New Year's Eve with a minefield 大晦日のカウントダウンから年を越した明け方までをナッシュの家で騒ぎ過ごすのは、いつからかJabberwockの恒例行事のようになっていた。とはいえ年越しに熱狂するタイプの男はどこにもいないので、単純に理由をつけて飲みたいだけの集まりだ。
それも今年からはなくなるだろうか、とシルバーは何となく思っていた。何しろ我らがリーダーは恋人と同棲を始めたのだから、いかな荒くれ者揃いと言っても遠慮をするというものだ。
今回はナッシュ以外で集まるか、と相談していたのだが、予想外にも当の本人から十二月三十一日に強制召集がかけられた。……まではよかった。
「ナッシュおまえよぉ……」
「何だ」
無言で酒をあおるナッシュに恐る恐る声をかけたシルバーに対し、ナッシュの返事は冷たいうえに鋭かった。
――こうまでわかりやすく不貞腐れているナッシュ・ゴールド・Jrを、シルバーは未だかつて見たことがない。たぶんメンバーの誰もが初めてだろう。だからどう振る舞うのが正しいのか分からなくて、図体のデカい野郎どもが揃いも揃ってソファーの上でちびちび酒を飲んで縮こまっている。
声掛けたんだから責任もてよ、とニックに目で促され、シルバーはめげることもできなくなった。
「いいかげん機嫌直せよ……お前がオレらを呼びつけたんだろが。だったら不貞腐れてますって表に出すなよ。おまえの小鳥ちゃんがいねぇからって」
ナッシュの恋人に言及した瞬間壮絶に睨まれた。小心者が見たら魂が刈り取られそうな目だ。何せシルバーですら肝が冷えている。
「そんな怒んなら帰省なんてさせなきゃ良かったじゃねぇか」
蛇に睨まれた蛙をさすがに憐れに思ったか、アレンが怖々とではあるが会話に加わってくれた。ただしこちらも睨まれて小さく悲鳴をこぼしたが。
「…………クリスマスはオレの実家で過ごしたんだよ」
重々しく長い息を吐いてから出てきたナッシュの言葉に、全員揃って疑問符をうかべた。何で今クリスマスの話が出てくるのだろうか。
「それが?」
ニックが問う。
「……こっちじゃクリスマスが家族と過ごす日だが、日本じゃ年末年始がそうなんだと。逆にクリスマスに恋人と過ごすらしい」
「へえ」
初耳の異国文化にシルバーは目を丸くした。シルバー自身は家族に思い入れがないのでクリスマスも無視しているが、それでも家族でなく恋人の日に変じているのが物珍しかった。
「で?」
「……自分は帰省しといて人の里帰りを阻むのは不公平だとよ」
ナッシュが伊月に言われたらしい言葉を吐き捨てる。
一度は止めようとして反撃されたと言うなら、この不機嫌さも納得だ。
「じゃあおまえがシュンについていきゃよかったんじゃねぇのか?」
「それができるんならオレは今お前らと飲んでねぇんだよバカが」
呪詛でも吐いているのかと思うくらいのドスの効いた低音だった。このキレっぷりからするに、こちらも断られていたとみえる。
「いや、でも、クリスマスにナッシュの家族と過ごすのは了承したんだろ? だったら逆もオーケーなんじゃ……」
わざわざ地雷原に突っ込んでいくザックを、シルバーは思い切りぶん殴りたくなった。どう考えても自分も爆風に巻き込まれるからだ。
もうどうにでもなぁれ、と大書した顔でアレンとニックが持ち込みの安い瓶ビールを喉に流し込んだ。覚悟完了とヤケになるのが早すぎる。
「自分がオレの家族に紹介されんのは良くても、自分が家族にオレを紹介すんのは嫌なんだとよ……!」
ナッシュの手中にあったロックグラスが割れた。
ほら見ろ特大の地雷ではないか。怒りのぶり返しているナッシュが怖すぎて怪我をしていないか心配するどころじゃない。
「まあ? 多少心情は理解できるんだぜ? 何せ男同士だからな。そりゃ両親に打ち明けるのは勇気がいるだろうさ。認められなきゃ親を捨てりゃいいだけだと考えてたオレとは違って、シュンはそんな考えできねぇご立派な情の持ち主だからな。そりゃあ悩みもするだろうよ。けどお互い定職についてて自立してる歳で、クリスマスに実家に連れてくって意図をただしく理解したうえでついてきたくせに、自分が紹介すんのは嫌だとか抜かしやがるのはどういう了見だって話だろ、なぁシルバー?」
「なんでオレに振るんだよ!!」
そこは地雷を踏み抜いたザックに絡むべきだろう。
どうやらナッシュは帰省の中止を断られたことよりも、代案にしたであろう同行を拒否されたことのほうに怒っているらしい。わからないでもないが、とにかくこっちに振るんじゃない。
「新年早々、家族間に亀裂を入れたくねえって言うから、だったら夏の帰省で手を打とうとしても踏ん切りがどうのってごねるんだぜ? 姉と妹はもう味方につけてんだから援護射撃でも頼みゃいいのに」
「へー、あいつ姉妹いんのか。ナッシュ会ったことあんのか?」
話題をそらせれば何でもいいとばかりにアレンが食いついた。
「妹のほうだけな。旅行ついでにシュンに会いに来たから。似てるなっつったら姉貴も母親も同じような顔だと。ついでに悪癖も」
じゃあそこそこ美人か、と思っていたら最後に要らない情報が付け足された。
ナッシュの言う伊月の悪癖とはあのくだらないダジャレのことだ。女にしか興味のないシルバーでさえ伊月が嬉々としてダジャレを言っているのを目撃した瞬間は、ちょっぴり残念な気持ちがするのだ。それが美人な女ともなれば残念極まりない。
意外なほど伊月を溺愛しているナッシュでも伊月のダジャレは擁護できないようで、いつも黙殺するか威圧するかしているらしい。それでもめげずに言い続けている伊月のメンタルの鋼鉄ぶりだけは、シルバー含めJabberwock全員が認めているところである。こんな人間の認め方したくなかった。
けれど実際伊月の心は強いのだ。日本人は流されやすいという、どこの誰が言い出したかわからない大枠の印象をシルバーも持っていたが、伊月にその傾向はほとんどない。むしろ真逆の、こうと決めたら譲らない頑固者だ。
今回だってナッシュの説得(言いくるめ)に揺らぐことなく単身帰省したのだろう。だからナッシュが余計に不機嫌でいる。
ナッシュもナッシュで我を通す質だからしょっちゅう喧嘩になりそうなカップルだが、案外回数は少ないようだ。二人とも譲歩を知っているし、妥協案を出し合える。
ただし譲らないところは本当に譲らない。ナッシュが本気で伊月に折れてほしいときほど伊月が折れないから、たまにこういうことになるのだった。
「ああ妹っていや、こないだクリスマスにオレも実家戻ったんだけど――」
一瞬できた間を縫うように、というかまた話題が伊月に戻らないようにニックが自分の話をし始めた。シルバーですら目的に気づいたのだからナッシュは当然察しているだろうが、ご機嫌斜めのリーダーはおとなしく話に乗ってやっていた。不機嫌の披露はやめてくれるらしい。
ナッシュが機嫌の悪さをあからさまに態度に出すのは、シルバーたちに対する甘えや気を許している証左でもある。……が、伊月にまつわる機嫌はどうか伊月に対してだけ発散してくれと、シルバーはテレビから流れてくる年越しの音声に願わずにはいられなかった。