「でも、そんな俺が好きなんだろ?」「魏嬰。味をみて欲しい」
「ん、任せろ」
藍忘機はホイッパーを持ち上げて、ほどよくツノが立った生クリームを魏無羨の前に差し出す。魏無羨は身を屈めると舌を伸ばしてそれを丁寧に味わった。
香り、舌触り、味わいに口に残る風味……。フルーツロールに合う、甘さ控えめの生クリームに相応しい出来栄えだ。一つ頷き、藍忘機に向かってにっこりと微笑む。
「あのマスカットによく合うと思う。流石は俺の藍湛だ」
ちゅっとほっぺたに唇を寄せ、顎の下を擽って苦労を労ってやる。甘え上手の可愛い夫だ。されるがまま目を細めていた藍忘機がボールとホイッパーを調理台に置き、空いた両手を魏無羨の腰に回した。色の薄い瞳にいつの間にか宿った熱に気が付くと魏無羨もうっとりと目を細める。
「藍兄ちゃん。クリームのレシピは?」
「メモに残した」
「せっかく仕上がったクリームは?」
「また作り直せばいい」
魏無羨が左手に持っていたポーシュ……絞り袋を取り上げようとすると、指輪を嵌めた手がスっと藍忘機が離れていく。
「藍湛! 俺いいこと考えちゃった」
魏無羨がこう言った時、藍忘機は毎度いい意味でも悪い意味でも必ず振り回される。それを十分に分かっていても何かを企む夫の愛らしい笑顔には逆らえないのだ。
「なに?」
優しく促され、魏無羨は益々笑みを深くする。腰を抱かれながら味見をした時のようにべぇと舌を出して、ポーシュを握る手に力を加える。手元を見ずとも舌の上に美しい薔薇の蕾の形の生クリームが絞られた。
赤と白のコントラストが眩しい舌を揺らし、上目遣いで夫を見つめる。
「……っ」
キスをする時、藍忘機が最初から口を開くようになったのはいつからだっただろうか。舌と舌が絡み、溶けた生クリームを擦り付けられる。悪戯を叱るように上顎を執拗に嬲られると唾液なのか生クリームなのかももう分からない液体が顎を伝った。
「ぁ、藍湛」
それを追うように離れた唇が首筋をなぞり、指先が器用にシャツの襟元を緩めていく。腰を抱かれたまま体重をかけられてしまえば、体格に差のある身体は調理台の上に簡単に押し倒されてしまう。勝手知ったる手がシャツを開き、現れた鎖骨にも唇が触れる。
「藍湛、待って」
彼の手で作られた試作品に囲まれながら、耳朶を赤くした愛しい夫を見上げる。藍忘機の欲と理性で揺れる姿は、毎日見ても見飽きない魏無羨のお気に入りの一つだ。
「なぁ、次はどこに絞って欲しい?」
ポーシュの先を胸元に向け、それから腹筋を辿って臍の下に近付ける。生クリームの細く白い線は端から体温でとろりと溶けていく。
「……もっと下?」
「っ、魏嬰!」
ばきゅ!
「へ?」
一瞬にしてクリーム塗れになった魏嬰がゆっくりと瞬きする。理性を飛ばした藍忘機がポーシュを強く握ったせいで袋が破れ、中身が全て飛び散ったのだ。乳首どころか服も髪もクリーム塗れで、これでは色気も何も無い。まずは片付けが先だ。
頬についたクリームを親指で拭い、ペロリと舐めながら藍忘機を見上げる。同じくクリーム塗れになった彼が濡れた前髪を掻き上げた。薄い色の瞳が怪しく光る。
「片付けは責任をもって私が行う」
「いや、最初にふざけたのは俺なんだから二人でさ」
「私に任せて」
藍忘機の片付けは完璧だった。全身隈無く愛された魏無羨はぐったりとベッドに沈み、それなのに「次はチョコクリームにしよう」と微笑んだ。
「恥知らず」
気だるげな色気を放ちながら話す夫に、耳朶を真っ赤にした藍忘機はそう返すことしか出来なかった。
終わり