たまちお誕「……平蔵」
今、この場で一番聞きたくない声に名を呼ばれ、我ながらビクリと身が竦んだ。信じられない思いで視線を向ければ、そこに佇んでいたのは予想通りの浪人の姿。
慌てて隣の人物に顔を向ければ、どうした? とばかりの視線を向けられ何と答えて良いのか分からなくなる。
稲妻では知らぬ者のいない高級宿の前。入口に立つ店の者も、いい加減顔見知りにはなっていた。何せ少なくとも周に一度は、隣に立つ高齢の御仁と一緒に訪れている場所なのだから。
腰に回された腕を見れば、どういった目的で宿を使うのか余程鈍くない限り察する事が出来るだろう。それが、常人よりも勘の鋭い、各国を渡り歩いた浪人ともなればなおの事。
「……少し、話をしたいのだが」
5854