問診はまだ終わっていない 今日もそろそろいつも通りの流れだろう。
獅子神はある種の期待を寄せ、傍らで食事の紅茶を飲んでいる村雨に視線を向けると、村雨らしくもない行動が少しだけ気に障った。普段の村雨なら、飲食を伴いながらスマホを操作するなど「品のない行為だ」と眉を顰める。しかし、今の彼はそんな品のない行為に没頭し、カメラロールの中から目的の画像を探している様子だ。
何かどうしても見せたい画像でもあるのだろう。獅子神がなんとはなしに村雨のスマホに目を向けると、そこには食べ物の画像がずらりと並んでいた。その画像の大半は獅子神が用意した夕食の画像と友人達とのパーティーの様子で占められている。ただ、それらの画像に混じり、摘出された何かの腫瘍のような画像がそこそこの割合を占めているあたりが村雨らしいと言えるだろう。
そのような画像を残すようになったのは、おそらく叶の影響だろうと獅子神は考えた。実際、獅子神のその予想は大方当たっているが、それ以上に村雨にとって獅子神が自分の為に用意してくれた食事だからこそ大切な思い出として画像を残しておきたいというのが真相だ。
食事の前に写真を撮っていたのはもちろん知っているが、それらの画像は友人達に自慢した後は削除しているだろうと獅子神は考えていう事実か存外に嬉しい。村雨の真意までは測れずとも、どちらにせよ自分の用意した夕食の画像が彼のスマホを賑わせている事実が嬉しく、くすぐったさを感じた獅子神は、画像にグロテスクな腫瘍が混じっていたので思わず目を逸らせた体で視線を外した。
それとほぼ同時に村雨はカメラロールの中から目的のものを見つけたらしく、獅子神の肩を軽く叩いて視線を再び自分のスマホへと向けさせた。
「獅子神。単刀直入に聞くが、この画像に見覚えはあるか?」
「ああ。う~ん……知らねー……」
獅子神は村雨が向けたスマホの画像を数秒眺めた後、全く見覚えが無い旨を伝えようとした矢先、言葉を言い終えるより早く不意にとある記憶が脳裏を掠めた。
村雨が見せた画面には、自らの裸体を写した少年の姿が写っている。
画像の中の少年は上半身を曝け出し、ベッドの上に膝立ちになった状態で痩せた筋肉量の少ない身体を鏡に写して撮影している。顔は画面の外に見切れているものの、いかにもまだ発育途中の薄い肉体と、学生が着ているようなジャージ姿がその少年がまだ十代半ばである事を物語っている。
なんの偏見も持たない純粋な目で見るならば、その少年は身体作りを始める為に痩せた身体を写したのだと解釈するだろう。しかし、少しでも穿った見方を出来る者にとっては違和感を覚える要素が多々ある。
まずは一つ目。
身体作りのビフォーアフターを写したいのならば、普通は上半身の衣服を脱ぎ捨て、撮影器具を持たない方の手はダラリと下げるか、軽く腰に当てるかが普通だろう。しかし、画面の中の少年はあえて衣服を脱ぎ捨てずシャツをたくし上げ、胸部を露出するだけに留めている。
次に上げられる違和感は片方の手の位置だ。
撮影器具を持ってない方の手はジャージのズボンにかかり、鼠径部が顕になり、陰部が見えるギリギリの位置で留まっている。なので当然、たくし上げられているシャツの端は少年自らが咥えているという事になり、トレーニングへの意思表明としての撮影と称すには違和感がある。その手の趣向を持つ者が見れば充分な情欲を掻き立てるような姿体である事は明白だ。
最後に上げられる点は、少年が右手に持っている撮影器具がスマートフォンではなく、古い型のガラパゴス携帯という点だが、これは最近撮影された画像ではないという証明程度なのでさほど気に留める必要はないだろう。
「知らっ、知らねーよ!」
今の今まですっかり忘れていたが、画像の少年はまさしく十代の頃の獅子神自身だった。
画面に注視していた視線を床に落とし、不自然なタイミングでソファーから立ち上がり言葉を濁らせる獅子神の顔を、ソファーに腰掛けたままの村雨がじっと覗き込む。
「本当に見覚えがないと言うのだな?」
「……っねえよ」
村雨は立ち上がって目線を獅子神の高さに合わせると、スマホの画面を獅子神に向けながら同じ問いを繰り返した。露骨にその画面から目を背けるように視線を天井の隅に向け、そのまま小蝿の姿でも追うかのように目を泳がせる姿は誰の目から見ても不自然だろう。
「そうか。本当に見覚えはないのか」
「あっ、ああそうだ。その画像はオレじゃなくて知らねーどっかのガキだ」
「そうか」
村雨は敢えてその表情を分かりやすく他者に見せる瞬間がある。まさに今がそうだった。
