を楽しめるね」
    「ご協力感謝するよ、モンド一の吟遊詩人サマ」
     スリの集団は無事に奉行所へ連行され、ずっと逃げおおせていた主犯格が捕まった事で今頃奉行所内はちょっとした騒ぎになっているだろう。まぁそこまで付き合う義理はないし、今度こそ心安らかに花見を楽しめると言うものだ。
    「さっきお店の人に感謝の気持ちだ~ってお酒も貰っちゃったしね。万葉はお酒好き?」
    「良いので」
    「良くないよ?」
     北斗さんに報告するからね、と釘を刺すと途端に捨てられた子犬みたいな顔をするのだからこの男は本当にあざといと思う。
     ともあれ、一升瓶を胸に抱きしめ心底嬉しそうに笑顔を浮かべる詩人様には、本当に世話になってしまった。なるほど確かに彼は、自慢の相棒の知り合いだ。
    「それにしても、二人は本当に良い番だよね」
    『……は?』
     突然のぶっ飛んだ発言に、思わず万葉とぽかんとした顔をしてしまう。
     いやいやいや、番って。相棒とかそういうのではなく、番?
    「あれ、違った? 君達はその性質も相性も、何かもがぴったりはまった番みたいな存在だと思ったんだけどね」
     平蔵は嵐で、万葉は追い風。きっと君達は、末永く寄り添える存在だとボクは思うよ。
     嵐と、追い風。末永く寄り添える、番のような。
     なんだかそれって、何か、こう。
     友人、親友、相棒、どれも当てはまるけど、どれも違う。
     では、番のような存在なら?
     自分の、唯一の存在だとしたら。
     ……ああ、そうか。なんか唐突に、腑に落ちた。
    「……詩人って、凄いなぁ」
    「そうかい? これも風神様のご加護かもね」
    「…………」
     隣で、ほんのり頬を染め目を反らす万葉に、酷く優しい目を向けるウェンティはやはりどこか人間離れしていて。
    「君達の未来に、良い風が吹きますように」
     優しい風が、頬を撫でる。ふわりと緑色のケープを靡かせ風のように去り行く背中を、暫し無言で見送って。
    「……番、かぁ」
    「っ……」
    「風神様のご加護も頂いちゃった事だしさ」
     動揺を隠し切れない万葉の顔を覗き込み、同じ気持ちなのだと確信する。だとしたら、するべき事は決まっているだろう。

    「まずはお花見デートから始めよっか?」
    「……流石は嵐でござるな」

     異論はない、とばかりにそっと繋がれる手に、ここ最近抱えていた疑問はようやく解消されたのだ。
     なるほど、これが恋なのかと。



    【終】
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