罠にかかったな。とでも言いたげに口角を上げた村雨に対し、獅子神が「あっ」と自らの発言を後悔したところですでに手遅れだ。
村雨は一言も言っていない。
この少年はあなたか。とも、あなたの知り合いか。とも聞いていない。村雨はただ、この画像に見覚えがあるか。と聞いてきただけで少年の素性を尋ねてきた訳ではない。
「私はこの少年はあなただろうか? などと聞いた覚えはない」
迂闊な発言で完全に墓穴を掘る形となってじった獅子神は、その発言を取り消すかのように両手を忙しなく振りながらしどろもどろに後退りしながら弁解を述べる。
「あっ! そうだ。確かにオレだ。今思い出した。ああ、その画像のガキはオレに間違いねえ……けどよぉ、それ、十四か十五の時のだったから記憶が曖昧で……だから、知らねーガキだと勘違いしたんだ」
壁際まで後退した獅子神は、それ以上の追求はしないでくれと目で訴えつつ、壁に背を付けたままジリジリとドアの方へ身体を移動させる。
「うわっ!」
しかし、そんな獅子神の逃亡を阻むかのように、彼の顔から手のひら一つ分ほど離れた位置にメスが突き刺さる。
「まだ問診すら終わっていないぞ獅子神」
村雨は獅子神と距離を詰める訳でもなく、見せ付けるようにメスを構えると獅子神に身構える隙も与えずにそのメスを投げた。
「あっぶねえ!」
二本目のメスは一本目とは反対側に、顔の横から指二本分ほどの至近距離に突き刺さった。
「うわっ、待てっ! 落ち着けって村雨!」
「私は至って冷静だが?」
そうは言うものの、村雨の手には三本目のメスが握られている。
「全て白状するか?」
「全部白状するから投げるなよソレ」
村雨がメスを懐に納めたのを確認すると、獅子神はホッと胸を撫で下ろし過去の過ちを吐露し始める。
「……オレがガキの頃、貧しかったのは知っているだろう? バイト出来る年齢にもなってなかったから食うにも困ってだな……うん。まあ、その、見ての通りの画像で食いぶちを稼いでたってワケなんだよ。そのポーズだって画像を要求してきた野郎の趣味で、服装は学校指定のジャージにしろだとか、下はギリギリまで下げろって指示でさ……」
獅子神は気まずそうに視線を逸らせたまま言葉を続ける。
「でもっ、これは本当に、神とか天堂とかに誓って言うけどよ。それ以上のいやらしい画像は送ってねーし、会おうって言われても全部突っぱねたからな!」
「ああ。あなたが私以外の誰にも身体を許した覚えがないのはよく知っている」
村雨がそう答えながら歩み寄ると、獅子神は安心したように胸を撫で下ろす。
「けどよぉ、なんでそんな画像をおまえが持ってんだよ」
「ああ、これは天堂が捉えた咎人が所持していた物だ。そして私はその患者の腹を開いて病巣を摘出し、今は叶のマンションに経過観察を兼ねて監禁している」
「断罪監禁コンボにしれっと参加してんじゃねーよ!」
「効率が良いだろう?」
村雨は獅子神のそんな指摘などどこ吹く風といった様子でスマホを操作し、目的の画像を見つけると、これが奴から摘出した病巣だと膿盆に置かれた何かの腫瘍を見せながら村雨は獅子神が欲する情報を順を追って説明し始めた。
***
数日前、天堂の元へとある罪を胸に秘めた罪人が訪れた。
「ああ……神父様……わ、私は、私は許さない罪を犯してまいりました。私は、自分の欲を満たす為に金品を見返りに無垢な少年少女らに淫らな写真を送らせ……ついには写真だけには飽き足らず……いいえ。払いました。きちんと報酬だけは払いましたとも! いや、むしろ、私は支援したんだ。貧しい子供達に施しを……いや、ああ……ははっ……言い訳は無しにしましょう。とにかく、私は無垢な少年や少女らに淫らな行為を強いる罪を重ねてきたのです。それも、もう十年以上前から」
咎人は自らの欲を満たす為とはいえ貧しい子供達に携帯を持たせて料金を支払ってやっただの、性行為までこぎつけたのは一人だけだとか、結果的に自分は子供達の生活を支援したのだから赦されるはずなどと自己弁護をし始めた。咎人のそうした言動は別に珍しいものではない。むしろ、ほとんど全ての咎人が見苦しい弁解を始めるのが常だった。
しかし、件の咎人は他とは違い、少しだけ変わった行動をしてきた。
「神父さまぁ! これがっ……これが私の罪の証拠です!」
「勝手に開けて入ってくんじゃねーぞ咎人がぁ! 告解室に衝立が有る意味がねーだろバーカ!!」
「ひぇっ……ごめんなさい!」
「おっと失礼。証拠の品をわざわざ持参するとは善い心がけですね」
何はともかく、咎人は十数年分の罪の証拠を収めたパソコンを持参し、神父様の手ずから消してくださいと懇願してきた。まるで、画像の消去だけで自らの罪が赦されると確信しているかのように。
当然ながら画像の消去のみでそのような罪が赦されるはずもなく、天堂に殴られて昏倒した咎人は逃げる間もなく死体袋に詰められた。
「テラリウムマンション一名様ご案内〜!」
「その前に手術だ」
「ねえ、その手術ボクも見てていい?」
「あっ、オレもまた礼二くんの手術見たい!」
とくに意味もなく修道女のコスプレ姿をしてはしゃいでいる真経津と叶を尻目に天堂が画像の消去だけはしておこうと咎人が持参したパソコンを開き、画像フォルダにアクセスし、中身を確認せずに画像を消去しようとカーソルを合わせた。
しかし、殴られて袋詰めされた上、手術やら監禁などと不穏満載の異様な雰囲気に生命の危機を感じた咎人が暴れだした。
「なんなんだよこの教会は!」
「勝手に暴れんじゃねーよ罪人が!」
「うわぁ、ユミピコブチ切れじゃん」
暴れる咎人に蹴りを入れる天堂とケラケラと笑いながらそれを眺める叶の代わりに村雨は画像の消去を続行しようとしたのだが、袋詰めされた状態にも関わらず思いの外大奮闘する咎人と、それを鎮圧しようと過剰な暴力を振るう天堂のせいで手元が狂い、開くつもりのない画像を開いてしまった。
そこに写っていたのは十代半ばほどの痩せぎすの少年の姿だ。
一見すると、貧相な身体つきの少年だが、村雨はなぜかその少年の身体に既視感を覚えた。
「あっ! このガラケー懐かし〜! 色違いのやつ持ってた」
まず初めに横から覗き込んできた叶が少年の持っている機種に目を向け、当時としてはカメラの性能がずば抜けた機種だったと嬉しそうに語る。
「この爪の形……もしかすると獅子神ではないか?」
叶がガラケーの機種について言及したためか、自ずと皆の視線が画面の中の少年の手元へと集まる。天堂は爪の形から画像の主が獅子神ではと疑念を抱いたが、少年の爪の形には何の特徴もなく至って普通のものだ。しかし、素人目には何の特徴がないように見えようが、優れたギャンブラー達の観察眼の前では爪の形だけで個人を判断するのは他者を顔で識別するのと同じくらい容易い。剰え、美容に関心の深い天堂ならば尚のことだ。
天堂が爪の形から画像の少年が獅子神では? と疑念を抱く一方、村雨は別の観点から少年が獅子神本人で間違いないと確信していた。
(この乳首。獅子神のもので間違いないな)
当然、これといって特徴のない裸体であるが、優れたギャンブラーの観察眼……いや、獅子神の身体を誰よりも知り尽くしている村雨にとっては乳首だけで本人を断定するのは容易い事だ。
この乳首。間違いなく獅子神だ。と村雨は一人で納得するものの、乳首だけで確信したなどとデリカシーのない発言をするつもりはない。
「あっ! ここ、よく見たらジャージに獅って書いてあるじゃん」
「わぁ、本当だぁ。じゃあ、これ獅子神さんで確定だね」
叶が指摘した箇所を注視すると、ずり下げられたジャージの腰のあたりに『獅』の文字の刺繍が見て取れる。
獅子神確定。あとは本人に問い詰めるだけだ。となり、証拠画像一枚を村雨のスマホに送信した後、咎人のコレクションは綺麗さっぱり削除された。
***
「画像の入手経路と特定に至った経緯は以上だ。何か質問はあるか?」
「……質問はねえ……けどよぉ……オメーがオレを特定した要素って乳首かよ!」
「何か問題でもあるのか?」
「大ありだっつーの! 人を乳首なんかで判断すんなっ! 変態かよ!」
「変態とは心外だな。私は大切なあなたの身体だからこそ、乳首だけであなた自身だと特定出来た。何なら、もっと具体的な要素を羅列しても構わないのだが?」
「わかった。オレが悪かったからそれ以上言うな」
「フフ……理解が得られて何よりだ」
獅子神はこれ以上話を蒸し返させないためにも話題を変えようと、さほど興味もない咎人の今現在の状況について話題を切り出した。
「ああ、あの患者の腹の中にあった悪性の腫瘍は切除したが、腎臓にも大きな結石があってだな……それは敢えて残しておいた。私より先にあなたの裸体を見た罪を償わせる為にだ」
「うわぁ……聞くんじゃなかった……」
とはいえ、その男が犯した罪に対してはそれなりに釣り合いが取れた罰であるのかもしれない。
「まあ、別にいいか……それより村雨。あの画像と同じ構図で、今のオレの画像を送ってやろうか?」
「ああ。それは非常に興味深いな」
獅子神のこの発言が村雨の嗜虐心に火を付けたのは言うまでもない。